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第20話 三つの輪

 ギルドへ戻って最初にしたのは、報酬を受け取ることではなく、何が起きたかを順番に話すことだった。


 ラズは治療を受け、ミトは別の机で聞き取りを受けていた。俺とテッサも、坑道へ入った時刻や、どこで岩潜りを見たかを聞かれた。


 ベックは俺が話している間、口を挟まなかった。足元の震えを感じたというところだけ、あとから確かめた。


「最初は左だと思った。だが、出てきたのは右だったな」


「はい。そのあとも、数までは分かりませんでした」


 記録していた職員が頷き、紙に書き足した。


 役に立ったことだけ書かれるのかと思っていたが、間違えたことも同じように残された。その方が、少し安心した。次に誰かがあの紙を読んだとき、俺に地面の下が見えると思われても困る。


 聞き取りが終わると、テッサは壁に立てかけていた盾を膝へ載せた。縁の傷を指でなぞり、持ち手を何度か引いている。


「明日、見てもらわないと」


「使えそうか」


「私には使えそうに見える。だから、詳しい人に聞く」


 俺は頷いた。《鉄輪》で短剣を見てもらったときも、自分では気づかなかった傷みを指摘された。今日、人を載せて運び、魔物の頭まで受けた盾なら、なおさらだった。


「修理に出してる間は、盾のいらない仕事だな」


「荷運び?」


「運ぶ場所は、よく選ぼう」


 テッサは笑いかけて、疲れた顔で息を吐いた。


 そこへベックが来た。採石場で採取した魔石を調べるので、現場の確認に立ち会えという。


 奥の作業室には、採石場を調べに来た女と、丸眼鏡をかけた鑑定担当の男がいた。机には浅い皿が二つ置かれ、一方に小さな欠片、もう一方に、岩潜りから取り出した灰色の石が載っている。


 男は俺たちの顔を見てから、ベックへ尋ねた。


「こちらは、仕留めた個体から採取したもので間違いありませんね」


「採取した者の記録もある。欠片の方は、前日に崩落箇所で拾ったものだ」


 調査員が、小さな欠片の載る皿を指した。


「こちらは魔石片でした。ただ、小さすぎて、同じ種類のものとまでは言えません」


 昨日、ラズが覗き込んでいた石だった。あの欠片と、坑道にいた魔物は、まだ一本の線では繋がらないらしい。


 鑑定担当の男は、大きい方の石を布で持ち上げた。先の曲がった測り具で幅を確かめ、紙に数字を書く。


「岩潜りの魔石。径は、およそ二・八センチ。一部欠けがありますが、中心は残っています」


 テッサが机へ少し身を寄せた。


「欠けてると、安くなります?」


「ええ。使える部分が減りますから。ただ、値段は傷だけでは決まりません。種類、大きさ、それから、これです」


 男は石を薄い光に透かし、欠けた面をこちらへ向けた。


 灰色に濁った内側に、細い線が見えた。最初はひびかと思ったが、光の角度が変わっても、線は中心を囲むように続いている。


「輪が、三つ?」


 俺が言うと、男は頷いた。


「年輪です。木の切り口に似ているでしょう」


 男は紙に「三輪」と書き足した。


「では、三歳なんですか」


「おおよそ三年、生きた個体の目安になります。ただし、生まれた日まで分かるものではありません」


 俺はもう一度、石を見た。あの灰色の背中にも、昨日今日だけではない時間があった。考えてみれば当然なのに、追われている間は、今すぐどこかへ消えてほしいとしか思わなかった。


「長く生きていると、高いんですか」


 テッサが聞いた。


「同じ種類、大きさ、状態なら、輪の数は価値を見る材料になります。ただ、大きく欠けたものを、輪が多いというだけで高く買うことはできません」


 男はそこで石を皿へ戻した。


「ですが、今回は価格より先に、報告することがあります」


 ベックが椅子を引いた。座るためではなく、机の上の紙を見やすくするためだった。


「輪か」


「はい。三輪、はっきり確認できます」


 二人の間で何かが決まったようだった。俺とテッサには、まだ分からなかった。


 調査員が、灰色の石を指した。


「この年輪は、迷宮生まれの魔物の魔石にできるものです」


「……岩潜りは、迷宮から来たんですか」


 俺が尋ねると、彼女は頷いた。


「迷宮で生まれた個体です。ただ、いつ、どこから外へ出たのかは、これだけでは分かりません」


 テッサが俺を見た。俺も同じことを考えていた。


 北採石場へ向かう道には、迷宮の案内などなかった。作業員も、坑道の横にそんなものがあるとは言っていない。


 ベックが別の職員を呼び、周辺の登録図を持ってこさせた。


 広げられた地図には、町と道、川の流れが描かれていた。北採石場の位置もある。鑑定担当の男が指を滑らせたが、その周辺で止める場所はなかった。


「近隣に登録迷宮はありません。記録の更新漏れがないかも調べます」


「遠くから移動してきた可能性は?」


 調査員の問いに、ベックは腕を組んだ。


「ある。だから、採石場の下と決めて掘るわけにはいかん。まず、穴と坑道を調べ直す」


 俺は地図の採石場を見た。紙の上では、小さな印ひとつだった。あの坑道も、崩れた道も、担架を通すのに苦労した柱の隙間も、その中に収まっている。


「迷宮の魔物って、外へ出られるんですね」


「出る。入口で律儀に引き返してくれるなら、こっちも仕事が減る」


 ベックはそう答え、地図の端へ調査用の紙を重ねた。


 その後の話は、見張りの追加や、採石場のどこまで作業を止めるかという相談になった。魔石は売り払わず、今回の調査資料として保管されることになった。


 俺たちが部屋を出ると、廊下の椅子にミトが座っていた。顔を上げ、立とうとして、また座り直す。


「ラズは?」


「しばらく歩けないって。俺たちの依頼も、確認が終わるまで止めるって言われた」


 ミトは膝の上で手を組んだ。


「……ごめん」


 俺は少し迷ってから、頷いた。大丈夫だったとは言えなかった。ラズは歩けず、テッサの盾は傷み、採石場ではまだ人が見張りに立っている。


「明日、顔を見に行く」


 それだけ伝えると、ミトはもう一度頷いた。


 ギルドの出口で、テッサが盾を背負い直した。俺は手伝いながら、作業室で見た地図を思い出していた。


 穴を測り、通れない場所に柵を立てれば、少しずつ分かっていくと思っていた。その穴の下に、まだ地図へ描かれていない場所が続いているのかもしれない。


 北採石場の周りに、迷宮の印はなかった。


 迷宮がないんじゃない。


 まだ、見つかっていない。

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