新たな魔法
アキが倒れたその日から、自分が『土の魔女』としてできることを確かめるために、積極的に魔法を使っていくようになった。
最初はただ使い方がわかるというだけの魔法も、何度も使っていくうちに自分なりにアレンジして改良を施すことができるようになっていく。
ゴーレムを経由して魔法を使うと消費量が距離に応じて高くなることがわかったり、ゴーレムは姿を自由に変えられるので試しに馬型のゴーレムを使ってオートで動かして馬車を引かせてみたら普通の馬よりも倍近い馬力が出たり。
新たな発見はいくらでもあり、そして魔法自体もいくらでも応用が利く。
彼女は土魔法の奥深さに、魅了され始めていた。
以前の失敗を踏まえアキは、自分にできる範囲で外壁の修復を行うようにした。
毎日無理をしてできなくなっては本末転倒なので、あくまでも無理をしない範囲で頑張ることにしたのだ。
あの時に彼女が直したフロントラインの外壁は、魔物が最も出現するという領境の中央部にある激戦区であり、全体から見ればごく一部に過ぎない。
魔の森と辺境伯領の境目の中でも魔物が出現する全域に張り巡らされているフロントラインをカバーするために、アキはゴーレムを動かしてフロントラインへと向かわせることにした。
ただ一体を各地へ馬車で運んでもらって魔法を使うと手間も時間もかかるため、アキは魔法の練度が上がることで全て自力で動かすことができるようになった百体のゴーレムを、領境に散らせて配置する形を取ることにした。
一度配置してしまえば、後はまだ修繕ができていない防壁の近くにいるゴーレムを向かわせて魔法を使わせればいい。
一月も経たないうちにフロントラインの外壁の工事は完了し、もう一月でセカンドラインとラストラインの方にも完璧な外壁を作り上げることができた。
アキが頑張って防壁を作ったおかげで魔物が防壁を越えることはできなくなり、辺境伯家の兵士達は高所から魔法を一方的に打ち込むことができるようになった。
今までは白兵戦にもつれ込んで被害が出ることが多かったらしいが、アキ特製の外壁によってその被害はゼロになったという。
「アキ様……本当に、ありがとうございます!」
「おかげで戦いが一気に楽になりましたよ! 体力を温存できるだけで全然違いますから!」
最初のうちは勝手に動くゴーレムを見て訝しがっていた兵士達も、それが辺境伯の妻であるアキが遠隔操作をしているのだということを理解してからは元気に声をかけてくれるようになった。
そしてゴーレムを戦地においたのは、この外壁の修理以外にも、もう一つ目的がある。
アキとリックで考えた結果、人型ゴーレムを各駐屯地に置くことで、各戦線ごとの見張り番として使っていくことにしたのだ。
アキはゴーレムの近くで襲撃が起これば、即座に他のゴーレムを使ってその襲撃の規模や脅威度を他者へ伝達することができる。
そのため横に長く伸びている各防壁では難しかった戦力の適切な配置が即時で行うことができるようになった。
これによって戦力の迅速な投射が可能となり、防戦能力が大いに向上した。
そしてアキのゴーレムが活躍するのは、何も防衛戦だけではない。
防衛戦は基本的に外壁を使った魔法投射によって行うが、そもそも魔物は放置をすれば数が増え強力な個体が誕生してしまう。
ただ守っているだけでは防戦一方になってしまうため、魔境においては積極的に魔物を狩っていく必要があるのだ。
実際に辺境伯領軍もリックを総大将とし、防壁を出ての山狩りを定期的に行っていた。
その際にも分散配置させたゴーレムを使うことで、戦闘そのものが一変するほどの変化があった。
従来では辺境伯軍では、各地に分散させた中隊毎に、魔物の襲撃や危急の事態に際して個別にのろしを上げたり、魔法を空に打ち上げたりといった原始的な手段で伝達を行っていた。
魔物に襲われながら適切な情報を伝えることは困難であり、それ故に兵士達の魔物の数や強さの誤認なども多かった。
だがそれも、アキがゴーレムの目で実際に見れば事情は変わる。
彼女が戦力をはき違えることなく冷静にカウントすれば、その情報は即座にリックがいる司令部へと行き渡る。
危急と判断すれば辺境伯軍で最強であるリックと二番目に強力なハロルドを適切に向かうことができるようになり、迅速な救出が可能となった。
これにより上も下も判断ミスがなくなり、結果として山狩りの効率は以前と比べものにならないほどに向上した。
アキのゴーレムによる遠隔操作一つで、シュヴァルツェンベルク辺境伯領軍の体制は激変したと言っていい。
今までは度々突破されていたフロントラインはもはや抜かれることのない鉄壁となり、魔物は一方的な魔法投射によって蹴散らすことができるようになった。
そして山狩りの効率は大幅に向上し、かつては必ず出ていた被害を今ではほとんどゼロにまで抑えることが可能になったのである。
最初は魔法技術に後れを取った王国からやってきた女だと、アキのことを侮っている者は決して少なくなかった。
けれど彼女が魔法によって行った改革は、誰もがなしえぬほどに凄まじいもの。
兵士とは彼らは自分を勝たせてくれる将には敏感だ。
シュヴァルツェンベルク辺境伯夫妻の力が合わされば魔物など恐れることもなしと、彼らは今では皆アキのことを尊敬の目で見つめてくれている。
(こんな目で見られるのは……やっぱり慣れない、かな)
アキに誰かから尊敬される経験などというものはない。
嬉しいようでむずがゆいようで……それでもやっぱり嬉しい。
彼女は今日も上機嫌で己のゴーレムを動かしながら、同時並行で土魔法の修行に励んでいた。
「精が出るな、アキ」
「リック様!」
それと……これは他の誰にも言っていないことだが、アキが死に物狂いで土魔法を使い続けていた理由が実はもう一つある。
それは……自分が頑張ればその分だけ、リックとの時間を作れるようになるから。
実際辺境防衛が楽になったことで、リックが屋敷にいる頻度は以前と比べて格段に高くなった。
そして実際に彼が戦地にいる時であっても、各地にゴーレムを置いておけば、近くにいるゴーレムに乗り移ることでリックとお話をすることができる。
おかげで各地を飛び回る忙しさとのリックとも、毎日きちんと夫婦の時間を取ることができていた。
「本当なら私が直接、フロントラインまで行ければいいんですが……」
「無茶を言わないでくれ……」
「そうですよね、すみません」
アキはこの屋敷に来てからというもの、ほとんど外に出ていない。
家の中にいる生活に慣れてはいるのだが……ずっと屋敷に幽閉されていた彼女としてはやはり、外に出たいという気持ちは強かった。
そして外に出るのであれば、やはりリックの側にいたい。
それが今の彼女の、嘘偽らざる気持ちであった。
(この魔法が、完成したら……)
実は彼女は今、リックに内緒である新たな土魔法を開発していた。
アキの土魔法は、展開された魔法陣に彼女の魔力を込めることで発動される。
そして魔法陣は中心にある幾何学模様と、その周囲に書き込まれたルーン文字と呼ばれる魔法文字の組み合わせによって効果が変わる。
故に彼女は既存の魔法に使う幾何学模様を組み合わせ、そこにルーン文字を付け加えていくことで実験を繰り返し続けた。
この魔法が完成すれば、リックと一緒に外に出られるかもしれない。
その一心で寝食を忘れかけ、エリーゼにしっかりと食べさせられて幸せを感じたりしながら奮闘したアキは……二週間ほどの時間をかけてとうとう、新たな魔法を完成させることに成功した。
魔法完成の次の日の朝、自分の成果を見せるべくアキはリックを屋敷の裏庭へと呼び出していた。
彼の前で新魔法のお披露目を行おうとウキウキの彼女を見て、リックは微笑ましいものを見るような目で見つめているが、アキはその視線の意味に気付かない。
「見てて下さい、リック様!」
アキが魔力を込めると、彼女の足下に巨大な魔法陣が展開される。
正十二面体からなる立体を幾何へ落とし込んだ文様と『分離』・『欠落』を意味するルーン文字が刻まれ、光が増していく。
光が収まった時、そこに現れたのは……。




