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7.弟、立ちはだかる

 ラインハルトに助け出されたアリシアは無事、発表を終えることができた。

 精神が高揚していた所為か、気持ちの入ったプレゼンテーションに観客から拍手喝采を受ける。どうやらプラス評価を受けることに成功したようだった。怪我の功名と言えるかもしれない。


 発表会の進行は発表者以外の生徒会委員が関わっている。アリシアは発表後、後始末の手伝いに加わり、奔走した。

 生徒会委員は手伝いの生徒に指示を与えながら片付けの確認を行う。作業漏れがないか、ラインハルトとチェックリストを最終確認していた時、何かを察知した彼が顔を上げた。

 警戒を込めて目を細めるラインハルトは、アリシアを後ろにかばうように一歩前に出る。その動きにアリシアも、リストから顔を上げた。


 二人の目の前に現れたのは、セドリックだった。

 走ってきたのか肩で息をしていて、後ろから取り巻き二人が遅れて追いかけて来る。

 彼はラインハルトを鋭く睨み、それからアリシアに視線を移した。


「セドリック……?」


 アリシアが小首を傾げて一歩出ようとすると、ラインハルトがそれを腕でとどめる。


「……っ」


 セドリックはアリシアを見、何か言いかけて―――それから視線を落とす。

 ラインハルトはアリシアを振り返り、優しく微笑む。


「アリシア、最終チェックも終えたことだし、とりあえず生徒会室に戻ろう」

「……でも」


 そこで、耳を澄ませなければ聞き落としそうな震える声が発された。


「……のこと、……いになったの……?」


 掠れたような、薄い声がアリシアの鼓膜を震わせる。

 それは俯きがちな、セドリックから発された声だった。


「……え?」


 紡がれた言葉がよく聞き取れず、アリシアは思わず聞き返す。

 するとセドリックはキッと顔を上げ、アリシアを睨んだ。


「……僕の事、嫌いになったんでしょ? この二年、手紙の返事もくれないし、顔を見に来てくれもしない! せっかく元気になってタウンハウスに……姉さまと同じ王都に来れたのにっ、避けてばかりでっ……!」


 『僕』と言う幼い言葉遣いに、セドリックの背後を守るように立つ友人二人がギョッとしたようだった。威厳も何も無い、捨てられて雨に濡れた猫みたいに心細げな彼の様子に驚きを隠せないように。


 その無防備な態度にアリシアも一瞬、息を呑んで……

 それから胸を抑えた。嬉しい予感に―――ドキドキと、胸が高鳴ったから。


「手紙……何度も、出したわ」


 ラインハルトの腕を優しく下げて、一歩前に出る。アリシアは、ゆったりとした静かな声で、噛み締めるように伝えた。

 声の柔らかさに気が付いたセドリックの顔が、恐る恐る上がる。

 その少し茶色が買った赤い、茜色の瞳が驚いたように見開かれた。きつく寄せられていた眉間の皺がゆっくりとほどけた、ポカンとした表情は、それまでずっと彼が浮かべていた皮肉気なものと真逆の、年相応の幼いものだった。


「―――出したけど、返事は無かった。『会いたい』って何度も都合を確認したの、タウンハウスにも。でも、断られた。だから……先触れなしに訪れるのはどうかと思ったけど、タウンハウスに直接訪ねたりも、したのよ。……でも、セドリックが私に『会いたくない』って言ってるからって―――結局、追い返されてしまったけれど」

「……え?……じゃあ……」


 これまで見せて来た強い態度から一転し、オロオロと戸惑う様子を見せるセドリック。

 そのたどたどしい様子を、ロビンは『信じられない』とでもいうように、目を丸くして見つめていた。まるで鏡に映った虚像をパリンと壊されでもしたかのような、そんな表情だった。

 もう一人の取り巻き、男爵家嫡男のダニエルは、ロビンとセドリックの様子を不安げに見守っている。追従する相手の方針が定まらず、どういう態度をとってよいか迷っているように見えた。


 古い倉庫に閉じ込められた時はここ数年全くしたことのない号泣をしてしまったものの、公的な場ではいつも穏やかな表情を崩さないアリシアが、瞳を潤ませて、優しく目じりを下げている。

 彼女は、やっと欲しかったものを取り戻せるかもしれない予感に、胸を高鳴らせていたのだった。知らず知らず、弾んでしまいそうな声を理性の力で抑えた。まるで、もう少しで伸ばした指先で撫でる事が叶いそうな野良猫が、驚いて逃げ出すのを恐れるように。


「嫌われてしまったのだと考えていたのは、私の方よ」

「姉さまは、僕の事が邪魔なんだって、思ってた……」


 殆ど同時に、二人はそう口に出していた。


 一歩下がった位置にいるダニエルからはセドリックの表情は見えないが、その声が涙に震えているのが分かった。きっと目の前の伯爵令嬢と同じように、目じりを下げて瞳を潤ませているに違いない。その拳がギュッと握られ、震えているのも見て取れた。


「僕の事……嫌いじゃないの?」


 セドリックの声は、今度は期待に上ずるように掠れている。


「言ったでしょ?」


 今度こそはっきりと微笑みを浮かべて、アリシアは目の前のセドリックに一歩、歩み寄った。


「ずっと大事で―――大好きだって」

「―――!」


 セドリックの目の前までたどり着いたアリシアは、両手をゆっくりと上げる。そして魅入られたように彼女を見つめる彼の頬を、掌で包み込んだ。アリシアよりずっと下にあった視線は、もうほとんど同じ高さになっている。


「よく顔を見せて―――本当に大きくなったわね。元気そうで良かった!」

「あねうえっ!!」


 感極まったようにセドリックは、アリシアを抱きしめた。


「わっ! ふふっ」


 ギュッと抱き込まれて、驚いたように笑う彼女の頬は、愛し気に緩む。そしてアリシアはポンポンと優しく義弟の背を撫でた。まるで、毎日そうしているかのように、自然に。


 チラリとダニエルはロビンを見た。しばし呆然としていたロビンはその視線に気づき、ハッと夢から醒めたように瞳を瞬いた。


「なっ……なっ……!」


 そしてワナワナ震え出すと―――吐き出すように、こう叫んだのだった。




「なんっ―――シスコンかよっ!!」




 その心からの叫びに―――


 ―――その場を囲み、窺っていた生徒達皆が……同意するように、または同情するように頷いたのだった。

 しかしオイオイと泣き出して、大好きな姉にしがみつくセドリックの耳には届いていなかったため、当の本人は『シスコン』呼ばわりされたことに全く気が付いていなかったという……




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