第24話 最初の探索
テッサは、俺より先にギルドの前へ来ていた。
「迎えに行く手間が省けたな」
「まだ約束の時間じゃないでしょ」
そう言ってから、彼女は俺の袋を見た。俺も盾の留め具と、腰の棍棒を見た。昨日あれだけ確かめたのに、会えばまた気になった。
ガレスたちと合流し、北採石場へ向かった。空は明るく、坑道へ入る前には上着が少し暑いくらいだった。その暖かさは、奥へ歩くうちに背中から抜けていった。
資材置き場を過ぎると、俺たちが運ぶだけだった道が続いていた。支柱の間隔が広がり、壁に残る道具の跡も少なくなる。採掘を止めた壁の前で、先頭のガレスが立ち止まった。
壁の下半分に、斜めの裂け目が開いていた。
崩れた石は脇へ寄せられ、その向こうへ縄梯子が下りている。昨日、紙の上で見た短い線は、人ひとりが荷物を下ろして潜るくらいの隙間だった。
「先に荷物を下ろす。降りたら梯子の下を空けろ」
ガレスが先に下り、下から合図を送った。セナが続き、次が俺だった。
縄を握ると、下で人が動くたびに揺れが伝わった。岩へ押しつけられた横木に足を置き、一段ずつ下りる。途中で振り返りたくなったが、まず足を載せる場所を見た。
最後の段から地面へ移り、身体を起こしたところで、ようやく周りが見えた。
坑道より天井が高かった。
灯りの届く壁は灰色で、ところどころに薄い筋が重なっていた。上へ目を向けても支柱はなく、壁から天井へ続く面が、ゆるく丸まっている。削って広げた穴というより、大きな泡が石の中に残ったような形だった。
何より、足元の石屑が少なかった。上の隙間から落ちたらしい欠片はあっても、この空間を掘り出した分の石は見当たらない。
「ノル、荷物」
呼ばれて顔を戻した。下ろされてきた袋を受け取り、梯子の下から退く。
テッサが降りてきて、俺と同じように天井を見上げた。
「思ったより、部屋みたい」
「家具がないな」
「置いたら、明日も置ける広さか分からないんでしょ」
昨日の話を思い出し、俺は壁から少し離れた。
最後にベックが降り、上の見張りへ五人揃ったと伝えた。梯子の脇には、地上へ続く縄とは別に、荷物を上げ下げするための縄がまとめられている。俺はその位置を見てから、空間の奥へ目を向けた。
向かいの壁に、人が並んで通れそうな開口部があった。
縁は戸口に似ていたが、柱も枠もない。片側だけが大きく湾曲し、床まで一続きの石になっている。その先は灯りがなければ、奥行きさえ分からなかった。
ガレスが幅を測り、セナが時計を見た。
「今朝の先行確認から、目立った変化はありません」
しばらく待って測り直しても、幅は変わらなかった。ガレスは開口部の向こうを棒で確かめ、灯りを差し入れた。
「次の曲がり角まで確認する。そこで止まろう」
俺たちは昨日決めた順に並んだ。
開口部を越えると、外の空間より冷たい空気が頬に触れた。壁の下の方は湿っていて、灯りが動くと鈍く光る。靴音が前へ抜け、少し遅れてどこかから返ってきた。
前のセナが止まると、俺も足を止めた。後ろへ伝えると、テッサの声がベックまで届いた。
まだ何も起きていない。ただ、それだけのことが昨日の練習どおりにできて、少し息がしやすくなった。
曲がり角の手前で、最初の測量をした。
セナが基準にする岩の張り出しを決め、俺はそこから測り縄を伸ばした。縄が床の窪みに落ちかけ、足で押さえようとしてやめる。ガレスが棒の先で示した場所へ立ち位置を変え、張り直した。
「そこ、書いておいて。右側の床が低くなっています」
記録板へ線を引くと、テッサが灯りを少し寄せてくれた。
「見える?」
「見える。もう少し上だと、俺の手の影が減る」
灯りが動き、炭の先が見やすくなった。地図を描く仕事には、字を書く手だけでなく、照らしてくれる手も必要らしかった。
曲がり角を越える前に、ベックから戻る方を見るよう言われた。
振り返ると、入ってきた開口部は思っていたより細く見えた。こちら側の壁が斜めに張り出し、入口の半分を隠している。
行きに見た形だけ覚えていたら、戻るときに迷うかもしれなかった。俺は板の端へ、帰る方向から見た輪郭も小さく描いた。
その先は、緩く下っていた。
床に浅い溝が走り、水が薄く溜まっている。ガレスが止まり、槍の柄で俺たちを制した。
溝の向こうで、何かが動いた。
拳ほどの黒いものが二つ、壁際を這っていた。甲虫に似ているが脚が長く、灯りを向けると、石の割れ目へ素早く潜り込んだ。
俺の手が短剣へ伸びたところで、ガレスが首を振った。
「追わなくていい。今見えた数と、入った場所を残そう」
「魔物ですか」
「ここからじゃ種類までは分からん。手は入れるなよ」
俺は柄から手を離し、記録板を持ち直した。二つ見えたのであって、二つしかいないとは書かなかった。
テッサは割れ目の位置を確かめ、通るときに盾をそちらへ向けた。何も飛び出してこなかったが、全員が通り終わるまで、彼女は目を離さなかった。
緩い坂を下り切ると、通路が少し広がった。
中央には低い岩の盛り上がりがあり、その左右へ道が分かれている。左はすぐに曲がり、右は先の方で天井が低くなっていた。灯りを上げても、どちらの終わりも見えない。
セナが時計を確かめ、ガレスと短く相談した。
「今日は、ここから先へは進みません。分かれ道の形を記録して戻ります」
俺は袋から新しい炭を出した。まだ腕は動くし、灯りも残っている。右の道の先をもう少し見たい気持ちはあった。
ベックに言われる前に、入口へ戻る通路を振り返った。今は見える坂も、ここから一度曲がれば見えなくなる。
「先に、戻る方を描いていいですか」
セナが頷いたので、俺は板の手前から線を引いた。
テッサが横へ来て、灯りを持ち上げた。俺の肩越しに描きかけの図を見て、少し首を傾ける。
「左の壁、もうちょっと出てない?」
顔を上げると、確かにその通りだった。俺は線を直し、もう一度、実際の壁と見比べた。
足元から二つの道が伸びていた。紙に描けるのは、その始まりまでだった。




