第○話 法則
――どれほどの時間が経過したのだろうか。
この世界に時間の概念があるのかどうかも分からないまま、ひたすら将明は歩き続けていた。
いや、『歩き続けることしかできなかった』と言うのが正しいのかもしれないが……。
最初のジャングルで途方に暮れてから、将明はこの異空間の構造を理解しようと試行錯誤を繰り返した。
転売ヤーとして培ったデータ収集と分析の習性を用いて新しい市場の法則を見つけ出す――それが将明の生存戦略だった。
ジャングルから山岳へ、山岳から砂漠へ、砂漠からジャングルへ……。
行き止まりを経験し、迷路を辿り、いくつものパターンを試した。
その結果、いくつかの法則が見えてきた。
将明は洞窟の中で寝ころびながら、これまでの探索で得た情報を反芻し始める。
一つ目の法則、帰路の確立。
山岳地帯での迷走が最大の失敗であった。
あの時はパニックになって道を見失ったが、しかし冷静になれば方法はあった。
洞窟の出口から火山口までは、ほぼ一本道のはずだが、引き返そうとした時に何故か分岐点がいくつも発生している。
そんなとき、将明はジャングルで拾って持ってきた木の枝や山岳で拾った小石をもとに、洞窟を出て火山口に向かう間にそれらを一定間隔で目印として道中に落としていく。
分岐点が出て来ても枝や石が続く方向を選ぶと、最初の時が嘘のように将明は火山口から洞窟の出口まで迷わずにあっさり戻れるようになっていた。
二つ目の法則、砂漠への落下。
実は山岳地帯から砂漠へ落ちるルートは一つではなく、複数存在する。
一つは将明が迷い混んだ霧のルートであり、これは道に迷って霧に包まれると砂漠へ移動する。
しかし、この霧以外にもルートはあった。
最初の時に、カレーが出てきた火山口へとダイブを試みた時。
あるいは崖に張り巡らされた蜘蛛の巣を通り抜けて身投げした時。
まるでこの世界が「そっちへは行けない」と言っているかのように、砂漠へと落下する。
正規――と言っていいのかわからないが、洞窟に引き返すルートから外れると、砂漠へと何故だか落下もしくは霧からの転移をしてしまうようである(落下であれ転移であれ、2回目からの砂漠は歩き回らずともわりと近くに廃墟が見えてくるのが救いか)。
蜘蛛の巣については別の発見もあった。
あの巨大な蜘蛛の巣は最初は不気味で近づかなかったが、しかし何度か探索するうちに分かった。
蜘蛛の巣は強靭であり体重を預けても切れないが、しかし見た目に反して粘着性と呼べるものはまったくなかった。
糸に触れても手はくっつかないし、(この場にいないだろうが)鳥や虫といった獲物を捕らえるための網ではないらしい。
この網に相応しい巨大な蜘蛛なり捕食者らしきものについても影も形もなく、出てくる気配すらなかった。
蜘蛛の巣はただの構造物?であり、装飾かあるいは結界のようなものかもしれないが……そうなるといよいよこの誰もいない空間で何の意味があるのかわけがわからない。
将明は蜘蛛の巣にぶら下がってみたが揺れたものの切れることなく、面白くなって何度か揺れた。
しかし下には何もなく、砂漠へ落ちるだけだ。
二回目以降の砂漠への落下は、最初ほど恐怖はなくなりどうせ砂漠へ落ちるならと、彼は蜘蛛の巣から大人しく下へダイブした。
三つ目の法則、扉の消失。
あの廃墟には到底似つかわしくない真新しい神秘的な扉。
開ければジャングルの空中へと放り出される扉。
二回目に扉を開いた時も同様であり、強風が将明を押し出し空中へ投げ出された。
二回目以降の砂漠と違い落下した地点は変わらず泉だったが、水中にダイブした時点で扉は消えていた。
ジャングルの空中に扉が浮かんでいるわけではなく、扉は砂漠の廃墟の中にだけ存在していると言わんばかりに将明がジャングルの泉に落下した瞬間、扉は消滅したかのように見えなくなってしまう。
・砂漠からジャングルへは行ける。
・しかし、ジャングルから砂漠へは扉を通って戻れない。
・砂漠へ戻るには山岳地帯から転移か落下をするしかない。
将明は洞窟の中でこれらの法則を反芻した。
……ジャングルから山岳へは洞窟を通る。
……山岳からジャングルへは木の枝や小石を目印に洞窟に戻る。
……山岳から砂漠へは洞窟以外のルートを進めば用意に行ける。
……砂漠からジャングルへは一方通行になるが、扉を通ってダイブする。
――ジャングル。山岳。砂漠。ジャングル。山岳。砂漠。
この三つのエリアが延々と連なる無限の循環。
「……出口はねえのかよ」
思わず毒づくがそれも無理はないだろう。
ジャングルには現世と繋がっている岩があったはずだが、それは何度探しても見つけることは出来なかった。
出口は存在せず、三つのエリアを永遠に巡り続けるだけの世界。
将明が洞窟内の天井を見上げると、これまでと変わることのない青白い発光体が淡く光っている。
「転売……してぇな~」
呟いた声が、洞窟の中に反響する。
しかし転売する相手はおろか、売る商品も買う客も……市場もランキングもオホゴエも、何もかもがない、ない、ない。
この世界の法則は分かったところで、それは将明を安堵させることはなく――むしろ絶望させる形となっていた。
法則が分かっても出口がなく帰還も出来ず……ただ循環するだけ。
将明は天井を見つめながら口を開く。
「……それにしても、絶対死ぬと思ったけど火山口は多少熱かっただけで済んだし、崖も含めてまさかあんな裏ルートが見つかるとは!」
誰に聞かせるわけでもない、独り言をハキハキと声に出す。
「あの遥か遠くに見える王冠のような山にたどり着いたら何かあるのかもしれない!!」
王冠のような形をした山々。
山岳地帯の奥に見えた巨大な山こそが、この世界の中心なのか?あるいは出口なのか?
……いずれにせよ、あそこに行けば何かが分かるかもしれない。
「あそこに至る険しいルートを進むには登山用の装備が足りないのはもちろんのこと、進もうとしてもあの強烈な霧が立ち込めて強制的に砂漠へと移動させられてしまうが……」
王冠の山に向かって歩こうとすると必ず霧が立ち込めてしまい、それに包まれると砂漠へ落下する。
王冠の山へ近づくことは出来ず、この世界の意思のようなものがそれを許さないのか、あるいは霧そのものが結界なのだろうか。
将明は寝返りを打ちながら壁の方を向くと、青白い光が壁面の苔を照らしている。
「泉に落下する時に、バタン……と扉が閉まる音がした気がする!」
砂漠の廃墟にあった扉は開けると強風に押し出されてしまい、ジャングルの泉へ強制的に落下させられる。
……だが、あの時。
何度目かの移動となった時に、落下する瞬間に音が聞こえた……ような気がする。
「もしかして、あの廃墟の扉はジャングルからだと透明になって見えないだけで、空中に設置されたままなのでは!?」
扉が消えるのではなく……もしも、透明になっていただけだとしたら?
ジャングルの空中に見えない扉が浮かんでいる。
もし見えない扉をジャングルから見つけることが出来るようになれば、山岳を経由せずに直接砂漠に行けるようになるかもしれない。
これまではジャングルから山岳へは洞窟を通ればいくらでも往復可能だったが、山岳から砂漠、砂漠からジャングルへは一方通行しかなかった。
もしも新規ルートを開拓することが出来れば、同じエリアが延々と続くこの空間にも何か変化を起こすことが出来るかもしれない――!!
「当面の目的は、新たな繋がり方をしたルートが見つけられないか楽しみだ!!」
声に出したのは、どこまでも前向きな言葉であった。
……それは、無理をしてでも前を向こうとしている響きを帯びていた。
前向こう、前を向こう。新しいルートを見つけよう。新しい何かを見つけよう。脱出するための出口を見つけよう。
……けれども。
そんな内面から絞り出そうとした言葉とは裏腹に、将明の視線がもの悲しげに洞窟の壁に向けられる。
面苔のような発光体がびっしりと付着した青白い光に照らされた壁。
見つめているうちに将明の表情が固まり――笑みが消えた。




