第13話 北採石場の仕事
依頼票を見つけた翌朝、俺はギルドの前で肩をゆっくり回した。腕を上げても、荷車の男とぶつかったところに強い痛みはない。
「どう?」
隣でテッサが聞いた。赤茶色の短髪が、朝から少し跳ねている。
「これなら動かせそうだ」
「途中で痛くなったら言ってよ。荷車ごと止まられると困るから」
「分かった。そっちは?」
「腕は平気。盾は傷ついたままだけど」
その修理代を稼ぐためにも、今日は働きたかった。
依頼板には、昨日見つけた資材搬送の紙がまだ残っていた。俺は行き先から荷下ろしの場所まで、もう一度目を通す。古い設備の調査も、持ち主の分からない銅貨の確認も含まれていない。
「そんなに読んだら、仕事が増える?」
「増えないことを確かめてる」
「それなら私の分も見て。荷物を運んだら終わるやつがいい」
俺も同じだった。来年の日付が入った銅貨の正体は分かったが、鉈を向けられたときの息苦しさまで消えたわけではない。
今回運ぶのは、北採石場で使う縄と杭、楔、それから道具の替え柄だった。依頼主の荷車で運び、倉庫へ収める。町へ戻って荷車を返し、受領の控えを渡せば終了だ。
仕事の終わりが紙に書いてあるだけで、少し安心した。
◇
北門を抜けると、道には白っぽい粉が増えた。轍に車輪を取られるたび、後ろを押すテッサと声を合わせる。
縄の束は見た目より重く、楔の木箱は見た目どおり重かった。期待を裏切らない荷物というのも、ありがたいようでありがたくない。
「交代する?」
緩い坂の途中でテッサが聞いた。
「上まで行ったら頼む」
「上まで行ったら、あとは下りじゃない?」
「気づくのが早いな」
結局、その場で交代した。肩は痛まなかったが、腕と足は普通に疲れる。怪我がなくても、荷物が軽くなるわけではなかった。
テッサの大盾は荷台の脇に紐で留めてある。出発前に持たせてもらったが、これを構えて動くのも十分な重労働だ。彼女なら疲れないだろう、とは言えない。
採石場は、丘を大きく削った場所にあった。
段になった岩肌の下で人が動き、切り出した石を積んだ荷車が坂を下ってくる。槌の音が壁に当たって重なり、どこで打っているのか、聞くだけではよく分からなかった。
街の建物も水道橋も、最初はこんな場所にある岩だったのだろう。壁になる前の石が並んでいると思うと、少し面白い。
つい足を止めると、入口の脇から声が飛んだ。
「道の真ん中で止まるな。下ってくる車は、すぐには止まれんぞ」
ベックだった。俺たちは慌てて端へ寄った。すぐ横を、大きな切り石を載せた荷車が通り過ぎる。
「今日は講習ですか」
「搬送路の確認だ。お前らは?」
依頼票を見せると、ベックは坂の下の建物を指した。
「納品はあの倉庫だ。ただし、右の道を回れ。正面の近道は使うな」
倉庫へ続く道には縄が張られていた。杭の向こうで、地面が丸く落ち込んでいる。車輪がはまる程度の窪みかと思ったが、脇に立つ作業員と比べると、ずっと深そうだった。
「荷車でも落ちたんですか」
「今朝、見回りが見つけた。昨日の作業終わりにはなかったそうだ」
ベックは縄の内側へ視線を戻した。
「近づくなよ。縁まで崩れるかもしれん」
俺たちは頷き、荷車を右へ向けた。
回り道は、倉庫が見えているのになかなか着かない。ようやく戸口に止めた頃には、俺もテッサも話す回数が減っていた。
倉庫番に品数を確かめてもらい、楔の箱は二人で下ろした。腰を伸ばしたところで、靴底にかすかな震えを感じる。
重い荷車が近くを通ったときに似ていた。振り返っても、戸口の向こうに車輪は見えない。
「どうしたの?」
「今、揺れなかったか」
テッサは足元を見た。その間にも、外では槌の音が続いている。
「これだけ石を叩いてたら、揺れるんじゃない?」
もっともだった。
俺は踵を浮かせて置き直したが、もう何も感じなかった。ギルドでも、足音と一緒に床が小さく震えたことがある。ここでは重い石を運び、槌を振るっている。何かが伝わってきても、不思議ではない。
荷物を運び終えた足が、勝手に震えただけかもしれなかった。
受領の控えをもらって外へ出ると、倉庫番に呼び止められた。
「帰りも同じ道で頼む。西の置き場の方も、今は通れん」
「あっちにも穴が?」
「二つ見つかった。朝から柵を運んでばかりだよ」
入口で見たものだけではないらしい。坂の上では、二人の作業員が長い柵を担ぎ、進む道を相談していた。
俺たちは空の荷車を押して、来た道を戻った。テッサは盾を背負い直している。荷台が軽くなった分だけ、車輪が小石を踏む音がよく聞こえた。
入口のそばで、ベックが紙を広げていた。作業員がその上を指し、昨日まで通れた道の話をしている。
話が途切れるのを待ち、俺は倉庫で感じた震えを伝えた。
「いつだ」
「楔を下ろしたあとです。ただ、近くに荷車が見えなかったくらいで。石を割る振動かもしれません」
ベックは倉庫の位置に小さく印をつけた。
「分からんなら、分からんまま言え。揺れた理由まで作る必要はない」
曖昧なことを話した後ろめたさが、少し薄れた。
紙にはすでに丸が三つあり、それぞれの脇に数字が添えてある。
「明日は、この辺りを記録する人手を出してもらう。穴の位置と、通れる道をな。ギルドに依頼を回す」
「穴の中も調べるんですか」
「外からだ。まず、人と荷車がどこを通れるか分からんと仕事にならん」
テッサが俺を見た。
「運ぶよりは、腕が楽そう」
「その代わり、歩くんじゃないか」
「足は今日も使ったよ」
その計算には、反論するところがなかった。俺はベックに、明朝、依頼票を見てみると答えた。
帰りの坂から振り返ると、柵を担いでいた二人が、ようやく地面にそれを置いていた。一人が昨日の道を指し、もう一人が首を振っている。
今朝、教えられずに近道へ向かっていたら、俺たちもあそこで荷車を止めていたのだろう。
「ノル、石」
テッサの声で前へ向き直る。車輪の先に転がっていた石を避け、荷車を押し直した。
町へ戻ったら、荷車を返して受領の控えを渡す。そのあと、靴底に挟まった小石も取っておこう。
明日も歩くなら、足の裏に余計なものがない方がいい。




