フロントライン
アキは前を早足で歩くリックの散歩後ろをついていく形で、領境へと続くフロントラインへとやってきた。
周囲に漂っている木々の香り。
魔物のものなのだろう、どこか獣じみた香り。
そして……魔の森から噴き出している濃密な魔力。
五感で感じる魔の森は、ゴーレムとの感覚同調ではわからなかった独特の圧迫感がある。
「現状は?」
「はっ、アキ様を通じて報告をしたところから変化はありません、閣下」
高台に展開されている外壁の内側で、熟練兵であるマッグという兵士が最敬礼の形でリックの言葉に応える。
マッグは左腕の軍服を、ひらひらと風に靡かせている。彼の左腕は、肩から先がなくなっている。
魔物との戦いで負傷し自身で戦うことが難しくなった彼は現在、指揮に専念し、小隊長として魔法部隊の督戦を行っている。
これほどの怪我をしても尚戦い続けなければいけないシュヴァルツェンベルク家の宿痾に、アキは思わず胸の痛みから空を見上げる。
顔を上げた彼女の視界に入るのは、視界いっぱいに広がる己の手で手がけた外壁だ。
パワードスーツから見ても尚高さのある外壁は、三段に分かれている。
下段・中段には魔法を放つための魔法眼と呼ばれるスペースが設置されており、遠くに見える物見台には魔物がやってこないかを双眼鏡を使って確認している兵士の姿があった。
当然ながらアキが遠隔操作をしているゴーレムもここに一体配置されており、このゴーレムを通じる形で彼女達は事前に情報を受け取っている。
「奥方様が外壁を直して下さったおかげで、ここが抜かれることはなくなりました。さすがはリック閣下が選ばれただけのことはありますな」
「えへへ……」
社交辞令だとわかっていても、嬉しいものは嬉しい。
アキはパワードスーツを使って器用に自身の頭を掻き、はにかんでいた。
「……アキ?」
「はっ、すみません!」
アキはパワードスーツを装着したまま、地面に魔物から取ることができる結晶化した魔力の塊である魔石を置いた。
そしてその状態で再度、サモンパワードスーツの魔法を発動させる。
魔法陣が展開され、現在アキが着用しているものと比べてスペースが広めに取られている、やや大型のパワードスーツが現れた。
事前に変数を調整して幾何の模様を若干変更する形で仕様を変更したパワードスーツは、当然ながらアキが着込むわけではない。
「ではこれを着用してみてくれ」
「はっ!」
マッグは敬礼を解き、きびきびとした動きでパワードスーツへと乗り込む。
左腕がないにもかかわらず、その動きは驚くほどによどみない。
重心がブレぬよう、相当の訓練を積んだのだろう。
そう、これは……アキではなく兵士の人達用に生み出したパワードスーツであった。
ことの発端は、昨日パワードスーツの力を目の当たりにしたリックからの提案による。
『アキ、もしよければそのパワードスーツをゴーレムのように量産させることはできないか?』
新しい魔法を開発するのは難しいが、できた魔法を微調整することはさほど難しいわけではない。
なぜこれを作る必要があるのかと尋ねるアキに、リックは真剣な表情をしながら続けた。
『もしこのパワードスーツをうちの軍で採用できれば……前線から退くことを余儀なくされた兵士達に、再び手足を与えることができるようになるかもしれない』
シュヴァルツェンベルクの経済は魔物から得られる素材によって成り立っている。
故に兵士を止めることになった者の生活は、なかなかに厳しいらしい。
退役軍人用の傷病年金はあるものの、それだけでは妻子を養うことができず、怪我にむち打って働いている者がほとんどだという。
やむなく退役するしかなくなった兵士達の義手義足としての使用が可能であれば、彼らを再び兵士として雇い入れることができるかもしれない。
リックのそんな要請に応える形で、アキが丸一日で調整を施して作ったものである。
自分以外の人間が使えるように、ということでこのパワードスーツに関しては魔力のラインを自分から完全に切り離している。
パワードスーツやゴーレムは基本的に魔力によって駆動するが、その駆動を彼女の魔力の代わりに先ほど地面に置いた魔石に行わせることにしたのだ。
パワードスーツに使用する魔力量は、ゴーレムで言えば二体分、おそらく通常の人間ではまともに維持はできない。
それならと魔力の塊である魔石から魔力を引き出す形で、持ち主の魔力を使わずに動けるような形に改良したのである。
魔石はある程度強い魔物からしか取れないため本来であればそこまでおいそれと使える物ではないらしいが……大量の凶悪な魔物が出現するこの場所ならば、石ころほど転がっているとは言わなくても、堆く大量に積まれる程度には余っている。
多少消費する程度であれば、気にすることなく使うことができる。
さてその結果は……
「……おおっ!!」
パワードスーツを身につけたマッグが、両腕を握り、そして開く。
右手だけではなく左手の部分も問題なく動かすことができるようだ。
既になくなった左手分も繋ぐことができるかはやってみないとわからないところだったが、どうやら上手くいってくれたらしい。
「動く……左手が、動くぞッ!!」
マッグはその目に涙を溜めながら、左手を高く掲げる。
彼は意のままに動くその左手を太陽にかざしながら、目を細めていた。
それを見た兵士達が、歓声を上げる。
辺境伯家が抱えていた問題が、また一つ解決した瞬間だった。
「魔石を使えば問題なく動かすことはできるんだよな?」
「はい、どの程度動くかは実際にやってみないとわかりませんが……」
「では量産をお願いしてもらっても良いか? マッグ以外にも戦えなくなった腕のいい戦士は多い」
「任せて下さい!」
こうしてアキは兵士達の義手義足としてパワードスーツを作り続けることになった。
彼女が戦いに参戦するのはさすがに嫌だと思っていたリックは、兵達に囲まれながら必死になってその要望に答えようとするアキを見てホッと安堵の息をこぼしていた。
兵士達の注文を聞きながら腕や足の長さなどを微調整しながら、アキはどんどんとパワードスーツを作っていく。
「嘘だろ……普段なら手こずってるはずのレイブンウルフが、一発で」
「土魔法を使えるやつらは、急ぎ打ち出す魔法の種類を変えろ!」
そしてこれはアキすらも知らなかったのだが、どうやらこのパワードスーツを着用している状態で土魔法を使うと威力が上がるらしい。
アキが作っている間にも何度も魔物の襲撃があったが、やってきた魔物達を兵士達は鎧袖一触で打ち倒してみせる。
白兵戦の戦闘能力を試すためということで実際に切り結んでもらったのだが、
「こいつを着込んでいるなら負けようがない」
と兵士達も太鼓判を押してくれた。
こうして辺境伯家の戦力は更に増強され、ただでさえ激変していた魔物達との戦いの安定性も更に増していき、シュヴァルツェンベルク辺境伯領軍は魔物達相手に優位に戦いを進めることができるようになっていくのであった……。




