第27話 隠し部屋
横向きに隙間を抜けると、背負った袋が岩に引っかかった。
俺は一度戻り、袋を胸へ抱え直した。向こう側からガレスが手を伸ばし、受け取ってくれる。身軽になれば、身体はあっさり通った。
「宝を見つけても、大きいのは持って帰れないな」
俺が言うと、後ろで盾を斜めにしていたテッサが顔を上げた。
「小さくて高いのがいい」
「まだ何も見つけてないぞ」
「希望は先に言っておいた方がいいでしょ」
その声が、狭い通路の奥へ抜けていった。
外の通路とは音の響き方が違った。近くの壁で跳ね返ったあと、先の方で広がるように聞こえる。ただ、そう思うのは、ガレスから奥が広いと聞いているからかもしれなかった。
通路は二度曲がり、短い下りになった。俺たちを導いた小さな裂き顎が、先で脚を動かしている。そいつは灯りから逃げ、壁の細い割れ目へ潜り込んだ。
ガレスはその位置を確かめると、追わずに先へ進んだ。
彼の灯りが、急に低くなった。
「段差だ。足元を見ろ」
腰ほどの高さを下りた先で、ガレスが灯りを持ち上げた。
青白い光が、天井いっぱいに散った。
思わず顔を上げた。岩から細い結晶がいくつも突き出し、灯りを受けて光っている。長いものは指ほど、短いものは霜のように重なっていた。ガレスが腕を動かすたび、光が天井を渡っていく。
その下には、浅い水溜まりがあった。天井の光を映し、部屋の底にも同じ結晶が生えているように見えた。
「……きれい」
テッサが言った。
俺は頷いた。先ほどまで裂き顎の脚が何本あるかばかり見ていた目に、急に別の景色が入ってきた。
「灯りを消しても光るんですか」
「これは照らした分を返してるだけだな」
ガレスは灯りを少し下げた。天井の青白さが薄れ、見えていた部屋の広さまで変わった。
セナが先に下り、俺たちは荷物を手渡して続いた。テッサが最後の足を下ろすと、盾の縁に映った光が揺れた。
部屋は細長く、奥まで二十歩ほどありそうだった。中央の水溜まりを避けるように、左右に乾いた岩の帯が続いている。奥の壁際だけ床が高くなり、その上に何かがあった。
最初は、四角い岩だと思った。
灯りが届くと、茶色い面に木目が見えた。角を金具で留め、上には蓋がついている。
「箱だ」
言ったあとで、もう少し気の利いたことを言えなかったかと思った。テッサが俺の袖を引いた。
「見えてる。ちゃんと見えてる」
声が少し弾んでいた。
宝箱だった。
武器屋の飾りでも、依頼主の荷物でもない。俺たちが見つけた通路の先に、誰にも開けられていないかもしれない箱がある。
ガレスが右の岩場へ進み、床を確かめた。ベックは入口側に残り、俺たちが通ってきた穴と部屋の中を交互に見ていた。
俺とテッサはセナに続いた。
水溜まりは足首ほどの深さに見えたが、中央だけ色が濃い。岩の帯を歩いていると、水面の下で白いものが揺れた。小魚かと思ったものは細長く、岩陰へするりと消えた。
「水にもいる」
テッサが盾を少し下げた。
「何か分からないから、入らないでおきましょう」
セナは足を止めずに言い、白いものが消えた場所だけ記録した。俺も岩場の上を進んだ。水を踏まずに歩ける場所があるのはありがたかった。
途中で、道が細くなった。
右の壁が張り出し、足を置く部分を隠している。ガレスはすでに向こうへ渡り、灯りをこちらへ向けていたが、壁の陰までは照らせなかった。
テッサが灯りを持つセナに声をかけ、自分の盾を斜めに向けた。金属の縁に光が反射し、暗かった足元へ細く落ちる。
「少しは見える?」
「見える。そこに窪みがある」
俺は乾いた出っ張りへ足を置いた。向こうへ渡り、今度はテッサの盾を受け取る。彼女は空いた手を壁に添えて通り抜けた。
盾を返すと、テッサが小さく笑った。
「今日は、まだ殴られてない」
「その使い方の方が修理代は安そうだ」
奥の高い床へ上がると、箱は思っていたより小さかった。両腕で抱えられそうな幅で、蓋は平たい。金具にはくすみがあったが、木の板は崩れていなかった。
その周りには、荷物も足跡も見当たらなかった。
「誰が置いたんでしょう」
俺が聞くと、ガレスは箱の後ろへ灯りを回した。
「迷宮じゃ、こういうものが見つかる。運び込んだ人間がいるとは限らん」
「箱なのに?」
「剣だって出るぞ。斧も、服も。理由の説明なら学者に頼め。俺は持って帰る方だ」
俺は箱を見直した。
腰の短剣より長い剣でも、斜めなら入りそうだった。斧ならどうだろう。持ったことのない武器なのに、蓋の向こうにあるかもしれないと思うだけで、柄を握るところを想像してしまった。
「木箱なら、薬や素材、普通の装備が多いですね」
セナが箱の形を描きながら言った。
「もっと頑丈な箱もあるんですか」
「鉄で覆われたものや、魔法で封じられたものも。ただ、立派な箱なら中身も無事、とは限りません」
「でも、これは無事かもしれない」
テッサの言葉に、セナは口元を緩めた。
「その可能性も、もちろんあります」
ガレスは箱の周りを調べ、正面へ戻った。蓋の合わせ目に細い金属片を近づけたところで、手を止める。
「留め金の裏に、細工があるな」
俺には、暗い隙間しか見えなかった。ガレスが小さな鏡を差し入れると、蓋の内側で何かが鈍く光った。
「鍵ですか」
「鍵とは別だ。蓋に繋がってる」
宝箱から、少しだけ足が遠ざかった。
ガレスは俺たちを見て笑い、道具を広げる場所を指した。
「そこの灯りを寄せてくれ。影を消したい」
俺は言われた場所へ灯りを置き、テッサは彼の手元が見える角度へ立った。入口側を確かめ終えたベックが戻り、部屋を見渡せる位置につく。
ガレスの袋から、細い鉤や楔が出てきた。武器とは違う、使い込まれた道具だった。
俺は木の蓋を見つめた。
そこまでの道は、俺たちも探せた。その先へ進むには、今度はこの人の手が要る。
ガレスが細い鉤を持ち上げた。
「さて。中身を傷めずに開けようか」
俺とテッサは、ほとんど同時に頷いた。




