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5.姉、呼び出される

「あの、アリシア・フレイム様……?」


 生徒会室から講堂に準備のため早めに向かおうとしていたアリシアに声を掛けた生徒がいた。見覚えのない、少しふっくらとした頬は新入生のものだろう。


「はい? 新入生の方かしら」

「あの、あの……私……」


 特に凝った仕掛けのない三つ編みそのままの、少女だった。おそらくあまり裕福ではない下位貴族だろう。アリシアは高位貴族の新入生はだいたい押さえていたし、あえて貴族ばかりの王立学院に入学する平民は目的意識が強かったり処世術に長けている個性的な人間が多く、そちらも一応チェック済みだった。

 その推測を裏付けるように彼女はオドオドと手をすり合わせ、視線を彷徨わせている。


「わ、私……アリシア様の弟のセドリック様と同じクラスの者です。セドリック様から……ええと、で、伝言を言付かりました……!」

「セドリックが、私に?」

「あの……裏庭で内密にお話があると。……少しで良いから時間をいただきたい……と」

「まぁ」


 アリシアの胸が熱くなる。セドリックが人目を忍んで自分を呼んでいる……? これまでずっと連絡がとれず、再会してもいまだに率直に言葉を交わすことが出来ていない弟が。アリシアは表情にあまり崩さないよう気を付けたが、内心はソワソワと浮ついた気持ちが湧き上がるのを抑えられなかった。

 例え複雑な立場が二人の間に横たわろうと、やはり直接面と向かって会えるのは嬉しい。


「あの、お忙しい所申し訳ないですが、少しだけ……駄目でしょうか?」


 祖母から表立って会うことを禁じられているのかもしれない、とは考えていた。執事にそれを邪魔されているのかも。……その可能性は薄々感じていた。なぜならアリシアに当たりのきつかった二人の少年は弟を引き取っていた祖母が嫁いだメイヤー侯爵家の寄子の子息である。よくよく言い含められ、アリシアとセドリックが親しく交わらないように邪魔していたのかもしれない。


 もしセドリックが自分と会いたいと考えてくれているなら―――祖母に感知されないクラスメイトに間を取り持つメッセンジャーを頼むことは、十分あり得るのではないだろうか。何年も会いたい、話がしたいと思っていた。そんな弟と向き合って、正直に話せるチャンスが、今なのかもしれない。


 アリシアはチラリと時刻を確認する。作業時間を逆算し、捻出できる余裕を確認した。


「そうね、四半刻くらいなら大丈夫です」

「……! ありがとうございます!」


 ホッとしたように新入生は、胸を押さえた。泣きそうに瞳が潤んでいる。アリシアはいたわるように微笑んだ。高位貴族に頼まれ、面識のない生徒会役員に話しかけるのは勇気が言った事だろう。後で自分からも、なにがしかお礼をするべきかもしれない。


「本当に少しだけしか時間が取れないの。急ぎましょう。案内していただける?」

「……っ、はい!」


 少し小走りで先導する小さな背中を追いかけて、裏手の出口から目立たない庭に出る。そこは古い石造りの実験棟が立っている場所で、今ではそれは倉庫になっているのだった。裏庭の西端にあり、その実験棟の裏手が小さな森になっているため、滅多に人が近寄らない場所だった。

 そんな場所だが、アリシアは一度入った事がある。魔術の実習の手伝いの際、臨時で設置する結界箱を先生の指示のもと運び出したことがあったのだ。

 そこにはまだ、誰もいなかった。


「あの、ここで良いの? セドリックはどこかしら?」


 肩で息をする少女の背中に声を掛ける。すると彼女はクルリと振り向き、泣きそうに首を振った。


「アリシア・フレイム!」


 呼び捨てられて振り向くと、そこに現れたのは―――こちらも新入生だ。

 その顔には、見覚えがある。メイヤー侯爵家の親戚筋の伯爵家の娘だ。くるくると綺麗に纏められた金髪がキラキラと輝いている。特殊な整髪剤を使用しているのかもしれない。

 そして彼女の後ろに四人、取り巻きの令嬢がザン! と並んでいる。

 アリシアは目を丸くする。


「貴方は……」

「そう! 私はベアトリス・ハルフォード。セドリック様の婚・約・者! となるべき者よ!」


 アリシアが確認する前に、自ら名乗ってくれた。


(そう、ハルフォード家の……ベアトリス様と言うのね。)


 名前までは憶えて無かったが、確かハルフォード家の三女だった筈、と記憶の中の名簿を確認する。合っていた、とホッと胸を撫でおろす。それにしても、セドリックの婚約者に関する情報は知らなかった。


「セドリックの、婚約者ですって……?」

「まぁ!」


 すると大仰にベアトリスは驚いた表情を作る。


「姉とは言え、卑しい出自の者が伯爵家の当主となるべきセドリック様を呼び捨てになさるなんて、生意気ですわ!」


 するとその背後を囲むようにしている女子生徒達が次々に援護射撃のように声を上げた。


「そうですわ! 生意気ですわ」

「ベアトリス様のおっしゃる通りですわ!」

「そーよ、そーよ!」


 取り巻きの新入生達は爵位が低い者であるのか、顔立ちからは区別はつかない。しかしハルフォード家かメイヤー家の寄子であるのだろう。後で彼女達の名前を確認しなければ……とアリシアは心にとめる。


 アリシアは学年に比してもスラリと背が高い。落ち着いた容貌と相まって成人女性と見間違える人も多い。セドリックも新入生にしては背が高い方なので、新入生に見えない。

 が、婚約者と主張するベアトリスは新入生の中でも特に小柄なようだ。柔らかな頬をピンクに染めて高い声でさえずっている様子はいかにも幼げで、批判がアリシアの耳をどうしても素通りしてしまう。


「セドリック様こそ、フレイム家当主にふさわしいのです! あなたは次期当主を辞退するべきですわ!」


 それは―――アリシアも完全に同意する指摘だった。


 だがしかし、その決定権はフレイム家の現当主にある。アリシアが判断するべき事柄ではない。現当主の決定を勝手に覆すわけにはいかないのだ。それにそもそも、他家の内政干渉をフレイム家の人間が容認する発言をすべきではない。例えそれが―――幼い少女の口から出た、お遊戯のような発言だとしても。


「それは、フレイム家当主が決定することです。あなたに指図されるような事柄ではありません」


 明言されて、少女はカッとなったらしい。頬を真っ赤にして口元を覆っていた扇を両手で握りしめた。


「……どうやらお話で解決できないようですわね。さあ、指示通りになさい」

「えっ……あの」


 ビッと扇を向けられたのは、涙目になりながらアリシアを案内した新入生だった。


「何してるの? 言うことを聞かないと……分かってるわよね?」

「……!」


 アリシアが振り向くと、涙目の新入生が手を挙げた所だった。攻撃魔術のような物を行使されるのでは? と構えたが、目が合った所で捕まった。くらりと眩暈がして、抗いがたい眠気を覚える。

 ドサリと倒れたアリシアの周りに新入生達が歩み寄り、彼女を囲む。蔑んだ瞳で見下ろされる光景を最後に、記憶を失った。

次話は28日6:00投稿予定です

よろしくお願いします<(_ _)>

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