第九話 砂漠
視界が開けた先。
そこは、白い砂が見渡す限り広がっていた。
将明の足元から地平線まで真っ白な砂の海。
空だけでなく地面まで白いため、空と地面の境界線が分からない。
ここは、すべてが白い砂と白い光に溶け合っている――正真正銘の砂漠であった。
「……は?」
将明の口から間の抜けた声が漏れる。
洞窟から山も今思えば意味不明だが、山中を歩いていた内に砂漠に到着していた……などという不条理に比べれば遥かに常識的な範疇の出来事に違いない。
そこまで思考するより早く、将明が慌てて振り返ったものの背後に先ほどまで自分がいたはずの山道はなく、どこまでも砂漠が広がっていた。
「え、待って」
将明は振り返りながら後ずさる。
足元でサラサラと鳴る砂の音は、ここが山岳地帯などではないことを千の言葉よりも雄弁に証明していた。
三百六十度見回すものの、どこまでも砂、砂、砂、砂……と続くのみ。
何の障害物もなく、これまで同様に動物どころか草一本何もないようなただ白い砂が無限に広がっている。
空を見上げるとただ白いだけで太陽らしき光源はない。
ただ白く発光している天井のような空だったが、灼熱の太陽にさらされずに済むことが唯一の救いと言えるだろう。
「いや、それにしてもどこなんだよ、ココはマジで……」
将明は呟いた。
山岳地帯から霧の中に入っていつの間にか砂漠に出た。
山は消え、洞窟も消え、ジャングルも消え――唯一の脱出経路であるあの岩の裂け目からの現世への出口も消えた。
いや、消えたのではなく将明が離れてしまったのだろう。
火山口のカレーを食べた後まっすぐ洞窟へと帰るはずだったのに……一本道を戻るはずだったのに、それが分岐に迷い霧に包まれ、気がつけば砂漠に立っていた。
「正真正銘、わけわかんねえよ……!!」
将明の足から力が抜け、砂の上に座り込んだ。
砂は温かく微かに熱があった。
火照れた砂の上に座り込みながら、将明は空を見上げた。
白い空、白い砂、境界線なし。
「帰り道どころか今どこにいるのかも分かんねえじゃんかよぉ……」
洞窟内で音が反響したのとは対照的に、ここでは音が砂の中に沈んでいく感覚があった。
ポケットの中のデーツを取り出す。
最後の一個が、手のひらの上で茶色い小判型の実が転がる。
これがなくなれば食料はゼロになる。
……カレーの火山口にはもう戻れない。
……洞窟のデーツが湧き出るスポットにも戻れない。
――岩の裂け目から通じる現世にも、戻れない。
「なんであそこで引き返さなかったんだよ……俺ってヤツは!!」
後悔が際限なく押し寄せてくる。
三皿まで食わずにさっさと一食で済ませて洞窟に引き返していれば。
変に冷静さを失い半ば意地同然で進まずに、最初の分岐へと戻っていれば。
しかし、今さら後悔したところでもう遅い。
将明は砂漠の真ん中に一人で座り込んでいた。
帰る場所も行くあてもなく、ポケットにはデーツが一個で水はない。
カレーの匂いもすでに消えていた。
――ただ白い砂と白い空だけが、将明を包んでいた。
見渡す限りの白。
地平線の彼方まで、ただただ白い砂が連なっている。
空も地面もその二つの白の境界線は曖昧で、まるで無限の白紙の上に放り出されたような錯覚に陥る。
太陽はないのに視界はやけに明るい。
光の源が分からない白い発光が空全体から降り注いでいるが熱はないことだけが救いであった。
とはいえ、それがむしろ残酷な現実を将明に突きつけてくる。
なんせ、景色がまったく変わらないのだから。
一歩歩いても、十歩歩いても、百歩歩いても、目に映る景色は常に同一。
風が吹けば砂が舞うが、それもすぐに元の平らな砂の海に戻る。
足跡も風が消せば消えるため、自分が歩いているのか、その場で足踏みしているのか、感覚が曖昧になってくる。
当然の如く、この空間に生物はいないことに加えて、イミテーション染みた草一本、石一つすらないただの無限とも思える砂が覆い尽くすだけの世界。
将明の精神は確実に削られていく。
単調な景色が人を狂わせるというのは本当だった。
変化のない刺激は、脳を飢えさせる。
オホゴエのランキング変動の激しい世界で生きてきた将明の脳は、常に新しい情報の流入を当然の如く享受していた。
なのにここには情報がない。
白い砂という単一の情報を前に、身体だけでなく脳までもが砂漠にさらされている。
「何か……ねぇかな……誰でもいいから、何か、何かを……」
呟きながら歩くが、これまで同様に声は砂に吸われた。
ポケットのデーツはもうなかった。
最後の一個はかなり前に食べてしまった。
空腹はまだ迫っていなかったが、喉がとうに渇き始めていた。
砂漠の乾燥した空気は身体から着実に水分を奪っていく。
将明は自分が円を描くように歩いていないことを祈りながら、ひたすら前へ足を運んでいく。




