4.廃坑、欲望の迷宮(またの名を、理性の墓場)
ステファンピンチの回。
さて、理性の墓場とは……?
あっ、お色気注意です!
「そろそろ廃坑へつく。銀炭石は俺が見繕うが、ソーフィア、お前は光響木を探せ」
「はい、分かりました」
「廃坑は吸血系や毒持ちが多い。⋯⋯ああ、スライムもいたな」
ステファンのからかうような声にあの忌まわしい記憶が思い出された。
忘れたいのに、何を蒸し返すのだ、この人は。ソーフィアの顔は真っ赤になった。
「あの時は! ちょっと油断していただけです! 今度は大丈夫です!」
「そうか。頼もしいな」
くつくつと笑うステファンに、ソーフィアは目を瞬いた。
(――笑った? いつも不機嫌そうなステファンさんが⋯⋯?)
「お前の力が必要だ。期待してるぞ」
そう言って、ぽん、と置かれた頭の上の手。
そのなんてことのない仕草に、不用意にもソーフィアの胸はドキンと大きく音を立てた。
私の力を必要としている。誰かの役に立てる。その事が嬉しいような恥ずかしいような。口元が緩んだ。
「⋯⋯はい」
廃坑は暗く、一片の光もなかった。
「ソーフィア。お前、明かりは出せるか」
突然の確認に、ソーフィアは慌てる。
「ああ明かり!? できません!」
「はあ!? どうやってたんだ? 依頼には洞窟や夜の条件もあっただろう?」
「たいていはアンナがいましたし、私はいつも攻撃ばかりで終わっていました⋯⋯」
はあ、とステファンの呆れたようなため息が聞こえ、ソーフィアは肩をすくめる。がりがりと頭を掻く音も聞こえた。
だが、降ってきた言葉は意外にも優しかった。
「⋯⋯いいか、お前の放つ攻撃魔法『竜の咆哮』は、確かに強力だ。詠唱無しですぐ魔法が放てるからな。だが、狭い場所や暗い所は合わない。狙いが見えず外れた場合は致命傷だ。それに、天井が崩れて生き埋めにでもなったらお陀仏だ。お前、魔法を撃つ時、何を考えている?」
「え、えっと、ちょっと頭にきたこととか⋯⋯?」
「そうだ、そのイメージが攻撃に転じている。いいか、詠唱が必要のない『俺ら』はイメージが大事だ。人族どもは詠唱でこの場所に明かりを灯すだろうが、まずはイメージしてみろ。ここをお前はどうしたい?」
赤い瞳がソーフィアを試すように見下ろした。初めて会った時のような冷たさは感じない、どこか面白がるような色を持ち合わせている。
「ここが、明るくなってよく見えたらと、思います」
「やってみろ。そのイメージを持って魔力を出せ」
「えっと、⋯⋯たあ!」
カッ! と廃坑内が眩しく照らし出される。いや、日中の太陽よりも明るく光り、もはや白く光りすぎて見えない。
「⋯⋯もう少し、暗くできるか?」
あまりの眩しさに片手で目を覆っていたステファンは、やっとのことで言葉を絞り出した。
「ご、ごめんなさいっ!明るくしなきゃって思って⋯⋯!」
「この明るさでは俺たちも行動できないだろう。⋯⋯もう少し、イメージを絞れ。太陽ではない、そうだな⋯⋯夜に灯すランプくらいの明るさだ」
分かりやすいステファンの説明のおかげで、ソーフィアは無事にイメージを絞って廃坑内を穏やかな光に包むことに成功した。
「⋯⋯できた。⋯⋯これならどうでしょう、ステファンさん!」
「ああ。良くやったな」
至近距離で見つめ合う二人。
光に照らされたソーフィアの瞳は星くずが舞うように綺麗で、慌ててステファンは視線を逸らし、奥へと歩き出した。
(――この瞳に俺だけを映してほしいなどと⋯⋯とんだ独占欲だ)
そしてソーフィアは。
(――もしかして、アンナ以外に褒められたのって、初めてなんじゃ……!?)
アンナの褒め言葉はむしろ呼吸と同じだ。侯爵家では蔑まれ、見下され、罵倒され。冒険者になってからは感謝はされど褒められることはなかった。じわじわと嬉しさがこみ上げてきて、ソーフィアの口元が緩んだ。
離れていくステファンの背中を軽やかな足で追いかける。
「待って、ステファンさん!」
「⋯⋯おかしいな。もっと魔物がうじゃうじゃいるはずなんだが」
廃坑内はソーフィアが灯した明かりに包まれ、静けさを保っていた。
聞こえるのはステファンとソーフィアの足音、衣擦れ、呼吸音。
「一匹も出ませんね」
「何かあったと考えるのが妥当か。⋯⋯ん? そういえばソーフィア」
「はい」
「さっきこの中を目が潰れるくらい明るくしただろ」
「⋯⋯しましたね」
「その時に恐らく、魔物が浄化された」
「⋯⋯はい?」
「あれほどの眩しさだ。そして多分、お前は無意識だろうが、この中を『明るく、安心して歩けるように』とイメージした」
「した、かもしれません」
「その時、魔物が光に焼かれて消えた」
「なるほど」
ステファンはこめかみを抑えた。
頭痛もするのかしら、とソーフィアは心配になる。
「⋯⋯いいのか悪いのか⋯⋯。まあ、魔物がいないとも限らん。用心しておけ」
「はい! 分かりました」
廃坑の最深部に、鈍く輝く銀炭石が散乱する中、一本の木が生えていた。
ソーフィアの魔力に充てられたのか、シャラシャラと涼やかな音を立てている。音の鳴る葉の横に、白く可憐な花が咲き誇っていた。
「光響木だ」
「あれが⋯⋯。綺麗⋯⋯」
「採ってくれるか。十輪ほどで足りる」
「はい」
――どうか、枯れませんように。
祈りながらソーフィアは手を伸ばした。
ちょうどその頃。
「ノクスドラクううううー! お嬢様、待っていてくださいね、今、今アンナが参りますうう!!」
髪を振り乱し、目を血走らせながら走るアンナの姿があった。現在地はサザランズの反対側。馬車で一日の距離である。
りん。ソーフィアが花に手を触れた瞬間、花の輝きが増した。
「採れました! よかった、枯れてない⋯⋯!」
摘んだ花は輝きはそのままに、まるで宝石のように硬度を増した。
「綺麗⋯⋯」
コロンとした一輪、いや一粒の花が掌に転がる。それを繰り返し、十個の花の宝石が集まった。
だが、光響木に与えられたソーフィアの魔力はそれだけでは終わらなかった。
「ステファンさん! 採取終わりました!」
「ああ、こちらも銀炭石を採取した。帰るぞ⋯⋯っ!?」
ビュッとソーフィアの真横、離れて立つステファン目掛けて目にも止まらぬ早さでツルが伸びた。
「ソーフィア、下がれ! こいつ、俺をっ、おわっ!?」
ツルはステファンの足首に絡みついたかと思うと、彼を高く持ち上げた。
実は光響木は植物系の魔物である。乙女(処女)の魔力を栄養にし、ほとんどは危害を加えず、乙女であれば素材の採取が可能な、ある意味変態ともいえる魔物であった。
そして魔力を吸収した直後、奴らが最も活性化し、近くにいる男を攻撃する傾向がある。
逆さまに吊るされたステファンは、両腕もツルに縛られ、身動きが取れないようだ。逆さになった時に、彼の大剣は鞘ごと地面に落ちてしまっている。
「い、今! 切りますから」
「おい止めろ! 俺まで輪切りにする気か!?」
魔力を込めようと両手を前に突き出したソーフィアを、ステファンは慌てて止めた。
「物理的に切れ! ナイフくらい持ってるだろう!」
「アンナに止められて⋯⋯持ってません!」
「くそっ、あの女⋯⋯! 過保護にも程があるだろ! ナイフは俺の腰にある! 悪いがそれ取って切れ! もしくはちぎれ!」
しかしツルはすでに硬化しはじめ、簡単にはちぎれなさそうだ。
(――くそ!俺が「竜化」すればこのくらい簡単に⋯⋯!)
けれど、この狭い空間で竜化すればどうなるのかくらい容易に想像できる。それにソーフィアをこれ以上怯えさせたくなかった。
「し、失礼します⋯⋯!」
何とかツルをよじ登ってきたソーフィアはステファンの腰のナイフに手を伸ばす。否応なく、彼女の柔らかい体がステファンに押し付けられた。
「ぐっ⋯⋯」
理性を総動員するステファンから変な声が出た。それに何を勘違いしたのか、ソーフィアは――。
「ステファンさん!? (体が引きちぎられてしまうのかしら!? 大変、早く早く取らなきゃ!)」
ぎゅう、とソーフィアはステファンに抱きつく格好でステファンのナイフの柄に手が――届いた!
「届いた!」
スパンッ! さすがステファンのナイフ。切れ味は抜群だ。硬い光響木のツルも粘土のように簡単に切れた。
ツルの支えがなくなり、二人は重力で共に落下する。
「きゃあっ!」
「⋯⋯(くそ!)」
ステファンはソーフィアを抱き込み、自分が下になるように落ちた。もう受け身を取ることも諦めていた。いっそ殺してくれ。
「⋯⋯⋯⋯はあ⋯⋯」
地面に転がったステファンは片手で顔を覆った。なんだか色々ダメージを食らった気がする。身体的に損傷は皆無だが、主に精神的な。
「ステファンさん! どこか怪我を!?」
「いや⋯⋯何でもない⋯⋯」
無表情のステファンでさえ顔が真っ赤だ。彼にとって不幸中の幸いだったのは、この廃坑内の明かりがやや薄暗いということか。
「早く⋯⋯出るぞ⋯⋯」
「はい!」
「お嬢様ああああ〜! どうか、どうかご無事でええええ!!!」
アンナとの遭遇まで、あと半日。
もと来た道をステファンは出口に向かって歩く。その速度はほぼ競歩並みだった。その後ろをソーフィアは小走りで付いていく。
(――ステファンさん、怒ってるのかしら⋯⋯。私がもたもたしてたから⋯⋯)
ソーフィアは不安げにその背中を見つめた。
ステファンはソーフィアの不安を敏感に感じ取っていたが、振り返ったら何をするか分からないほど理性の限界に来ていた。
(――し、視線を感じる⋯⋯。俺を見つめないでくれ。さっきは危なかった⋯⋯。はやく、早く出口に⋯⋯!)
迷路のような坑道を通り抜け、出口へと近づいた頃、ソーフィアは壁際に生える蛍光紫に光るキノコを見つけた。
「あっ、ステファンさん、これは何ですか? 素材になるかしら。来たときは無かった気が⋯⋯」
「あ?」
ステファンが振り返るのと、ソーフィアが採ろうと手を伸ばすのが同時だった。
ボフン! とキノコは紫色の胞子を飛ばす。
「息を止めろ! それは『媚薬キノコ』だ⋯⋯!」
「え、あっ!」
ステファンが風を起こし、胞子を吹き飛ばす。が、時すでに遅し。ソーフィアは胞子を吸い込んでしまった。
「けほっ⋯⋯び、びやく⋯⋯?」
って何、と聞こうとしたソーフィアの体に異変が現れた。
体が熱い。甘く痺れるような、それでいてその奥が渇くような疼きがソーフィアを襲う。
「あつ⋯⋯」
燃えるような熱にじっとりと汗ばむ体が気持ち悪い。たまらずソーフィアは防具を脱ぎ、ブラウスのボタンを一つ二つ外した。ブラウスの下から白い谷間が顔を覗かせた。
「馬鹿野郎! 脱ぐな!」
「だって⋯⋯暑くて堪らないの⋯⋯。どうしよう⋯⋯」
ステファンはたまらず怒鳴る。潤んだ瞳と赤く染まった頬。乞うような唇とはだけた服。
(もう何なんだ、この試練。誰か、助けてくれ⋯⋯!)
幸か不幸か、坑道は誰もいない。
アンナの鬼気迫る魔力がとんでもないスピードで近づいてきているのを感じるが、まだ距離がある。
ステファンはこれほどまでにアンナに助けを求めたことはなかった。
せめて、ソーフィアが番でなければ放っておいたり殴って気絶させるなど、いくらでも方法があった。だが、ソーフィアを傷つけたくはない。
さらに残念なことに、解毒薬は今回切らしている。毒を浴びる前に魔物を倒し、ソーフィアにちょっとカッコいいところを見せようとした過去の自分を恨む。
「クソっ! 仕方がない⋯⋯!」
ステファンはナイフを取り出し、自身の腕を斬りつけた。ザク、という音ともに勢いよく噴き出す血。
ソーフィアの目はとろんとしており、力が抜けたのか、立つこともままならない。血の噴き出すステファンの腕を見ても、顔色一つ変えなかった。
「犬に噛まれたと思え⋯⋯!」
ステファンは血を口に含んだ。ソーフィアのふにゃふにゃな腰を抱き寄せ、顎に手を当てて――。
その赤く色づいたソーフィアの唇に、彼は自身の唇を、祈るようにあるいは奪うように重ねた。
(――アンナ、お前の言うとおりだ。俺は、とんだ悪党だよ――)
ステファンをいじめ倒すのがとても楽しかった!
お前はもっと作者に弄られればいい……。




