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第28話 箱を開ける仕事

 ガレスが鉤を差し込むと、箱の中で小さく金属が鳴った。


 俺は思わず肩を固くしたが、彼の手は止まらなかった。蓋の隙間へ薄い楔を入れ、別の道具で何かを押さえる。


「灯り、そのまま」


 俺は持ち手を握り直した。揺らすなと言われると、普段どれだけ手が揺れているか分かる。


 やがて、ガレスが細い金属片を引き抜いた。片端が鋭く尖り、根元には曲がった板がついている。


「蓋を上げると、留め金の下へ飛び出す仕掛けだ」


 ちょうど、手をかける場所だった。


 ガレスはそれを布の上に置き、もう一度合わせ目を調べた。蓋の内側を鏡で確かめてから、身体を横へずらし、鉤でゆっくり持ち上げる。


 蝶番が長く軋んだ。


 何も飛び出さなかった。


「よし」


 その一言で、俺とテッサが同時に首を伸ばした。互いの頭がぶつかりかけ、慌てて離れる。


 箱の中には、布包みが二つと、細長い革の鞘があった。その脇に、小瓶が三本並んでいる。


 銀貨が山ほど入っているわけではなかった。それでも、鞘の端から覗く柄を見た瞬間、俺の目はそこから動かなくなった。


「剣だ」


「今度は箱より具体的だね」


 テッサの声は聞こえたが、言い返す言葉は出なかった。


 ガレスは小瓶から順に取り出した。二本は栓が残り、一本は口元にひびが入っていた。割れた瓶の底には、茶色く固まったものがこびりついている。


「これは使わん方がいい。残りも中身を調べてからだな」


 セナが布で分けて包み、記録した。


 一つ目の包みには、赤茶色の鉱石が数個入っていた。表面は鈍いのに、欠けたところだけ銀色に光っている。


 二つ目からは、掌に収まる金属の筒が出てきた。片側に乳白色の板がはまり、反対側には小さな留め具がある。


 ガレスが筒を回して見て、横の突起を押した。


 先端が、淡い黄色に光った。


「灯り?」


 テッサが顔を近づけた。


「携帯灯だな。油を使わん型だ。どれだけ保つかは調べる必要がある」


 筒を向けると、箱の底に丸い光が落ちた。今使っている灯りほど広くは照らせないが、片手に載るほど小さい。


 テッサは自分の盾と、その筒を見比べた。


「これ、肩紐に留められたら便利そう」


「向きを変えるたびに、俺の目を照らしそうだな」


「ノルが眩しそうにしたら、向きを直す」


「もっと早く直してくれ」


 最後に、ガレスが剣を取り出した。


 鞘を押さえ、ゆっくり抜く。灯りが刃に沿って動き、先端まで届いた。


 俺の短剣より長く、ベックの剣よりは短い。飾りのない鍔と、黒っぽい革を巻いた柄がついていた。刃の根元には曇りがあったが、大きな欠けは見えない。


 魔法の光も、派手な模様もなかった。それがかえって、手を伸ばせそうなものに見えた。


「片手で扱う剣だ。悪くはなさそうだが、刃と柄は店で見てもらえ」


 ガレスは剣を鞘へ戻した。


 俺はその手元を見たまま、聞いた。


「持ってみてもいいですか」


「鞘に入れたままな」


 受け取ると、予想より手首に重さがかかった。


 短剣と同じつもりで柄を持ち上げると、先が遅れてついてくる。握りを変え、もう一度持ち直した。重くて持てないわけではない。だが、さっき裂き顎へ突き出したのと同じ動きをしたら、刃を引くのが遅れそうだった。


「使うつもりか」


 ベックに聞かれ、俺は顔を上げた。


「使えるなら、練習してみたいです」


「今の短剣より届く。その分、先がどこにあるか覚える必要があるな」


 俺は少しだけ腕を伸ばしかけ、隣のテッサを見て止めた。鞘の先が、彼女の盾へ近づいていた。


 ベックが頷いた。


「それを、抜いてから気づかんようにする」


 俺は剣を身体へ寄せた。練習することは、もう一つ見つかった。


 テッサが柄を覗き込む。


「売らないの?」


「まだ俺のものじゃないだろ」


「欲しいかどうかの話」


 俺は答える前に、もう一度剣を見た。


 売れば、宿代や食事代になる。もっと金を足して、別の武器を選ぶこともできる。それでも、隠れた部屋で見つけ、初めて自分の手に載せたこの剣を、店の台へ置いてくるところは想像しにくかった。


「欲しい」


 言うと、テッサは笑った。


「じゃあ、相談だね」


 セナが記録から顔を上げた。


「持ち帰って査定したあと、希望を出せます。自分の配分で足りなければ、差額をどうするか相談しましょう」


 俺は頷き、ガレスへ剣を返した。欲しいと言えただけで、さっきより手放すのが惜しくなっていた。


 箱の底には、それ以上何もなかった。


 ガレスが内側を調べている間に、俺たちは品物を包んだ。小瓶はセナ、鉱石は俺、携帯灯はテッサが預かる。剣は通路で引っかけないようガレスの荷物へ固定された。


 空箱まで運ぶかと聞くと、ベックは入口の細さを見て首を振った。


「今日は中身で十分だ」


 俺も、あの隙間へ箱を押し込む自分を想像して、すぐに納得した。


 帰りに水溜まりの脇を通ると、白い細長いものがまた水面の下を動いた。テッサは拾った携帯灯を試したそうにしていたが、包みを開けず、いつもの灯りで足元を照らした。


 細い場所では、今度は俺が先に盾を受け取った。彼女が通り抜けると返し、袋の中の鉱石がずれていないか確かめる。


 入ってきたときより荷物は増えた。それなのに、足は少し軽かった。


 最後の段差を上がる前に、部屋を振り返った。天井の結晶が灯りを返し、その下に、蓋を開けた木箱が残っていた。


 壁の前で妙な音を聞いたときには、この景色も、剣も、何ひとつ知らなかった。


「ノル、袋を先に」


 テッサに呼ばれ、鉱石の入った袋を持ち上げた。


 まずは、これを地上へ運ぶ。


 そのあとで、剣を持って練習する場所を探そう。まだ俺のものになると決まったわけでもないのに、頭の中では、宿の裏庭が狭すぎないかを考え始めていた。

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