リックの独白
【side リック・フォン・シュヴァルツェンベルク】
アキが危なっかしくて、目を離せない。
それが俺、リック・フォン・シュバルツェンベルクの嘘偽らざる本音であった。
「見て下さいリック様、あそこにちょうちょがいます!」
「ああ、花壇だからな。虫の一つや二つは出るだろう」
「ひらひらです! ハンカチみたいにひらひら!」
「ハンカチ……みたいだろうか?」
アキは楽しそうに窓を開くと、そこから足を伸ばして外へ出た。
俺も合わせて以前よりずいぶん底部の位置が下がった窓を乗り越えていく。
高い位置にあった開閉窓の位置は、彼女の足の長さに合わせて下げさせてもらった。
土が好きな彼女が何度も転がり落ちるように外に出るのは面倒なので、こないだ俺が勢い任せに壊した窓を新調する際、すぐに外に出れるように位置を調整したのだ。
そう考えると壊したのも、案外悪いことではなかったかもしれない。
アキはそのまま外に出ると、指の先に蝶を乗せながら楽しそうに笑っていた。
以前と比べるとふっくらとしてきているが、前が病的に痩せすぎていただけだ。
むしろ今でも体重は平均よりかなり下なので、もうちょっと食べさせて太らせなければいけないだろう。
(本当に、不思議なやつだ……)
自身の妻となったアキのことを見つめながら、改めてそう思う。
アキは二面性を持つ女性だ。
幼いようでありながら、妙に達観したところもあり。
ある部分では我慢強いにもかかわらず、またある部分では辛抱が出来ずにすぐに動き出してしまう。
おそらく彼女の来歴がそうさせているのだろうが……非常に興味深い。
彼女はとにかく目を離せないのだ……いろいろな意味で。
「わわあっ!?」
蝶に注意を向けすぎたせいでそのまま地面に転び、口についた土をぺろりと舐めて幸せそうな顔をするアキを見ていると、なんだかちょっとほっこりする。
自分がこれほど落ち着いた時間を過ごせるようになるとは、まったく思っていなかった。
「き、着替えてきます!」
ドレスを土まみれにしたアキが、そのままエリーゼを連れて部屋へと戻っていく。
俺は彼女の着替え姿を見られぬようカーテンを閉めるエリーゼに軽く手を振ってから、ふぅと置かれている折りたたみ式の椅子に腰掛けた。
「最近楽しそうだねぇ、リック」
「茶化すなよ、ハロルド」
後ろに控えているのは、俺の腹心の部下であるハロルドだ。
寄子であるヴェンディ子爵の嫡男であり、俺とは小さな頃からの幼なじみ。
若い頃にはやんちゃなことや悪いことも一緒にやった、いわゆる腐れ縁の悪友という奴である。
「魔境の防衛にも少しゆとりが出たからな」
「まったくアキちゃん様々だね。俺も何度か戦いに出て思ったけど、やっぱり以前と比べると格段に楽になったよ」
無論人のいる場では公的な態度を取るが、こうして二人きりの時はハロルドとは以前と同じように話すようにしている。
自分に何かを直言してくれる部下というのは貴重なものだ。
辺境伯という立場にあぐらを掻かぬよう厳しいことも言ってくれるこいつは、俺にとっては替えの効かない存在だ。
……言えば間違いなく調子に乗るので、生涯口にすることはないだろうが。
「でもさ、リック……明るくなったよ。いや、これは冗談とかじゃなくてさ」
「……そうか?」
自分の頬に触れると、たしかにわずかに口角が上がっている。
アキと過ごすようになってから、俺は明らかに笑顔が増えるようになった……のかもしれない。
自分ではあまり自覚はないが。
「アキちゃん良い子だしね、リックが気に入るのもわかるよ」
「……たしかに良い子ではあるな」
「こないだなんか凄かったもんね。護衛の俺のことほっぽって氷鳥で屋敷に戻った時は、さすがに俺も笑ったよ」
「あれは……心配したんだ。ひょっとしたら何かあったんじゃないかって」
あの時は無我夢中だった。
大魔法を連発したことでアキにもしものことがあればと思うと、いても立っても居られなくなってしまったのだ。
なんというか彼女は……放っておけないのだ。
少し気を抜いている間に、ここではないどこか遠い場所にいってしまいそうな……どことなく浮世じみた雰囲気が、そんな気持ちにさせるのかもしれない。
「リック様、そろそろおやつの時間に致しましょう」
「ああ、わかった」
エリーゼに案内され部屋に戻ると、既に茶菓子の用意がされている。
今日のおやつは内側に桃が入ったフルーツゼリーであった。
アキの視線は既に俺ではなく、ぷるぷると揺れるゼリーに釘付けだ。
初めて見る食べ物に興奮しているのだろう、口からよだれが垂れそうになっているのを必死で我慢している。
なぜかその身体が、ゼリーに合わせて左右に揺れている。
「色気より食い気……って感じだね」
「色気ばかり出す女よりよほどマシだよ」
軽口を叩きながら席に座る。
ティータイムが始まると同時に、アキはそのままゼリーを掬い、そして口へ含んだ。
「お、おいひいれす~……」
目を細めてうっとりとしながらゼリーを食べるアキ。
ゆるんだ頬に手を当てながら、口の中の感触に全神経を集中させているのがわかる。
どうやら大切なものは最後に取っておくタイプらしく、中に入っている桃が脇にのけられている。
そんなアキの様子を見ていると、こちらの頬も一緒に緩んでしまう。
……なるほどたしかにハロルドが言うように、俺も笑顔が増えたのかもしれない。
アキが外壁を直してくれたおかげで、いくらか防衛にゆとりも出てきた。
ひょっとしたらこういう時間も、徐々に増えていくのかもしれない。
何もせずただ茶を飲むだけの時間など何が楽しいのかと思っていたが……今ならなんとなく、皆がこうして会話に華を咲かせる理由がわかったような気がする。
「……」
そんなことを考えているうちに、アキは既にゼリーを完食してしまっていた。
最後に取っておいた桃も完食されており、何もなくなった皿を見てもの悲しそうな顔をしている。
彼女がお皿に残ってる果汁を吸ったりできないかなと考えているのも、こちらには丸わかりだった。
まったく、本当にわかりやすい。
「俺は甘い物がそんなに得意じゃない。よければ食べるといい」
「い……いいんですかっ!?」
ものすごい勢いでこちらを向いたアキに頷きを返してやる。
俺はなんとなくの気分で、目の前の皿からゼリーを掬い、アキの口元に運んでいった。
「ん~~っ!! 美味しいです!」
彼女が元々小柄なこともあり、一口が小さい。
だがその小さな身体のどこに容量があるのか、パクパクとものすごい勢いでゼリーを食べ進めていく。
(こ、これは……っ!?)
ひな鳥の面倒を見ている親鳥の気持ちがよくわかるな。
あーんと口を開くアキを見ていると、妙に庇護欲がそそられてしまうのだ。
あっという間にゼリーを完食したアキが、またしゅんとした顔をする。
せっかくならもう一つくらい用意させてもいいが……アキはそこまで胃の容量が大きくない。
これ以上食べれば、夕食が入らなくなってしまうだろう。
「夕食が終わって余裕があれば、また食べればいいさ」
「……はいっ!」
彼女の笑みを見ると、なぜだか無性にやる気が出てきた。
明日からの戦いも、いつもより何倍も頑張れそうだ――。




