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6.姉、閉じ込められる

目が覚めるとそこは、薄暗い実験棟の中だった。


アリシアは本来なら講堂で待機していた筈だった。その(あと)表彰を受け、その研究内容を発表する予定だった。

優秀者として発表するのは五人。アリシアとラインハルト、それから三年生が三人だ。セドリックと話せるなら少しの時間でも……と、出向いてみたのだが。一体どのくらい気を失っていたのだろう?

掌を上に向けて、フワリと丸い灯りを出す。新入生が習う初歩的な灯りの魔法だ。ポケットから時計を出すと、そろそろ発表の時間が迫っている。おそらく副会長のラインハルトが順番を調整してくれる筈だが。

今では倉庫になっている実験棟に、講義の手伝いで足を踏み入れた経験があるアリシアは、小さな灯りを頼りに扉に歩み寄る。試しに扉に手を掛けるが、開かない。どうやら外側から何等かの施錠がされているようだ。

通常であれば魔術で外側からその状態を確認し、アリシアなら物理的に鍵を解錠することが出来る。魔術で施錠していれば、少し解析に時間はかかるだろうがそれを解除することも出来るだろう。

しかし、この古い実験棟は職員室と同じような結界が施されており魔術を遮断する仕組みが備わっている。外側から容易に入れるが、鍵が勝手にかかる仕組みになっており、内側から出るには鍵を持った者が解錠しなければならない。設定された自動鍵(オートロック)は、研究内容を勝手に覗かれないためのセキュリティーであったらしい。侵入者を逃がさない仕組みでもある。古くて分かりづらい魔法なため、改修されないまま使われている。倉庫である分には大して不便ではないからだ。

他に勝手口のような裏口は存在するらしいが、エントランスからそこまで行くのは時間がかかるし、そこにも鍵が掛けられているかもしれない。勝手口を探していたらどう考えても表彰には間に合わないだろう。


「はぁ」


溜息を吐いて、アリシアは手を下ろした。

発表はそれ自体にも点数が付く。素晴らしいプレゼンテーションが出来れば、王宮から参加している役職持ちの目に留まり、スカウトされることもあるのだ。

今はまだ次期当主として指名されているのはアリシアだが、現当主の嫡男であるセドリックが健康になったのであれば、彼が爵位を継ぐのは当たり前のことだ。それはセドリックの友人に言われる以前から彼女が想定していたことだ。


アリシアが優秀な成績を残すのは、次期当主として恥かしくない成績を修めるのがそもそもの目的だったが、当主になれない場合いざという時の就職先を確保できればと言う計算もあった。


それに政略結婚に、夢は見ることはできない。

自分は半分平民だから、条件の良い結婚相手が見つからないかもしれない―――完全に平民であれば、もっと簡単だったのかもしれないが。

よしんば結婚出来たとしても、半分平民の血が流れている自分が、婚家でどのような扱いを受けるか分からない。

セドリックの祖母が良い例だ。

徹頭徹尾存在を無視され、視線を向けたと思ったら汚泥を見るような冷たい瞳で睥睨された。勉強や魔術が第一の学院では、次期伯爵位を約束されている、加えて学業成績の優秀なアリシアは、滅多に差別を受けることはない。


だが一旦社交界に出れば、逆風が待っている筈だ。アリシアのことを良く知らない新入生、セドリックの友人達や先ほど自分を囲んだ婚約者候補と主張する女子生徒など、特権意識がある者の発言を見れば、それは明らかだ。

新入生は、親の影響からまだ逃れられていないから、自分の頭で考えることなく、そういう発言を安易にしてしまう。つまり親達の世代は特権意識が根強く残っている、ともいえる。


セドリックの母も、可哀想な人だった。気の強い祖母に従うように育てられ、結婚した後も絶えず干渉を受け、縛られていた。だから自分は手に職を付けて、そういった貴族社会のしがらみを少しでも緩める手札を確保しなければならない。

それに王宮に就職できれば、違った形でセドリックを助けることが出来るかもしれない。宙ぶらりんな不安定な立場の自分を、そう鼓舞してきた……


だけど―――やはり、セドリックは自分を嫌いなのかもしれない。


そんな筈ない、自分と過ごした時間を忘れてはいない筈。連絡が取れないのは、セドリックの祖母から派遣されている、できる家令の仕業だから―――そう思っていた。

だから学院で会えさえすれば、二人の関係は元通りになる、そう考えていた。


祖母の妨害があっても、お互いを思いやる気持ちがあれば、大丈夫。セドリックもきっとそう思ってくれている筈……なんて。


『あの子は優しい子なんです』


それは、本当は自分に言い聞かせていた言葉だった。

あの頃のように、そうであってほしい、と。


でも、それは独りよがりの幻想なのかもしれない。

友人の少年達が自分に厳しい言葉を投げかけるのは、セドリックが悩んでいる気持ちを思いやった行動ではなくて、本当は……セドリック自身も同じように自分を否定的にみているとしたら―――


セドリックは祖母と過ごすうちに、アリシアの事を邪魔な存在と認識するようになったかもしれない。平民の血を半分持つ人間を、彼女と同じように汚らわしいと考えるようになったかもしれない。


扉に背を預け、ズルズルと座り込む。伯爵令嬢として、生徒会役員として、いつも凛として姿勢良く心掛けるのが当たり前だった。

だからこんな格好……淑女にはあり得ない、似つかわしくない行動だ。


―――だけどもう、なんだか疲れてしまった。


父と母と一緒に平民として過ごしていた感覚が、不意に蘇る。

あの頃は、毎日自然に感情を出して、だらしない姿勢で寝そべることもあって、大声で笑ったりしていた。

あの頃のアリシアは自由だった。


(そう、当主候補なんか、そもそもなりたくなかったんだ。私は、私は本当は平民で良かったのに……!)


引き取ってくれた義父に、本当に感謝している。

だから恩に報いたい、弟を助けたい……そう願って来た。慣れない貴族社会のしきたりを覚え、勉強にも精を出し、辛い事にも耐えて来た。だけど―――


「もう……もう、やだぁ……!」


ワッとアリシアは、両手で顔を覆った。

それは普段凛として穏やかなアリシアしか見てない学院の者達が、決して想像できない様子だっただろう。


ガチャガチャッ……バンッ!


「うっううっ……うぇ~……え?」

「アリシア?!」


アリシアが背を預けていた扉が突然開いて、光が飛び込んできた。

外開きの扉に背を預けていたアリシアは仰向けに倒れ、その頭がそのまま入口のポーチに激突する―――前に、両肩を温かい手が支えた。


ビックリしたアリシアの涙は止まり、キョトンと仰向けのまま上を見た。そこに大きなシルエットが浮かんでいた。思わず眩しさに目を一度瞑る。


「あぶなっ……! アリシア、大丈夫かっ……?」


世界に一人きりのように心細かったし、薄暗い古い研究所は肌寒かった。すっかり冷えてしまった両肩を支える掌の温かみから、心地よい安心感が広がる。

眩しさに怯みながらゆっくりと再び目を開けると、焦ったような顔が目の前にあった。たぶん怪我などないか、心配してくれているのだろう。


「ラインハルト……」


彼女はぼんやりと目の前のアクアマリンを見ながら、つぶやいた。


「……うん、大丈夫」


驚きのあまり、涙が引っ込んだ。

不思議と、気持ちが落ち着いてしまった。

平民の頃のように声を上げて泣いた自分が―――この一瞬で、ひゅっと引っ込んだ。まるで演劇の舞台転換のように、夢から醒めたような気がした。

ラインハルトが、たった今、現実を連れて来たのだった。


「発表会にいつまでたっても現れないから、心配になって先生にログを確認して貰ったんだ」

「え? そんなこと……できるの?」


ログとは監視魔法の記録のことだ。

普通、生徒に監視魔法の閲覧権限は無い筈だ。


「ベテルギウス様が、無理を通してくれた」

「会長が……」


頭が働かなくて呆然としていると、ラインハルトはアリシアの手を引き立たせて、苦い表情でハンカチを出して涙を抑えてくれた。


「意地っ張りの君が泣くなんて」


ラインハルトに渡されたハンカチで涙を抑え、アリシアはこの少し心配性気味のお節介な同級生が自分のことを『意地っ張り』と評しているのだと知った。

会長が無理を通してくれた事の申し訳なさが引っ込むくらいショックを受けていると、ラインハルトは、しゃがんでスカートの汚れをサッと絶妙な風魔法でほろってくれる。


そんな『お節介』な行動になんだか気持ちが慰められたから、『私は決して意地っ張りではない』などと反論することはできなかった。


気持ちが凪いで、冷静さが戻って来る。


確かにさきほどの自分は、自分らしくない。


平民が自由とか貴族か不自由とかではなくて―――幼い頃より、自分は成長している、だけなのだ。

なのに、暗い倉庫に閉じ込められた時、うっかり幼児の頃に心が退行してしまったのだ。


普段の自分ならもっと酷い嫌味や嫌がらせ、クレームにも動じない筈だった。新入生の稚拙な嫌がらせにも、普段なら苦笑してノンビリ構えて対応できる筈だった。

それに、そもそもこんな呼び出しに応じるなんてあり得ない。ちゃんと上手く初手から怪しんで躱せる術はいくらでも持っていたのに。


肩を落として、思わず俯いてしまう。

それほどまでに自分は弟に会いたかったのだと、会えなかったことにガッカリしていたのだと、改めて自覚したからだ。


「発表の時間は、最後に調整した。まだ間に合うが―――どうする?」


俯いた顔を覗き込むアクアマリンは、挑戦的に煌めいていた。アリシアは、改めて普段の『意地っ張りの自分』を取り戻す。


「大丈夫―――行くわ」


涙を抑えて、ラインハルトの手を借りて立ち上がる。


「なら、急ごう。ギリギリだぞ」

「うん!」


扉から出ると、建物の陰から駆けだして来た人物が目に入る。

思わずアリシアは目を見張る。汗をかき、肩で息をしているのは、セドリックだった。


「姉さま……!」

「セドリック……」


一瞬両者は立ち止まり、二人の視線が絡み合う。

その時、パンと気付けのように背中を叩かれ、ハッと意識を取り戻す。


「急いで」

「うん!」


色々話したいことも確認せねばならないこともあるが、今は会場に急ぎ戻らなければならない。セドリックから目を逸らすと、ラインハルトに促されるままアリシアは走り出した。


「ねぇさ……っ!!」


再び声を掛けようとしたセドリックを、振り向き睨みつけたのは、ラインハルトだった。その強い視線にセドリックは伸ばした手を下ろし、言葉を飲み込む。会場に急ぐアリシアは二人の遣り取りに気が付かなかった。


次話は29日6:00投稿予定です


よろしくお願いします<(_ _)>

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