↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/84

第17話 欲を出した新人

 ギルドから応援が来るまで、西側の道は閉じたままになった。


 俺とテッサは入口の作業小屋で、持ち出せた道具の数を確かめていた。ミトが書き直した記録板もそこにある。昨日の穴の位置に、今朝、岩潜りが現れた場所が加えられていた。


 ラズたちは、水を飲んでくると言って外へ出ていた。


 二人が戻らないことに気づいたのは、道具を数え終わり、借りた縄を返そうとしたときだった。窓から水桶のある場所を見たが、人影はない。


「先に帰った?」


 テッサが戸口へ顔を出した。


「荷物はあるぞ」


 壁際には、ミトの上着が丸めて置かれていた。その上にあったはずの短い縄がなくなっている。


 俺たちは小屋を出た。広場で作業員と話していたベックに声をかけようとしたところで、西の道から誰かが走ってきた。


 ミトだった。片手で脇腹を押さえ、坂の途中で足をもつれさせた。転びかけた身体を立て直し、こちらを見る。


「ラズが、足を……!」


 ベックが駆け寄り、肩を掴んだ。


「どこだ」


「古い坑道。奥の、曲がったところ」


 返事を聞いたベックの顔から、表情が消えた。


「立って話せるか。息を吐け。何がいた」


 ミトは何度か息を吸い直し、途切れながら答えた。坑道の壁際に灰色の背が見えたこと。ラズが横へ回ろうとして、足を払われたこと。引きずって逃げたが、途中から一人では動かせなくなったこと。


「魔石を、ひとつ取れればって。入口から見えるところだけのつもりで」


「今、そいつは見えるか」


「分からない。ラズを脇の窪みに入れて、それで……」


 ベックはそれ以上、理由を聞かなかった。近くの作業員に応援を呼ばせ、別の二人へ灯りと搬送用の道具を用意するよう指示した。


「お前たちは入口までだ。先は俺が見る。呼ぶまで入るな」


 俺とテッサは頷いた。


 西へ下りる道を、今度は空身で急いだ。荷物がない分だけ速く動けるはずなのに、朝より足が重かった。さっきまで、あそこから逃げてきたばかりだった。


 坑道の前では、横木の片端が外されていた。新しく張った縄は切られず、杭からほどかれ、地面に落ちている。


 ベックは灯りを持った作業員を伴って中へ入り、俺たちは外で待った。もう一人の作業員が長い棒を二本運んできたが、担架に張る丈夫な布が見つからないという。


 テッサが背中の盾を下ろした。


「これ、使えない?」


 盾は人ひとりを寝かせるには短かった。それでも、背中から腰までなら載せられそうだった。作業員が持ち手と縁を確かめ、二本の棒の間へ伏せて置く。


「肩と腰を支える台にはなる。脚は別に支えよう。運ぶ途中でずれんよう、ここを縛ってくれ」


 俺は縄を受け取り、盾と棒を固定した。テッサが反対側を押さえ、結び終えたところを引く。資材を運ぶときと同じ手順なのに、縄の先が何度も指から逃げた。


「もう一回、引いて」


 言われて引き直すと、緩んでいた箇所が締まった。


 坑道から、作業員が戻ってきた。


「移せる場所まで出した。手を貸してくれ」


 俺たちは即席の担架を持ち上げた。


 坑道は入口近くこそ広かったが、少し進むと、天井を支える古い柱が通路を狭めていた。ベックは曲がり角の先を見ながら立ち、その手前にラズが横たわっていた。


 顔に土がつき、片方の靴が不自然な向きを向いていた。俺はそこを見ないようにして、かえって目を離せなくなった。


「ノル、灯りのところまでだ。それ以上、奥へ来るな」


 ベックの声で、ようやく足を止めた。


 ラズは俺たちを見ると、起き上がろうとした。


「悪い。ちょっと、失敗して」


「動くな」


 脚の手当てをしていた作業員が、短く言った。


 裂けた服の上から押さえていた布には、血が滲んでいた。作業員は包帯を締め直し、脚の両側へ板を当てている。ラズはその手元を見ず、天井を睨んでいた。


「剣は」


 掠れた声がした。


「置いてきた。今はお前を運ぶ」


 ベックが答えた。


 俺たちは指示された位置へ担架を置いた。作業員が傷めた脚を支え、もう一人が肩を持つ。俺は腰の下へ腕を入れ、合図に合わせて少しずつ盾の上へ移した。


 ラズが歯を食いしばり、俺の袖を掴んだ。痛いほどの力だったが、離してくれとは言えなかった。


 身体が滑らないよう固定し、はみ出した脚は作業員が支える。俺とテッサが前の棒を持ち、もう一人が後ろを受け持った。


「同時に上げるよ」


 テッサが言った。


 俺は彼女の顔を見て頷いた。持ち上げると、盾がわずかに軋んだ。普段は彼女ひとりが支えているものに、今は俺たち三人がぶら下がっているような気がした。


 ベックが最後尾につき、俺たちは入口へ向かった。


「一度、止まって」


 細くなった場所で、テッサが声をかけた。棒の端が柱に当たりそうになっている。俺たちは少し角度を変え、負傷した脚を壁へぶつけないよう通した。


 早く出たいのに、急ぐほど何かに引っかかった。ラズが小さく呻くたび、握っている棒を持ち直した。


「寝てると思ったんだ」


 背後から、ラズの声がした。


「あんなに動かなかったから。横へ回れば……」


「あとで聞く。今は運ぶ方に合わせろ」


 ベックが言った。


 その直後、奥で石の転がる音がした。


 俺たちは足を止めた。灯りの届かない曲がり角から、砂を擦るような音が続いた。ベックが剣を抜き、作業員に灯りを低くするよう指示する。


「担架を右へ寄せろ。そこで待て」


 右手には、道具を置いていたらしい浅い窪みがあった。俺たちはそこへ担架を寄せ、ゆっくり下ろした。


 床に脚をつけないよう作業員が支えている間、ベックともう一人が盾の端を持ち上げた。柱の陰で傾け、ラズの身体を奥の通路から隠す形にする。俺は肩がずれないよう押さえ、テッサが盾を支えた。


 自分の武器を使うことも、盾を構えて前へ出ることもできなかった。ラズを落とさないようにするだけで、両手が塞がっていた。


 奥で、もう一度石が鳴った。


 靴底に、ごく弱い震えが触れた気がした。俺は反射的に左を見かけ、朝のことを思い出して顔を戻した。


「ベックさん。足の下が、少し」


「どっちだ」


「分かりません」


 答えると、ベックは頷いた。


「そのまま支えていろ」


 入口の明かりは、柱の向こうに見えていた。そこまで運べばいい。ただ、それだけの距離が、荷車で上ったどんな坂よりも長く感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。