第23話 入るための支度
ギルドの机に置かれた依頼票には、「北採石場地下・入口周辺調査補助」と書かれていた。
迷宮探索、と大きく書かれているわけではなかった。それでも、昨日までの資材搬送とは違う。今度は俺たち自身が、縄梯子を下りる側になる。
セナは俺たちが読み終えるまで待ってから、図面を広げた。
「調べるのは、降りた先の空間と、その周囲です。奥へ続く開口部を越えるかどうかは、先行班が確認して決めます」
昨日、壁が動いたという場所だった。図面には測った時刻ごとに違う線が引かれている。
「狭くなっていたら?」
「そこで中止です。通れる幅があっても、変化が続いていれば入りません」
ベックが隣から指を置いた。
「お前たちは測り縄と記録の補助だ。先頭へ出ない。俺が戻れと言ったら、測りかけでも戻る」
俺は依頼票の下へ目を移した。報酬は日当で、指示による中止でも、現地で仕事を始めた分は支払われるとある。
テッサも同じ行を読んでいた。
「何も見つからなくても?」
「見つからなかった範囲を記録するのも仕事です」
セナが答えると、テッサは少し安心したように頷いた。
「拾ったものは、どうなるんですか」
「その場で届けて、発見場所を記録します。持ち帰れた品は査定後、依頼の取り決めに従って分配します。今回の補助員にも配分はありますが、見つけた人だけのものにはなりません」
説明された欄には、運搬や査定にかかる費用の扱いまで書かれていた。俺は読み直してから、自由に拾ってよい仕事ではないことを確かめた。
部屋を出たところで、テッサが壁際へ寄った。
「どうする?」
「受けてもいいと思ってる。ただ、中を見たいだけになってないか、少し考えてた」
「見たいの?」
「見たい」
答えると、彼女は笑った。
「そこは同じだ」
俺は腰の短剣に触れた。見たいと思うことと、あの岩潜りを相手にできることは、何の関係もなかった。
「でも、二人だけなら行かない」
「私も。盾が直っただけで、強くなったわけじゃないし」
テッサは肩紐を引いた。
「記録と荷物なら、今までやった仕事でしょ。前を歩く人の言うことを聞いて、それをやる。それなら、やってみたい」
俺たちは部屋へ戻り、依頼を受けると伝えた。
そのあとは、ギルドの裏手で支度をした。
今回、奥へ下りるのは五人だった。先頭は槍を持った調査班の男で、名をガレスという。続いてセナ、俺、テッサが入り、ベックが後ろを見る。
坑道側には別の人員が残り、縄梯子と戻る場所を見張る。中へ入った人数だけで仕事ができるわけではないらしかった。
俺が測り縄、記録板、予備の油をまとめて背負うと、ベックが半分を下ろさせた。
「全部お前が持って、転んだらどうなる」
「俺が重いです」
「それは今もだ。灯りの予備までまとめて失くすな」
油と火口箱は別の人へ分けられた。俺には測り縄と記録板、それに包帯の束が残った。水と食べ物は各自で持つ。
テッサは盾を構えたまま、腰の袋へ手が届くか確かめていた。袋が棍棒の柄に引っかかり、位置を変えている。
持っていることと、必要なときに取り出せることも、別だった。
ガレスが蓋付きの灯りを二つ持ってきた。前後に分けて使い、片方に不具合が出たら、その場で知らせるという。
「消えたら、すぐ予備をつけるんですか」
俺が聞くと、彼は灯りを地面へ置いた。
「まず足を止める。暗いまま歩いて、火をつける前に落ちた奴を知ってる」
俺たちは荷物を持ったまま並び、壁際の狭い通路で、止まる、下がる、向きを変える練習をした。
最初に戻れと言われたとき、俺はその場で身体を回した。測り縄の束がテッサの盾に当たり、記録板が腹へ食い込む。
「全員で一度に回るな。後ろから場所を作れ」
ベックに言われ、今度は声をかけて順に向き直った。広い裏庭でぶつかっているのだから、迷宮ならもっとひどいことになる。
昼を過ぎる頃には、縄を持ち替えるだけで指がだるくなっていた。
休憩中、セナが小さな蓋付きの時計を開いた。俺が覗くと、文字盤の針を指で示してくれた。
「明日は、この針がここへ来たら作業を切り上げます。戻るのが遅れた場合に、外の班が確認を始める時刻も決めてあります」
「灯りが残っていても?」
「残っているうちに帰ります。途中で道を確かめ直す時間も必要ですから」
テッサはパンをちぎりながら聞いていた。
「帰りに道が変わってたら、どうするの?」
セナは時計の蓋を閉じた。
「無理に通りません。まず止まって、戻れる場所と別の経路を確かめます。ただ、必ず別の道があるとは言えません」
簡単な答えは返ってこなかった。
ベックが続けた。
「だから明日は、広げすぎん。入口との間を確かめながら、短い距離で切り上げる。妙だと思ったことは、誰でも言え」
俺は頷いた。足の下の震えが分からなくても、灯りが弱くなったことや、来たときにはなかった石なら気づけるかもしれない。何か特別なものを探そうとするより、その方が今の俺にはできそうだった。
夕方、道具を返す前に、もう一度だけ隊列を組んだ。
今度は向きを変えても、縄を盾にぶつけなかった。テッサが後ろを空けたと声をかけ、俺がそれを前へ伝える。ガレスが振り返り、全員の顔を確かめた。
派手な練習ではなかったが、朝よりは少し滑らかに動けた。
解散したあと、俺とテッサは明日の集合場所を確認した。ギルド前で落ち合い、ほかの三人と一緒に採石場へ向かう。
「寝坊したら、迎えに来て」
テッサが言った。
「先に行ってもらって、二人で荷運びに戻るか」
「起きる」
返事が早かった。
宿へ戻り、靴底の石を取り、短剣を拭いた。荷物は何度も詰め直したくなったが、練習で決めた位置からは変えなかった。
最後に、空の記録板を袋へ入れた。
明日、そこに何が書かれるのかはまだ分からない。書いたものを持って、夕方にはこの部屋へ戻るつもりだった。




