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第14話 昨日なかった穴

 昨日は荷車を押して上った坂を、今日は測り縄と板を抱えて歩いていた。腕が楽そうだと言っていたテッサは、杭の束を肩に載せている。仕事を選ぶときは、紙に書いていない荷物まで確かめた方がいいらしい。


 採石場の入口には、俺たちのほかに二人の新人冒険者が待っていた。腰に剣を差した細身の男と、その隣で記録板を裏返している、小柄な男だ。二人とも首から銅札を下げていた。


「そっちも穴を測る仕事?」


 剣の男が声をかけてきた。


 俺が頷くと、男はラズと名乗り、隣を親指で示した。


「こっちはミト。字がきれいだから、書く方を任せようと思って」


「お前が書きたくないだけだろ」


 ミトはそう言いながらも、記録板を手放さなかった。テッサが俺の腕にある板を見て、少し考える顔をしたので、先に渡しておいた。


 ベックは作業小屋の壁に図面を留め、俺たち四人と採石場の作業員を集めた。昨日見た三つの丸に加え、道の一部が炭で塗り潰されている。


「穴の位置と、外から見える大きさを記録する。建物や動かない岩を基準に測れ。穴の縁を基準にすると、そこが崩れたら全部やり直しだ」


 ラズが測り縄を持ち上げた。


「深さは、これを垂らせばいいですか」


「近づかんと測れないなら、測定不能と書け。数字を埋めるために落ちるな」


 ベックは全員の顔を見てから、作業員に道案内を頼んだ。


 最初に向かったのは、昨日、倉庫への近道を塞いでいた穴だった。俺とテッサが倉庫の角からの距離を測り、ラズたちは道の幅と柵の位置を記録する。作業員は長い棒で進む先を確かめ、俺たちを縄の外側に立たせた。


 近くで見ると、穴はきれいな丸ではなかった。片側は土が斜めに崩れ、反対側には割れた岩が突き出している。その下は暗く、ここからでは底まで見通せない。


「昨日は、あそこまで道だったんだ」


 作業員が棒で示した先には、途中で切れた轍が残っていた。


 テッサは板に線を引き、顔を上げて実際の道と見比べた。


「こんな感じ?」


「穴、ちょっと丸すぎないか」


「分かった。もっと嫌な形にする」


 描き直された輪郭は、確かにさっきより近かった。


 一つ目を測り終え、西の石置き場へ回る。積まれた切り石の向こうに、低い岩壁と、古い坑道の入口が見えた。今は使っていないらしく、入口の前には横木が渡されている。


 残る二つの穴は、その手前にあった。


「小さい方から片づけよう。昨日の夕方は、ここで空の荷車を回したんだがな」


 作業員がそう言って、道の端へ足を向けた。


 俺は測り縄の輪をほどきながら、その後ろを歩いていた。遠くで槌が鳴り、積み石の間を風が抜けた。その音が途切れたあと、靴底に細かな震えが残った。


 昨日、倉庫で感じたものに少し似ていた。ただ、今度は足を置いている場所が、わずかに擦れたようにも感じた。


 顔を上げると、作業員がもう一歩、前へ出ようとしていた。


「待って」


 自分でも、思ったより大きな声が出た。


 作業員が足を止めて振り返る。その爪先の少し先で、小石がひとつ沈んだ。続いて、乾いた土に細い線が走った。


「下がれ!」


 ベックの声と、地面の崩れる音が重なった。


 作業員は後ろへよろめき、俺は伸ばしかけた手を引いて、一緒に下がった。テッサが俺の上着を掴み、さらに道の中央へ引く。さっきまで作業員が踏もうとしていた場所が、土と石を巻き込みながら穴へ落ちていった。


 崩れたのは道の端だけだった。それでも、人が立っていれば両足を残せる幅ではなかった。


 土埃が薄くなるまで、誰も近づかなかった。俺は測り縄を握ったまま、自分の足元を見ていた。固い地面のはずなのに、立っている場所まで頼りなく感じた。


「怪我は」


 ベックに聞かれ、全員が首を振った。作業員は膝についた土を払い、崩れた縁を見た。


「助かった。あのまま踏んでた」


「俺も、崩れるとは思ってなくて」


「何に気づいた」


 今度はベックが俺を見た。


「足の下が、少し動いた気がしました。昨日みたいな震えで……でも、どこが崩れるかまでは」


 言いながら、俺は遠くの槌の音を聞いた。さっきとの違いを確かめようとしても、今は自分の鼓動の方が気になった。


「たまたま、止めるのが間に合ったんだと思います」


「それなら、その通りに記録しろ。次も分かるつもりで歩くなよ」


 ベックは作業を止め、柵の位置を手前へ移すよう指示した。


 杭を運ぼうとすると、指がうまく開かなかった。握り締めていた測り縄をテッサに取ってもらい、ようやく手を空ける。


「腕が楽な仕事だったな」


 俺が言うと、彼女は杭の束を持ち直した。


「今のところ、昨日の方がいい」


 俺も異論はなかった。


 新しい柵を立てる間、ミトが崩落の時刻と場所を書き足した。ラズはその隣で、穴の奥をじっと見ていた。


「なあ。あれ、光ってないか」


 指の先を追うと、崩れた土の下に灰色の岩が露出していた。その窪みに、小さな欠片が引っかかっている。濡れた石かと思ったが、光の当たり方で、内側だけが鈍く透けて見えた。


 すぐ横の岩には、何かで繰り返し削ったような筋もあった。新しく割れた面とは違い、筋に沿って土が詰まっている。


「魔石じゃないの、あれ」


 ラズが腰を屈めた。柵の外側だったが、ベックに肩を押され、すぐ立ち直った。


「ここからじゃ分からん」


「でも、これ、金になるんじゃないか」


 ラズは欠片から目を離さなかった。


 テッサも穴を見ていたが、やがて自分の盾の縁に指をかけた。


「拾うのに縄が要るね」


「長いのなら、今あるだろ」


「下ろす縄じゃなくて、落ちた人を上げる縄」


 ラズは口を閉じた。ミトが記録板を持ち直し、小さく息を吐く。


 ベックは四人の前に立った。


「依頼は地形記録だ。中へ入るな」


 誰に向けた言葉か迷う余地のない声だった。


「光る石も、岩の筋も、場所を書いて報告する。調べる人間は、そのあとで決める」


 俺たちは作業を再開した。ただし、穴に近い場所の測定は中止になり、離れた岩と倉庫を結ぶ距離から記録を取り直した。


 帰る前に、テッサの板を見せてもらった。朝に描いた道の端は消され、その内側に新しい線が引かれていた。脇には、崩れた時刻が添えてある。


 昨日の道だけが古いのではなかった。今朝、俺たちが測った道も、もうそのままでは使えない。


 俺は板から目を上げ、町へ戻る荷車が通る場所を、もう一度確かめた。

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