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第2話 冒険者ギルドと中古短剣


「戦闘経験は?」


「ありません」


「魔法は使えますか?」


「使えません」


「では、武器を扱った経験は?」


「……包丁なら、四年間」


 受付の女性が、書類に走らせていたペンを止めた。


「料理人の登録ではありませんよ?」


「冒険者でお願いします」


 女性は少しだけ口元を押さえ、何事もなかったように書類へ目を戻した。今、確かに笑った。


 水門都市リーヴェの中央区。市場通りに面した冒険者ギルドは、石造りの二階建てだった。


 建物だけなら思っていたより普通だが、中には俺の知らない道具が溢れていた。長い柄の先に曲がった刃を付けた武器。金属の筒をいくつも提げた鞄。壁際では、弓を背負った女性が泥だらけの靴を脱いでいる。


 この人たちは、どこから帰ってきたのだろう。


「お名前をお願いします」


 声をかけられ、慌てて受付へ向き直った。


「ノルです。十六歳です」


「私はミラです。新人の登録を担当しています。こちらに必要事項を記入してください」


 差し出された紙には、名前、年齢、住所、緊急連絡先を書く欄があった。最後の欄で少し迷い、ガルドの食堂の名前を書いた。


 独り立ちすると言って出てきたばかりなのに、早速頼っている。


「登録料は銅貨五枚です」


 硬貨を渡すと、ミラは記入した内容を確かめ、手続きを進めた。やがて渡されたのは、俺の名前とギルドの紋章が刻まれた小さな金属札だった。


「これで登録完了です。E級冒険者、ノルさん」


「E級?」


「最下級です。通称は、札の材質から『銅札』。一つ上のD級は鉄札、C級は銀札と呼ばれています」


 俺は札を裏返した。鈍い銅色で、飾り気はない。


 それでも、自分の名前が刻まれているのを見ると、自然と指でなぞってしまった。


「上がるには、何をすればいいんですか?」


「まずは依頼をきちんと完了して、実績を積んでください。初めての方には、こちらの仕事を案内しています」


 ミラが示した掲示板の端には、荷運び、清掃、採取、修理補助といった依頼が並んでいた。


「街の中にも、いろいろあるんですね」


「人手が足りないところは多いですから。食堂で働いていたなら、運搬や片づけには慣れていますね」


「皿を割らずに運ぶのは得意です」


「荷主も喜ぶと思います」


 首に掛けた銅札が、胸元でひんやりとした。


 まずは、今できることからでいい。


 依頼票へ手を伸ばしかけたとき、奥から怒鳴り声が響いた。


「剣を振る前に周りを見ろ! 味方の後頭部を斬ったら魔物より迷惑だぞ!」


 開いた扉の向こうで、新人らしい若者たちが木剣を振っていた。大柄な男がその間を歩き、一人の足元へ棒を差し出す。若者は避けようとして足を絡ませ、尻餅をついた。


「あの人は?」


「ベックさんです。元冒険者で、新人講習や採石場の警備を担当しています」


「俺でも受けられますか?」


「もちろん。登録後三回までは無料です。次回の日程はこちらで確認してください」


 無料という言葉に心が動いたのは確かだが、転んだ若者が教わりながら立ち位置を直す姿も気になった。さっきより、剣を振った後の足元が安定して見える。


 俺も、ああいうところから覚えるのだろう。


 日程の掲示場所を確かめてから、依頼票へ戻った。


 ◇


 荷運びは銅貨四枚。薬草採取は五枚だが、植物の見分けがつかない。屋根の苔落としもあったが、最初の仕事で足場の良し悪しまで判断する自信はなかった。


 何枚か見比べ、俺は一枚を選んだ。


《第三水路・泥さらい補助》


 報酬は銅貨三枚。現場責任者の指示に従い、泥とゴミを撤去する仕事で、特別な技能は不要とある。


 食堂の裏の排水溝なら、何度も掃除してきた。規模は違うだろうが、少なくとも薬草を間違えて抜く心配はない。


「こちらでお願いします」


「汚れ仕事になりますが、大丈夫ですか?」


「食堂でも、きれいな皿ばかり洗うわけじゃありませんから」


 ミラは頷き、依頼票に印を押した。


「集合は明日の朝、第三水路の作業入口です。道具は現場で借りられます。危険度は低いですが、立入禁止の場所には入らないでください」


「分かりました」


「不審な物を見つけた場合も、まず責任者へ報告を。拾得物の扱いは現場で確認できます」


 依頼票を鞄にしまうと、明日の行き先が一つ決まったことが嬉しかった。報酬はまだ一枚も入っていないのに、もう仕事をしたような気分になっている。


 ただ、腰は相変わらず空っぽだった。


 ギルドを出た俺は、もう一つの買い物へ向かった。


 中古の武器も扱う《鉄輪》の扉を開けると、油と鉄の匂いがした。壁には剣や斧が並び、奥の作業台では腕の太い男が刃物を磨いている。


「何を探してる」


「初めて持つ武器を。予算は銅貨十枚以内で」


 登録料を払った残りは、銀貨一枚と銅貨十八枚だった。全部を武器につぎ込むわけにはいかない。


 店主のドランは、隅の棚を顎で示した。


 長剣は予算を超える。斧は薪割りならともかく、動く相手に振るったことがない。槍にも目が留まったが、厨房とは勝手が違う長さを見て、まずは相談することにした。


「包丁くらいしか使ったことがないんですけど」


「なら、何を持っても練習は要る。持ち歩く道具として使うなら、短い刃物はあって困らん」


 手に取ったのは、刃渡り二十センチほどの中古短剣だった。柄には細かい傷があり、刃も少しくすんでいる。値札は銅貨七枚。


「これなら、残りは飯代に回せそうです」


 ドランは受け取った短剣の柄を捻り、刃との継ぎ目を調べた。


「刃だけ見て買うなよ。こいつは柄の方を気にしろ」


「緩んでるんですか?」


「今は使える。ただ、がたつきが出たら持ってこい。放っておくと、刺した後に柄だけ握ることになる」


 その光景を想像して、俺は継ぎ目を覗き込んだ。


 ドランは短剣を作業台へ置き、留め具を調整した。それから刃を拭い、鞘に収めて差し出す。


「抜いてみろ。店の物へ向けるなよ」


 言われた通り、空いた場所へ身体を向けて抜いた。包丁とは重さのかかり方が違う。握り直すと、ドランに指の位置を直された。


「切れるからって、何でも切ろうとするな。硬い物をこじれば刃が欠ける」


「手入れも、ここでお願いできますか?」


「金は取るぞ」


「そこは無料じゃないんですね」


「俺にも飯代が要る」


 もっともだった。


 銅貨七枚を払い、短剣を腰へ下げた。残りは銀貨一枚と銅貨十一枚。登録と買い物だけで、十二枚も使ったことになる。


 それでも店を出てから、何度も鞘の位置を確かめてしまった。


 自分で選んだ武器がある。それだけで、帰り道の足取りが少し変わった。


 ◇


 ガルドの食堂へ戻ると、厨房では夕食の仕込みが始まっていた。


「どうだった?」


「登録できました。明日は第三水路で泥さらいです」


「ほう。最初から汚れる仕事を選んだか」


「慣れてることから始めようと思って」


「なら、帰ったら靴を洗え。泥を厨房まで持ち込むなよ」


 冒険者になっても、そこは変わらないらしい。


 ガルドは俺の腰へ目をやり、短剣を少し見せろと言った。鞘から抜かず、留め紐と吊るす位置を確かめる。


「座るときに引っかけるぞ。少し後ろへ回せ」


 位置を直すと、歩いたときの収まりがよくなった。礼を言う前に、今度はパンを一つ渡された。


「持っていけ。今焼けたところだ」


 まだ温かい。受け取ると、ガルドはもう鍋へ向き直っていた。


 その日のうちに荷物をまとめ、安宿へ移った。


 もうしばらく部屋を使えという申し出は、ありがたかった。宿代を考えれば、その方が賢いとも分かっている。


 ただ、戻ればいつものように前掛けを着け、そのまま働き続けてしまいそうだった。まずは自分の稼ぎで暮らしてみたかった。


 意地にも金がかかる。数晩で音を上げないよう、明日はきちんと働こう。


 狭い寝台に腰を下ろし、パンを齧りながら依頼票を広げた。作業入口までの道を確かめ、集合時刻を覚える。


 報酬は銅貨三枚。今日買った短剣の代金にも届かない。それでも、自分で選んだ仕事で初めて稼ぐ金になる。


 食べ終えてから、短剣を抜いて柄を確かめた。がたつきはない。刃に映る灯りを少し傾け、慎重に鞘へ戻した。


 机の上には銅札と依頼票。壁際には、明日持っていく鞄がある。


 昨日、食堂の小部屋で考えていたことが、少しずつ形になっていた。


 俺は短剣を鞄の隣へ置いた。明日の朝、それを腰に下げて出かけるのが楽しみだった。

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