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黒竜王と黄金の太陽  作者: ホシクズノソラ
第二章 ピンクの受難と弁償の双剣
9/12

5.その唇に、竜の誓いを

本日2回目の更新です。



「んっ――」

 艶めいた声と共にソーフィアの喉が小さく動いた。嚥下したのだ。口元からたらりと血が溢れる。

「⋯⋯正気に戻ったか、ソーフィア」

 口元の血を拭いながら、ステファンは肩で大きく息をつく。

 徐々にソーフィアの目から熱が消えていくのが分かった。


 竜人族の血は、人族にとって「神の雫」であり、同族にとっては「呪いの源」だ。

 毒を浄化する解毒剤となり、枯渇した魔力を瞬時に満たす至高の霊薬。そのあまりの有用性が、かつて凄惨な「竜狩り」の時代を招いた。

 その血を得るために四肢を断たれ、死ぬことすら許されず「生ける薬瓶」として地下に繋がれた同族たちの記録。人族の強欲によって塗り替えられた血塗られた歴史は、今も竜人族の記憶に深く刻まれている。

 故に、彼らは国を出れば徹底して正体を隠す。人族の社会で「竜」を現すことは、自らをおぞましい獲物として差し出すに等しい行為だからだ。

(⋯⋯それを、よりにもよって、口移しで飲ませるなど)

 自分の血を啜り、喉を鳴らして嚥下する少女を見つめながら、ステファンは自嘲気味に口角を上げた。

 秘密を共有するどころか、彼女の体内に自分の命の一部を流し込んだのだ。これがどれほど危険で、どれほど致命的な「執着」の証明か、世間知らずな彼女は知る由もないだろう。



「おおおお嬢様あああ! どこに、どこにいらっしゃるのですうううう!?」

 アンナは泣きながら銀炭山の山道を爆走していた。廃坑まではあと少しの距離だ。



「はっ⋯⋯! ステファン、さん⋯⋯私⋯⋯」

「さっさと服を直せ」

 後ろ向きに立つステファンは、すでに腕に布を巻いて止血していた。戒めとともに布を縛る強さに力がこもる。ギリィ、と布の締まる音がした。

 媚薬で朦朧としていたとはいえ、気を失っていたわけではない。ソーフィアの口の中に残る鉄の味。抱き寄せられた力強い手。何よりも唇の感触がしっかりと残っていた。

「わ、わた、私⋯⋯」

 みるみるうちに赤くなるソーフィアに、ステファンは顔を合わせない。彼もまた、耳まで真っ赤だった。

「医療行為だっ! 仕方がなかった。⋯⋯悪かったな」

 ぼそりと付け加えられるような謝罪の言葉。

「い、いえ、あの、助けてくれて、ありがとうございます、ステファンさん⋯⋯」

「ここは(ある意味)危険だ。さっさと出るぞ。そろそろお前の犬も来るだろう」

 それと、とステファンは赤みの残る顔をソーフィアに向けた。

「ステファン、だ。俺とお前は対等だ。敬語もいらん」

「あ⋯⋯と、わかり、わかった、わ⋯⋯」

 慌ててボタンを留め直す。ステファンには恥ずかしいところばかりしか見られていないけれど、不思議と彼に嫌悪は湧かなかった。


 ドガガガ⋯⋯と轟音と共に地響きが鳴り、坑道の天井からパラパラと小さな石が落ちてくる。強大な魔力が近づいてくる。

 ステファンはソーフィアを守るように立ち上がり、大剣を持っていつでも戦えるように構えた。だが、そこに立っていたのは――。

「やーーーっと見つけましたよ! お嬢様! このアンナが来たからにはご安心ください! さあ! そこの不届き者! 近いです! どけ!」

 素手で坑道の壁を壊し、直線的にやって来たアンナだった。

 仕方がないとはいえ、ソーフィアに口づけたことは絶対に秘密にしようとステファンは思った。バレたら確実に殺される。


「アンナ!? 伯爵の依頼は明日までじゃ……」

「お嬢様ぁ! ご無事ですか!? 無体は、無体はされておりませんか!? ああ、こんなホコリだらけになって、おいたわしや⋯⋯」

 アンナは光の速さでソーフィアをステファンから引き剥がし、あちこち確認する。

 そして、やや引っ張ったようなボタンの跡や、ソーフィアの唇に微かに残る血、髪に付着した媚薬キノコの胞子(普通は見えない)を見つけ、アンナは青ざめた。

「お嬢様、つかぬことをお聞きしますが⋯⋯、ほんっとうにこの男から何もされていない?」

 ソーフィアはアンナを見上げた。何もされていないと言われればされたが、医療行為と言っていたし、何も問題ないだろう。

 先程のステファンの決死の行動は、ソーフィアにノーカンとされていた。

「だから、何もしていないと言っている!」

「だまらっしゃい。私はお嬢様にお尋ねしているのです」

「ええ、何も⋯⋯されてないわ」

 答えながらソーフィアは無意識に口元に触れた。アンナの予想が最悪の方向に当たってしまった瞬間だった。

「のおおおおお! お嬢様ああああ! 早く、早く下山いたしましょう! 消毒! 消毒ーー!」

 アンナは膝から崩れ落ち、顔を覆って号泣する。と思ったら、ピタリと動きを止めた。

「⋯⋯跡形もなく除菌しましょう」

 ステファンを睨みつけ低い声で呟いた。

ステファンは罪悪感からか、アンナのこの変わりようからか、引き気味に一歩後ろへ下がった。

「し、仕方なくだ! あのままでいられてみろ! そっちの方が危険だろう!」

 ずい、とアンナは瞳孔を開いたままステファンに近づき囁いた。

「(お嬢様を救っていただいたことは感謝しますが、それとこれとは別です。清きお嬢様に触れたこと、死ぬほど後悔させますから)」

「(勝手にしろ。好きでやったわけじゃない))

「(ほう。冷徹で女嫌いと言われているノクスドラクがここまで気にするとは……。そうですか、遂に見つけたのですね、『番』を)」

「っ! なに、を⋯⋯」

「図星ですか、一生独り身で良いと言っていたくせに、『黒竜』」

「おい、アンナ!」

「別に隠しているわけでもないでしょう。そこまでの強さですもの、ね? ノクスドラク?」

 ひょこ、とソーフィアは顔を出した。

「アンナ? 何を話しているの? 竜?」

「なぁんでもありませんよ、お嬢様。さ、私と二人で下山いたしましょう。帰ったらアンナスペシャルメニューですよ」

 ニコニコと微笑みを浮かべながら、アンナはひょいとソーフィアをお姫様抱っこした。

「きゃっ、待って、す、ステファン! 素材ーーーー!!」

 光響木の花をばら撒きながら、抱えられたままのソーフィアはアンナと共にあっという間に消える。


「⋯⋯知ったら、もう無理なんだよ。諦めきれるか」

 苦しそうなステファンの声は、転がった光響木の花だけが聞いていた。



「お嬢様! さあ! 本日は疲労回復と消毒の入浴と、荒れたお肌を取り戻す特製パックです!」

 宿に帰ってきたソーフィアは、アンナに服をひん剥かれてバスタブに放り込まれた。

「消毒って⋯⋯あの廃坑はそこまで汚い場所じゃなかったじゃない」

「一応、です! 変な菌が付着しているかもしれません。野営もいたしましたし、きれいにいたしましょう!」

 そういえば、お風呂にも入っていないのに、ステファンとあんなに近く⋯⋯。

(――く、臭くなかったかしら⋯⋯。密着しちゃって⋯⋯)

 ソーフィアの中の乙女心が羞恥を訴える。それに、と噛みつかれるような熱い唇の感触を思い出す。

――あれは、カウントにならない、わよね⋯⋯?

 なぜ血を飲ませたのか分からないが、ソーフィアが(社会的に)救われたのは事実だ。


「⋯⋯お嬢様? お顔が赤く⋯⋯。それに、唇がどうされました?」

 ニッコリとしたアンナの声に我に返る。どうやらまた無意識に唇を触っていたらしい。気をつけねば。

「な、なんでもないわ! ちょっとのぼせちゃったみたい⋯⋯」

「まあ大変! 水分補給しながらパックもいたしましょうね!(あの黒竜⋯⋯! よくもよくもよくも清純なお嬢様に触れおって⋯⋯)」


「⋯⋯あら? お嬢様、なんだか魔力の密度が一段と上がりましたわね。それに、この香り⋯⋯」

 アンナが鼻をひくつかせる。ソーフィアから漂う清潔な香りの奥に、重厚で猛々しい「黒竜の残り香」が混ざり合っている。

「⋯⋯あのトカゲ、ただの口付けではなく、血を飲ませましたね」

「えっ? アンナ、何か言った?」

「いいえ、なんでもありませんわ。⋯⋯ただ、少しだけ『害虫駆除』の薬品を買い足しに行かねばならないと思いまして」

 アンナの拳が、みしり、と音を立てた。



 ステファンはまだ銀炭山にいた。火の音だけが響く宵闇は妙に静かだ。ただ、彼の周りには倒された魔物の死体がごろごろと転がっていた。

 知らず、ステファンは唇をなぞる。

 竜人族が己の魔力が溶けた血を「番」に飲ませる行為。これはいわゆる「マーキング」だ。図らずもその儀式を完了させてしまったことに、ステファンは天を仰いだ。

(――やってしまった。しかもアンナに気付かれるとは⋯⋯)


 アンナ・マグドラク。

 ステファンよりも年上で、かつては竜の国一番の暴れ者と恐れられた苛烈な女。

 しばらく前に国を出て行方知れずとなっていたが、まさか牙を隠し、人族の娘に「主」を見出して侍っていたとは。


(⋯⋯牙を抜かれたわけじゃない。あの女も、俺と同じだ)


 自分は「番」を。あいつは「主」を。

 守るべき宝を見つけた竜がどれほど狂暴で、執着深いか。

 遠ざかっていくアンナの背中と、その腕の中で無邪気に笑うソーフィアを思い出し、ステファンは重い溜息をついた。

(⋯⋯とんだ、理性の墓場だ)

 二度と交わさないと決めていたはずの言葉を、彼は廃坑の闇にそっと置いてきた。



GWも終わりですね!

皆さんはどこか行かれましたか?

私は引きこもって、睡眠時間を削り、水を得た魚のように話を書いていました!ああ、楽しい――。

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