2.姉、地味だと罵られる
待ちに待った新入生の入学式、入学式の進行を生徒会役員として手伝いながら、アリシアは目を細めて新入生代表の挨拶を行うセドリックを眺めていた。
すっかり丈夫になったようで体格も他の十歳の男子に引けを取らず、長い文章を話す時に咳き込むこともない。登壇による緊張で発熱する様子もなく、しっかりとした足取りで自分の席に戻る様子も立派で―――溜息が出るほど誇らしかった。
式が滞りなく進み、学校案内の後、新入生達は各クラスで入学後の説明を受け、再び講堂で歓迎祝賀会が執り行われる。こちらは完全に生徒会主催の催しで、付き添いの保護者は従者を含め、参加することができない。
代わりに警固の騎士が会場に配置されているが、それほど大仰なものではない。入学した時に配布される学生徽章には軽い解毒や防御の魔法が施されているため、滅多なことでは生徒に危険は及ばないからだ。ただし現生徒会長である第二王子ベテルギウス・ダニエル・エイジレスには、特別な護衛が付き従っている。
高位の貴族子女にとっては、周囲に従者や護衛のいない環境が珍しく、ソワソワと落ち着かない様子の者も多いが、下級貴族や平民の者は慣れているのか、ただこれから始まるレセプションに期待するように、キラキラと目を輝かせているのだった。
「入学おめでとう。王立学院では初めて領地を離れる者も多いだろう。頼れる者がいない心細さもあるだろうが、滅多にない経験が出来る好機と捉えて欲しい。普段の生活で顔を合わせない相手とも是非積極的に交流し切磋琢磨して、この国を支える素晴らしい人材に育って欲しい―――皆の、これからの活躍に期待している!」
キラキラとした金髪と紫の瞳を輝かせながらベテルギウスがそう締めくくると、ワッと生徒達から拍手が湧いた。十歳の子供達から見れば、十五歳の生徒会長は大人にも等しい。
エイジレス王国の王立学院は元々貴族子女が魔術を扱う術を磨くために設立された、歴史ある学び舎だ。やがて政治や教養、そのほかの技術を学べる場所となり、およそ三十年前の改革では一部の平民が入学できるようになった。ただし通常、平民は平民向けの学園に通う。試験を受けた優秀な者や特別な才能を有する者のうち、王侯貴族と近しく接しても問題ないとされた者だけが、通う事が許されるのだ。
基本的に中等部は十から十三歳、高等部は十四から十六歳の貴族子息が集められる。生徒会は中等部と高等部にまたがった組織で、生徒会長は王族がいれば王族、いなければ高位貴族が学院長から任命され、他の役員は会長により指名される。大抵は学院の教師達から推薦された成績優秀者がそのまま採用されるのが常だ。ちなみに最高学年と新入生からは選ばれない。新入生には学院での生活に慣れることを優先させ、最高学年には卒業研究に専念させるためだ。また卒業間近になると社交会デビューや就職への準備に忙しくなる。
アリシアも成績優秀者であることから指名を受け、二年生から生徒会に所属していた。立食形式の料理の配膳の指示を終え、進行表を手にあちこちに気を配りながら歩いていると、目の前に立ち塞がる者がいた。
顔を上げると、そこにいたのは愛しい愛しい弟だった。
「セドリック……!」
驚くアリシアを、セドリックは眉を寄せて睨んでいる。
仁王立ちで腕組みし、胸を張って顎を上げている様子を見て、その様子を高慢に感じる者も多いだろう。
だがアリシアは違うことに気を取られ、その様に感じる余裕もなく言葉を失う。
しっかりと大地を踏みしめるようにしている、その足元の確かさを目にした時、彼が本当に憂いなく学院に通えるほど丈夫になったことを実感して―――胸が熱くなるのを抑えきれなかったのだ。思わず、目が潤んだ。
「……元気そうね」
「……地味な格好だな」
思わぬ返しを受け、アリシアは自分の恰好を顧みる―――彼女が着用しているのは、普通の制服だ。裏方なので、分かりやすいように生徒会三役以外の生徒会役員は、制服で対応することになっている。
一般の生徒は祝賀会にふさわしい装いを、と言うことで動きやすいドレスやスーツを着用している。社交界デビュー前なので、夜会に出られるような本格的なものではない。ちなみに余裕のない平民であれば、制服を着て出席することも許される。ただし王立学院に入学できる平民は、大抵は富裕な商家や貴族に縁のある家の者であることが多いため、それなりに華やかな装いをしているのが常だった。
「ぷっ……言い過ぎですよ、セドリック様!」
後ろでクスクスと笑い声をあげている少年は、セドリックの友人だろうか。同じ新入生なようだ。最初に笑った少年は小柄で、後ろでウンウンと大きく頷いているのは、ひょろりと高い背の少年だった。
だがセドリックに夢中になるあまり、後ろの少年の揶揄はアリシアの耳を空振りしたようだ。全く気にすることなく、彼女の瞳は弟だけを捉えている。
「貴方は―――素敵ね。とても似合っているわ。すっかり立派な紳士になったのね」
「……!」
後ろの少年の嫌味がまるで気にならないように柔らかく微笑むアリシアに、思わずセドリックは息を飲む。
「当たり前だ!」
返答できないセドリックの代わりに小柄な少年がズイっと前に出て胸を張った。そこで漸くアリシアはその存在に、気付くことが出来た。
「セドリック様はメイヤー侯爵家の血を引く、高貴なお方だ! どこぞの平民の血を引く女よりずっと、フレイム伯爵家を継ぐに相応しいのだからな……!」
そこでようやく少年に気が付いたアリシアだった。彼の台詞が、自分をあてこすっているのだと気が付き、笑顔を凍らせて眉を下げる。それは自分もずっと悩んできた事で、目の前にずっと存在する現実であった。
ただセドリック本人からその事を指摘された事は、これまで無かった。なのに彼の友人があえてそういう事をこの場で口にしたのは何故か。
その時アリシアの頭にある想像(どちらかというと妄想)が、浮かんだのだった。
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『体調も良くなったし、本来は僕が継ぐべきだと思う。けれども、姉は小さい頃から僕の代わりに領主教育を頑張っているから……今更そう指摘するのは、可哀想だと思うんだ!』
『本人に直接、はっきり言った方が良いのでは……?』
『いや、しかし……いいんだ! 時期が来たら、父を通していずれ話し合うから……』
『……(セドリック様は優しいんだな。でも後継問題については、引き延ばせば引き延ばすほど面倒な事になるし―――よし! 彼が言い辛いなら、あえて僕がは言ってやる……! それが友達ってヤツだろう……!)』
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正義感と友情から、つい気負って強い言葉になってしまったのだろう……そう、アリシアは想像した。彼女は弟に、実は気を使わせてしまっていた(ほぼ妄想)事が申し訳なくて、哀しくなってしまう。肩を落とし、シュンと眉を下げる。
「セドリック、ごめんなさい」
「……!……」
セドリックは目をまん丸にして、それから顔を真っ赤にした。
「っもういい!!」
そうして苛立ったようにこう叫ぶと、クルリとアリシアに背を向けて大股に歩き去ってしまったのだった。背の高い少年が、慌ててその後を追う。
小柄な少年は、あっという間に立ち去ったセドリックを振り返り、慌てて追おうとして―――改めてアリシアを睨みつけ「ふん!」と鼻息荒く顔をそむけた後、ようやくその背を追ったのだった。
「セドリック……」
その背をアリシアは悲し気に見送るしかない。今は仕事の最中で、追うことはできなかった。せっかく会えた、せっかく話せたのに、碌な話が出来ないことが歯がゆくて、それも悲しさに拍車をかけた。
フーっと溜息を吐いて、気持ちを入れ替える。改めて手帳を確認し、顔を上げて作業に戻ったのだった。
次話は25日6:00投稿予定です
よろしくお願いします<(_ _)>




