集大成
「これは一体……なんだ?」
リックの前に現れたのは、一見するとゴーレムに見えるような何かであった。
だがそれをなんと形容すればいいのか、今の彼の頭の中には語彙が存在していない。
強いて言うのなら……肉体の中心部を剣か何かでくりぬかれた、ゴーレムの残骸とでも言うべきだろうか。
「私が新たに作った土魔法で、パワードスーツといいます」
「パワードスーツ……」
これはゴーレムのように動き出すのだろうか……とリックがジッと見ていると、彼の視界にいるアキが、そのままてくてくとそのパワードスーツとやらに近付いていく。
彼女がそのままえいっと飛び上がると、その身体がすっぽりと土の中に入っていった。
中央部がくりぬかれたかのようなその形は壊れているわけではなく、人間の肉体を入れるためのスペースなのだということが、その段階でようやくリックにもわかった。
よく見ればそのゴーレムの腕と足はまるで一回り大きくした人間のようで、手と足には五本の指がしっかりと再現されている。
「……いきますっ!」
ゴーレムのように起動してその瞳が輝くわけでもなく、ただぬるりとその肉体が動き出す。
中身をくりぬかれアキの両手両足に合うように接着されたゴーレムの手が、ゆっくりと握られ、そして開かれる。
彼女はそのまま「とうっ」と妙にふぬけた声を上げながら飛び上がると、その姿が一瞬にして消える。
顔を上げればその場の垂直跳びだけで、優に五メートル近くは飛んでいる。
なんという脚力だろう。
着地をする際にもほとんど音はなく、その超人的な身体能力は一目でわかる。
ゴーレムの力を、アキが自身の手で振るっている。
「これは……凄いな」
「そういってもらえて嬉しいです! これを作るために、結構頑張ったので!」
アキがその場を飛び跳ね、裏庭をものすごい速度で駆け回る。
彼女が生み出した新たな魔法サモンパワードスーツは、魔法によってアキが生み出した、自身に装着するタイプの人型鎧、パワードスーツを呼び出す魔法である。
ゴーレムのような力を自分の手で振るうことができればいいのに……そんな思いを実現させるために作り出した魔法だ。
「……意識を入れた時のゴーレムと同じように、動きが完全にリンクしてるのか」
「今は完全リンクにしてありますが、同調率はあえて低めに設定してあります。100%にしちゃうと、痛みとかも帰ってくるようになってしまうので」
基本的にはゴーレムにある感覚同調の機能を流用しており、パワードスーツ自体は自身の肉体の延長のように扱うことが可能となっている。
ゴーレムで同調が可能なのは視覚と聴覚に限られるが、このパワードスーツは肉体にくっつく形でより繊細な動きを求められるため、触覚も再現されている。
指の一本一本を自身の思考の通りに動かせるようにするために神経自体を魔力を使って繋げているため、ある程度は感覚のフィードバックがある形だ。
ただそのまま痛覚なども繋げるとダメージを受けた時に自身に幻痛が走ってしまうため、その辺りはある程度調整ができるように融通を利かせてあった。
正直なところ開発で一番難儀したのがここの部分で、痛覚を切り触覚だけを残す術式を作り出すのは、『土の魔女』である彼女ですら難儀するほどの難易度であった。
「あの……どうでしょうか?」
リックを、アキがジッと見下ろしてくる。
普段は見上げている彼女の身体は、パワードスーツを身に纏ったことで自身より大きくなっておりなんだか違和感があるが、その態度は普段と何一つ変わらない。
これこそが彼女がリックと共に過ごすために作り上げた、『土の魔女』のここしばらくの間の研究成果の集大成。
一体何をしているのかずっと気になってはいたのだが……予想以上にとんでもないものが出てきて、リックとしては正直驚きを通り越して少し呆れが入っている。
リックは彼女の『土の魔女』としての力を、過小評価していたのかもしれない。
「すごいな……」
「あ、ありがとうございます! これがあれば、私もリック様と一緒に戦場に行けるかなって……その、少しでも、リック様と一緒にいたいので……」
「……」
そのあまりにストレートな言葉に、リックは思わず彼女から顔を背けた。
今の自分がどんな顔をしているか、自分でも想像がつかなかったからだ。
(気持ちはありがたい、だが……)
彼女はこうして新たな魔法を作ってまで自分と共に過ごそうとしてくれている。
夫としてその気持ちは大変ありがたくはあるのだが、やはりリックとしては家にいて欲しいとも思ってしまう。
だが彼女はただの非力な少女ではない。
相変わらず触れれば折れて折れてしまいそうなほどの痩せ型だし、依然としておどおどとして挙動不審になってはいるものの……彼女はれっきとした『魔女』なのだ。
彼女が虚弱体質であるから、放っておくと我慢ばかりして無理をして倒れてしまうから……そんな理由でアキを家の中に留めておこうとするのは、リックのエゴなのかもしれない。
だがそれでもやはり、リックはアキに一言言わずにはいられなかった。
「やはり俺は……アキには家で待っていて欲しいと思う」
「……そう、ですか……」
自分の言葉にしゅんとするアキを見て、リックは苦笑する。
彼女は家に来たその時から、何一つ変わっていない。
リックの言葉に一喜一憂して、常に不安に苛まれてばかりいる。
こちらも顔色を窺うのではなく、もっと堂々と主張をすればいいのに。
自信を持って声高に主張するだけの権利が彼女にはある。
実際アキが来てその魔法の力を振るうようになってから、辺境伯領軍の被害はゼロになった。
誇張ではなく、文字通りのゼロだ。
今まで決して少なくない被害が出ていた魔物討伐は、もはや命がけの仕事ではなくなりつつある。
『私のおかげで被害が減ったんだから、お前も私の言うことを聞け!』くらいのことは言っても罰が当たらない程度に、アキがやったことは凄まじい。
故に自己評価が低い彼女に、もう少し自信を持ってもらいたいものだ。
「だがこれはあくまでも俺の……シュヴァルツェンベルク辺境伯ではなく俺個人の意見だ。アキの考えを否定するわけではないし、辺境伯としてはその申し出は大変ありがたい。ただ一言言っておきたかっただけだ、だから……そんな顔をするな」
「そ、それなら……」
アキの不安げな顔がぱあっと一瞬で明るくなる。
やはり彼女は笑顔の方が似合っている、とリックは釣られて明るく笑った。
「ああ、一緒に行こう。実際に目で見て見聞することで得られるものも、あるはずだからな」
自信とは、一朝一夕に身につくものではない。
だがアキが目で見て耳で聞き、立派な『土の魔女』として成長していけば、自然と身についていくはずだ。
無論そのための手伝いなら、リックはいくらでもしてやるつもりだった。
「安心しろ、アキ。何があってもお前は、俺が守る」
「あ……ありがとうございましゅ」
舌を噛み最後まで言い切れなかったアキの頭を、ゴーレムの肩に登って撫でてやる。
凹凸を頼りにこんなことをするのは、子供の頃の木登り以来かもしれない。
近付いた時のアキの顔は、リンゴのように赤く染まっていた――。




