魔女の力
次の日、昼・夜・朝と三食をしっかりと食べたアキは、元気いっぱいで屋敷の外へと出ていた。
彼の視線の先には、こちらを見て軽く頭を下げている御者のバールの姿がある。
「見違えるくらいに元気になりましたね、アキ様」
「ええ、バールもいろいろありがとうね」
「いや、いいんでさぁ」
バールはアキの方をちらと見やる。
彼女は昨日までと比べて、まるで別人のように輝いている。
その笑顔のまぶしさに目を細めながら、バールはゆっくりと背を向ける。
「アキ様はそうやって笑っている方が魅力的ですよ……それじゃあ」
特に湿っぽいような雰囲気になるわけでもなく、バールはそのまま馬に鞭を打って馬車を動かしていく。
馬がかっぽかっぽと歩き出すのを見ながら、アキは両手をぶんぶんと振っていた。
「またね、バール!」
道中で人間らしい暮らしができたのは、間違いなく彼のおかげだった。
彼がもし悪い人だったら、アキはこの辺境伯領まで辿り着くこともできなかっただろう。
アキはバールが見えなくなるまで手を振り続け……そして今日からまた頑張ろうと、グッと握りこぶしを作るのであった。
♢♢♢
「んーーっ!」
朝食を食べて感じていた眠気がなくなったところで、アキはさっそく動き出すことにした。
そして……自分が何をすればいいのかまったくわからないことに気付く。
ひとまずエリーゼを呼んで、『掃除に洗濯、なんでもやります!』と意気込みを告げた。
「……アキ様、それは辺境伯家の奥方がすることではございません」
「……そうなの? でも何か仕事をしないと、あの美味しいご飯が食べられなくなってしまうかも……」
「安心して下さい、辺境伯家は三食お食事付き。デザートも土もつきます」
そうは言われても、アキとしてはそわそわしてしまう。
働かざる者食うべからず、自分が怠けていたら辺境伯に嫌われてしまうかもしれない。
「それなら、閣下に直接聞かれてはいかがです?」
「……そうね! ありがとうエリーゼ、ナイスアイデアだわ!」
というわけで直接聞いてみることにした。
朝になり屋敷を空けようとしていたリックに急ぎ尋ねてみると、
「それなら……ゴーレムを一体出してみてくれないか? 感覚同調ができるというのなら、一緒に動くこともできるだろう」
「はい、わかりました!」
アキは外へ向かうと、さっそく土魔法でゴーレムを出すことにした。
ゴーレムを生み出す土魔法、サモンゴーレム。
発動させると地面に大きな魔法陣が生まれ、周囲の土を取り込みながら一体のゴーレムが完成する。
二回目の発動で慣れたからか、昨日と比べて少しコンパクトな、アキ以上リック未満くらいのサイズのゴーレムが出来上がった。
「そのゴーレムを操作して、俺について来れるか?」
『……(こくっこくっ)』
ゴーレムが二度、縦に頷く。
アキはゴーレムと感覚同調が可能であり、その土の身体を自分の身体のように動かすことが可能である。
遠隔操作ができるのは最大で五十程までだが、このように意識を乗り込ませれば完全に意識を乗っけて動かすこともできるようになる。
この魔法を使えば、仕事の時間も彼と一緒にいられるかもしれない。
そう考えるとアキは嬉しくなってきた。
(ただ話せないのがちょっと不便だな……そうだっ!)
テンションが上がったアキが、もう一度サモンゴーレムの魔法を発動させる。
三度目ともなるとさすがに慣れてきたからか、自分にそっくりな等身大のゴーレムを生み出すことができた。
どうやらゴーレムは、形状変更がわりと自由にできるらしい。
なので少し魔力を使ってゴーレムの中身を弄り、喉の辺りを魔力によって振動させることができるように調整してみることにした。
魔力を使ってブルブルと震わせれば、自分そっくりの声が出せそうだ。
『アー、アー……こんな感じで、話せるようになりました』
「……すごいな、なんでもありか」
「『すみません、すみません』」
「……ゴーレムとダブルで謝らないでくれ、調子が狂う」
アキは感覚を同調させたゴーレムに意識を預け、リックと一緒に外へ出かけることにした。
これから仕事と彼は言っていたが……辺境伯の仕事とは、一体どんなものなのだろう?
首を傾げながらリックが乗る馬車に乗り込み、彼の仕事場へと向うのだった。
ちなみにゴーレムは結構重いらしく、馬は引くのがちょっぴり大変そうだった。
♢♢♢
「アキには俺の仕事場を見てもらう。多分だが『土の魔女』として、これからは力を貸してもらう機会も増えるだろう」
『はいっ、頑張ります!』
アキは既に昨日の時点で、自分の正体について教えてもらった。
どうやら自分は『魔女』と呼ばれる存在であり、土に親和性の高い『土の魔女』であるらしい。
土を食べたくなってしまうのも、土魔法であれば自分の意のままに操ることができるのも、全ては彼女が『土の魔女』であるから。
アキは自分を受け入れてくれたリックのために、この土魔法の力を使うつもりであった。
「俺が治めるシュヴァルツェンベルク辺境伯領は、魔の森と呼ばれる魔境と接している。ここからやってくる魔物共をカッセ帝国へ入れぬよう倒し、あるいは叩き返すのが俺の主な仕事だ」
『……危険なお仕事なのですね』
魔境というのは、凶悪な魔物が出現するエリアの総称だ。
そんなところで常に魔物の脅威に晒されていると知り、アキは辺境伯という爵位が持つ重みを知る。
「ここが現在敷いている防衛線の一つだ。いくつかあるうちで最も領地側にある、いわゆる最終防衛ラインというやつだな」
馬車から出たアキの目に入ったのは、視界いっぱいに広がる外壁であった。
土魔法によって造り上げられた外壁は一見すると堅牢に見えるが、ところどころには魔物の牙や爪の後と思しき痕が残っている。
最終防衛ラインであるはずのこの場所にそれが残っているということは、おそらくリックはギリギリの戦いを何度も繰り返しながら、自分の領民達を守ってきたのだろう。
「アキにはゴーレムを各見張り台に展開し、可能であれば魔物の襲撃を知らせるための魔導探知機のような役割を……アキ?」
アキは気付けば、ゆっくりと外壁の下へと向かっていた。
ここが破られぬよう、彼はまた命がけで戦いに挑むに違いない。
であればそれを命をかけずに安全に済ませることができるような……強い強い外壁が欲しい。
そんな彼女の願いを聞き届けるかのように、張り巡らされた外壁を囲う形で、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
どうやらゴーレムを介する形であれば、土魔法を遠隔で使うこともできそうだ。
「アキ、何を……っ!?」
光が消えた時、そこには……傷一つなくつるりと輝く、石造りの外壁があった――。




