第22話 坑道の先
修理を終えた盾を背負うと、テッサは店先で二度、肩を回した。
「どうだ」
ドランに聞かれ、彼女は持ち手を握り直した。
「前より、腕がずれない」
「留め直したからな。縁の傷は残る。使える傷まで削ってたら、盾が小さくなる」
テッサは削れた箇所を見て、それから盾を身体の前へ出した。構えを変えても、裏側から軋む音はしなかった。
俺も短剣の柄と鞘を確かめた。使わなかったから、何も見る必要がないわけではない。坑道の土は、思っていたよりいろいろな隙間へ入り込んでいた。
北採石場には、昨日控えた道具が揃っていた。
縄梯子は丸めてもかさばり、灯りは落とせない。足場を調べる長い棒まで加わると、俺たち二人では一度に運べなかった。
「迷宮を見つける前に、腕が長くなりそう」
テッサが縄梯子を抱え直した。
「長くなったら、次から一人で持てるな」
「半分は持ってもらうから」
俺は反対側を受け取った。
今日の運搬先は、古い坑道の途中に設けられた資材置き場だった。入口からそこまでは専門班が確認し、危険な箇所には縄が張られている。奥へ向かう班と戻る班がぶつからないよう、入口の見張りが人を通す順番を決めていた。
中へ入ると、自然と足が遅くなった。
柱の脇には、岩潜りが擦った跡が残っていた。担架を寄せた窪みもある。何もいないのを確かめても、あのとき石が転がった音まで思い出した。
テッサも同じ場所を見たが、何も言わなかった。
資材置き場では、セナが道具の数を確認していた。ベックはその先に立ち、調査班が使う縄を一人ずつ点検している。
俺たちが運んだ縄梯子を受け取った男は、昨日まで何度も見かけた槍の男だった。
「助かる。ここから先は俺たちで持つ」
言われて手を離すと、急に腕が軽くなった。
坑道の奥には灯りが二つ見えた。その向こうで道が曲がっているため、昨日見つかった隙間までは見通せない。
「どのくらい下りるんですか」
「それを調べる。足りなきゃ戻るよ」
男は縄梯子を肩へ担ぎ、槍をもう一人に預けた。俺なら、せっかく運んだのだから届いてほしいと思う。彼は届かなかったときの話を、道具を持つ前に済ませていた。
調査班が奥へ消えると、俺たちは空の箱をまとめ、使った道具と残っている道具を分けた。セナは紙へ時刻を書き、戻ってくる人を待っている。
しばらくして、一人が報告に来た。
「下は、三人並べるくらいの広さがある。降り口の周りに動くものは見えない。足場を確かめてから、灯りを増やす」
セナが頷き、俺たちに追加の灯りを出すよう頼んだ。
俺は油の量を確かめ、蓋を締めて渡した。こんな場所で灯りが消えれば、階段のない穴の下から戻ることになる。運んでいる間は荷物だったものが、手渡すと急に別の重さを持った気がした。
二度目の報告では、簡単な見取り図が届いた。
採掘を止めた壁の下から、斜めの隙間を抜ける。その先には横へ広がる空間があり、奥に人が立って通れそうな開口部があるという。
「古い坑道の続きですか」
俺が聞くと、セナは図を見たまま首を傾けた。
「支柱も、楔を打った跡も見つからないそうです。ですが、それだけなら自然の洞穴でも同じです」
彼女は古い図面と重ね、位置を確かめた。開口部の先には線を引かず、「未確認」と書き入れる。
俺たちは地上へ戻り、水と替えの灯りを運んだ。入口を出るたびに、日の明るさが眩しかった。外では普段と同じように風が吹いているのに、坑道へ戻ると、時間の進み方まで変わるようだった。
三度目に資材置き場へ着いたとき、奥から戻ってきた男が、真っ先にセナを呼んだ。
「開口部の幅が変わった」
俺は抱えていた箱を下ろした。
セナは立ち上がり、男の手元の図を受け取った。
「崩れたんですか」
「いや。欠片も落ちてない。右の壁が、少しずつ内側へ寄った」
「基準は」
「手前の岩の突起。測り直した。同じ位置から見ていた二人も確認してる」
セナは男にいくつか質問をし、ベックと一緒に奥へ向かった。俺たちはここで待つよう言われた。
壁が寄った、という言葉が頭に残った。
土が崩れて穴が狭くなるなら分かる。押された石がずれることもあるだろう。だが、落ちたものもなく、壁そのものが近づくというのは、どういうことなのか想像しにくかった。
「扉みたいなもの?」
テッサが聞いた。
「だったら、閉まる前に言ってほしいな」
俺が答えると、彼女は奥の灯りを見た。
「聞いてくれそうにはないね」
やがて調査班が戻ってきた。最後に上がった男まで人数を確かめてから、セナが記録をまとめる。誰も開口部の先へは進まなかったという。
ベックは俺たちの前で立ち止まった。
「迷宮だ。入口として報告する」
テッサが口を開きかけ、閉じた。俺もすぐには言葉が出なかった。可能性の話を何度もしていたのに、決まったと言われると、急に遠い場所の話ではなくなった。
「人が作った仕掛けじゃ、ないんですか」
「動いた面を見た。継ぎ目も、石を引く仕掛けもない。壁が続いたまま、通れる幅が変わっていた」
セナが戻ってきて、図面を俺たちにも見せた。
「こういう変化をするんです。迷宮は、掘って造る建物とは違いますから」
紙には同じ場所を描いた図が二つあり、それぞれに測った時刻が添えられていた。片方では広かった開口部が、もう片方では細くなっている。
「じゃあ、これを持って入っても……」
テッサが先の図を指す。
「その通りとは限りません。今日の記録として使います」
セナは二枚とも重ねて綴じた。間違った方を捨てるのではなかった。
作業が終わる頃、古い坑道の入口には、新しい見張りがついた。調査済みの範囲と、その先へ進むための準備を、明日ギルドで説明するという。
俺たちは空になった箱を持って坂を上った。
振り返っても、見えるのは採石場の岩肌と、低い坑道の入口だけだった。その下に、まだ誰も地図へ描けていない道がある。
「ノル」
テッサに呼ばれ、前を向いた。
「次の仕事、説明は聞こうか」
「そうだな。どこまで行くのか、聞いてからだ」
俺たちは箱を持ち直した。まだ中を歩いてもいないのに、奥へ続く開口部が、広がったり狭まったりするところを何度も考えていた。




