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黒竜王と黄金の太陽  作者: ホシクズノソラ
第三章 蹂躙の森、あるいは跪く竜の鎖
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1.サザランズの静寂、近づいてくる陰謀の足音

よろしくお願いします。

 「え? 私をBランクに推薦、ですか?」

 たまたま出会った(ように見せかけた)ソーフィアに、ステファンは昇級の話を持ちかけた。

「言葉、戻っているぞ。⋯⋯ああ。銀炭山はBランク冒険者が推奨されているわけだが、お前はこの間、俺の助けを借りずに自力で魔物を殲滅しただろう。それなりの実力があってのことだ。それで、俺はお前の昇級をギルド長へ進言しようと思っている。どうだ?」


 冒険者レベルは一番下のFランクからほぼ存在しないと言われているSランクまで七段階ある。Fランクが一番多く、人数はランクが上がるごとに減っていく。

 多くはCランクで終わることが多い。そこからランクを上げるにはかなりの経験が必要で、その前に命を落とすことが多いからだ。

 ソーフィアは今はCランク。彼女を狙う男共の何とか手が届きそうなレベルだ。

 そこで、ステファンはソーフィアの冒険者レベルを上げることでさらにライバルを減らそうとしたのだ。なんとも姑息な手段である。

 昇級については、上級冒険者の推薦があれば可能である。

 ちなみに、アンナもSランクに近しいレベルではあるが(本人が昇級を望まなかった)、アンナからのソーフィアの昇級は反対されている。答えは簡単、冒険者レベルが上がればその分依頼の危険度も上がるため、ソーフィア第一のアンナには耐えられなかったのだ。


 ソーフィアは少し考えた後、しっかりと頷いた。

「お願い、するわ。ふふ」

 楽しそうに笑うソーフィアに、意外だと思ったのか、ステファンは片眉を上げた。

「案外、物怖じしないんだな。『自分にはまだ早い』とでも、尻込みするかと思っていたんだが」

「ううん、なんだか嬉しいの。なんだか、認められたような気がして」

 ソーフィアは実力でCランクに上がったわけだが、依頼には全てアンナが付いてきている。それ故、依頼を完了し、もしそれが難易度の高いものだったとしても、「アンナ姐さんが付いてたからな」で終わってしまうのだ。

 冒険者を始めて四年経ったが、今でもソーフィアは「可愛いソーフィアちゃん」が周囲の認識だった。

 嬉しそうに頬を染め、口角を上げるソーフィアに、ステファンの心臓は早鐘を打っていた。


(⋯⋯認められた、か)

 自分の言葉一つで、これほどまでに花が綻ぶように笑うのか。

 向けられた純粋な喜びを直視できず、ステファンは無造作に視線をそらした。

「お、俺はお前の実力を知っている。⋯⋯強く、優しい所もな」

 耳を赤くして照れたような顔のステファン。かあああ、とソーフィアの頬も赤くなった。

「あ、ありがとう⋯⋯」

 頭上で、ステファンが笑う気配がした。


「はい! 成敗!!」

 ズダン! と魔物の巨大な爪が二人の間に降ってきた。もう少しでステファンに刺さるところだ。

「ああアンナ!? それ、この間のやつ!」

「ちっ、邪魔が⋯⋯」

「お嬢様から離れなさい! このストーカー!」

「すっ!? ふざけるな、この野郎!」

 まだドキドキしている胸を押さえ、ソーフィアは言い合いをする二人を見た。

「ふふ、仲良しなんだから」

「「(そ)んなわけあるか!(ないです!)」」

 示し合わせたかのように息の合った怒声。

 二人は「チッ」と舌打ちをして顔を背けたが、その息の合いようこそが、ソーフィアの言葉の正しさを皮肉にも証明していた。

 ステファンは忌々しげに前髪をかき上げ、アンナはソーフィアの肩を抱いて「不浄なもの」から遠ざけるように早足で歩き出す。



「⋯⋯というわけで、ギルド長。こいつをBランクに推薦する。文句はないな」

 ステファンがギルドのカウンターに手を置くと、背後でアンナが「異議あり! 断固拒否します! お嬢様をそんな過酷な戦場へ送り出すなど、私の死体を超えてからになさい!」と叫び声を上げている。

「いや、ステファン⋯⋯お前の推薦なら通るが。ソーフィア、本当にいいのか?  Bランクからは『魔の森』の深部や、古代遺跡の調査が主になる。命がいくつあっても足りねえぞ」

「大丈夫です。私が役に立つのなら」

 ソーフィアが拳を握って宣言すると、ギルド内の男達は「嘘だろ⋯⋯俺のソーフィアちゃん⋯⋯」「健気⋯⋯」「俺はAランクになって守ってやる」と色めき立った。が、ステファンの眼光が彼らに届いた瞬間、静かになった。


「⋯⋯決まりだな。おめでとう、ソーフィア。今日からお前はBランクだ」

 ステファンがぶっきらぼうに、けれどどこか満足げに彼女の肩に手を置こうとした瞬間。

「お嬢様あああ! いけません、こんなブラックな職場に染まってはいけません! 今すぐ帰りましょう! もっとホワイトな職を探すのです!」

 アンナが凄まじい速度で二人の間に割り込み、ソーフィアを連れ去ろうとする。

「ちょっと待て姐さん! まだ手続きが終わって⋯⋯!」

 ギルド長の怒号を背に、アンナはバタバタとギルドを出ていった。その「いつもの光景」に、ギルド内はどこか安堵したような笑いに包まれるのだった。



 昼下がりの王宮、重厚なカーテンに遮られた一室には、濃厚な薔薇の香りと甘ったるい吐息が充満していた。

「――カタリナ。例の『魔の森』で、古竜の痕跡が見つかったらしいぞ」

 乱れた寝台の上、第二王子カイルは、己の腕に絡みつく女の柔らかな曲線を手慰みにしながら、鼻の下を伸ばした。

「えぇ〜? 古竜ですってぇ? あの、昔々に国王様に従属してたっていう、おっきなトカゲのことかしらぁ?」

 カタリナと呼ばれた女は、わざとらしく胸元をカイルの腕に押しつけ、潤んだ瞳で彼を見上げる。その甘ったるい声は、理性を溶かす毒のようだ。カイルはふんぞり返り、無理やり威厳を繕った声音で応えた。

「ああ、そうだ。ひいお祖父様の代には、庭先で飼い慣らしていたペットに過ぎん。⋯⋯だが、失われたはずのその力を私が再び『従属の首輪』で繋ぎ止めたなら、兄上を差し置いて王位は私のものだ」

「きゃっ、素敵! 殿下ったら、とっても強引なんですものぉ。⋯⋯それでぇ? もし殿下が王様になったら、あたくしはどうなっちゃうのかしら?」

 指先でカイルの胸元をなぞり、吐息を耳元に吹きかけるカタリナ。カイルはその官能的な刺激に酔い痴れ、野卑な笑みを浮かべて彼女の腰を抱き寄せた。

「決まっているだろう、私の美しいカタリナ。君こそが、この国の唯一の王妃だ。あの古竜を椅子代わりにして、二人で世界を見下ろそうじゃないか」

「やだぁ、殿下ぁ! 古竜の椅子なんて、とってもお洒落だわぁ! あたくし、早く王妃様になりたい⋯⋯ねぇ、殿下ぁ⋯⋯っ」

 絡み合う肌の熱に浮かされ、二人は再び、欲望と夢想のお花畑へと沈んでいく。

 その古竜が、かつてどれほどの血を流し、どれほどの人の血が流れたか。そして、その力を呼び覚ますことがどれほどの禁忌か――。

 欲望に目が眩んだ「お花畑」な二人が、それを知る由もなかった。



「はい、ギルドカードの更新が終わりました。昇級、おめでとう、ソーフィアちゃん」

 受付嬢からカードを受け取る。いつもよりも重みを感じるカードに、ソーフィアの胸は高鳴った。

 その後ろでアンナが「お嬢様の清らかな履歴にこんな、こんな⋯⋯」とハンカチを噛んで泣いていた。


――バンッ!


 ギルドの重厚な扉が乱暴に開け放たれ、磨き上げられた革靴が板張りの床を苛立たしげに踏み鳴らす。

 傲慢な足音とともに入ってきたのは、王家の紋章が刻まれた親書を携えた使者だった。

 

「ギルド長はいるか!」

 静まり返ったギルド内に、使者の耳障りな声が突き刺さる。

「⋯⋯俺だが?」

 使者の圧力にも動じず、奥の部屋からのっそりと顔を出したのは、ギルド長のスティーブだ。

「王家からの親書である! カイル第二王子殿下の名の下、『魔の森』への古竜捜索依頼が出ている! 優先度を特級とし、即刻受理せよ!」

 掲げられた親書には、不気味なほど鮮やかな真紅の印が押されていた。


「おいおい、『魔の森』はサザランズとルズベリーのニ領に接する不可侵領域だぜ。下手に踏み込めば国際問題になりかねねえ⋯⋯。それに、古竜たあ、絶滅したはずじゃねえのか? 捜索してどうすんだ」

「平民が⋯⋯控えよ! 殿下の高尚な考えを詮索するなど万死に値する不敬である!」

 使者の顔が怒りで赤黒く染まり、腰の飾り剣の柄に手を当てる。ギルド内に緊張が走り、先程までソーフィアに鼻の下を伸ばしていた冒険者達が一斉に武器に手をかけた。使者はそれを一瞥し、嘲笑うかのように続ける。

「発見できなかった場合、職務放棄として、貴殿の首で償ってもらう。⋯⋯これは殿下の『慈悲』と最後通牒である。理解したなら、さっさと人選を行いたまえ」

「わお、職権乱用。⋯⋯へいへい、まあ、当たってみますわ」

 使者は不快げに鼻を鳴らすと、踵を返して去っていった。数秒後、屋外からガラガラと豪華な馬車が砂埃と不穏な余韻を残して遠ざかっていった。


 遠ざかる馬車の音を背に、スティーブはふぅ、と大きく息をついた。

 先程までの「のんびりした態度」はどこへやら、その双眸にはギルド長としての鋭利な光が宿っている。

「今の話、聞いてたな? 俺を殺さないように、『魔の森』の探索を立候補する奴、手を挙げろ。まあ、ルズベリーのギルドにも声は掛かってるだろうさ」

 言いながらスティーブは投げ捨てられた親書をペラペラとめくっていた。そして、あるページでその手を止める。

「おいおいおい、失敗すればマジで首が飛ぶな、これ⋯⋯」

そこには、「カイル第二王子殿下とその婚約者、侯爵令嬢カタリナ・ローランが同行する」と書かれていた。



「王子さまがピクニック気分かよ!」

「ふざけやがって⋯⋯!」

 ギルドの冒険者達がいきり立つ中、ステファンもその紅い瞳を細めた。

「ふん、面白そうだな。その依頼、俺もメンバーに加えろ」

「ステファン!?」「おお!ステファンがいれば大丈夫だろ!」騒ぎ立てる男達。

「いいのか、ステファン? 竜関係なんて、毛嫌いしてただろ?」

 スティーブも確認するようにステファンを見たが、彼は無言で頷いた。

「ようやく俺もここの空気を楽しいと思ってきた頃だ。『魔の森』の楽しさを教え込んでやらんとな」

 ペロ、とステファンは舌なめずりをした。赤い舌がちらと見え、それは「楽しさを教える」ではなく、「殺してもいいか」という意味を伴っている。

「いやそれ死にかけるやつ! 怪我でもさせたらマジで俺殺されるからな! 護衛だぞ!?」

 スティーブは青くなって叫んだ。

「誰か! ステファンを止められるBランク以上! 頼む!」

 孤高のSランク冒険者ステファンを止められる高レベル冒険者なんて誰も――。

「⋯⋯私が、行きます」

 凛とした声がギルドに響いた。背の高い男達の中、埋もれるようにしながらもしっかりと手を挙げるソーフィアがいた。だが、彼女の手はやや震えていた。

「お嬢様!? 第二王子ですよあの! 婚約者も来るとかもう面倒臭いではないですか! あんな奴らのためにお嬢様が立候補する事ありません!」

「でも」

 ソーフィアはやや青ざめていたが、覚悟を決めた顔でアンナの顔を見た。

「きっと、私なら、ステファンの暴走を止められる気がするの。それに、Bランクになったんだもの。過去と決別するために、今やらなきゃいけない気がするの」

「のおおおお! お嬢様の成長が眩しいいいい」! でもこんなタイミングううう⋯⋯。お嬢様が行くのならばこのアンナも参りましょう!」

「他は? 誰かいるか」

 ソーフィアが立候補した時、俺も俺もと手を挙げようとした冒険者達は、アンナが行くとなった瞬間に挙げるはずの手を下ろした。まだ死にたくない。

「決まりだな。頼むぞ、ステファン、ソーフィア、アンナ姐さん」

 スティーブは深い溜息をつき、祈るように胸の前で十字を切った。その視線は、もはや「依頼の成功」ではなく「王子の生存」を願っているかのようだった。


「⋯⋯さて、そうと決まれば準備ですね。お嬢様、不浄なトカゲと不浄な王子を近づけないための特製除菌ミストを調合せねばなりません!」

「アンナ、ミストじゃ殿下は防げないと思うわ。それに、不浄なトカゲって⋯⋯」

 鼻息荒くソーフィアの手を引いていくアンナと、困ったように微笑みながら引きずられていくソーフィア。

 その背中を見送っていたステファンが、不意に、隣で呆然と立つスティーブに声をかけた。

「⋯⋯ギルド長。一つ、貸しにしておくぞ」

「ああ? ⋯⋯ああ、分かってるよ。お前が例の口づけの件でソーフィアに首ったけってことはギルド長として、いや、人生の先輩として黙っといてやる」

 スティーブはニヤリと笑い、ステファンの肩を軽く叩いた。

「⋯⋯っ、あれは、事故だと⋯⋯なんで知っている!?」

「見りゃ分かる。事故であんなに耳を赤くするかねえ、Sランク様が」

 ステファンは忌々しげに顔を背け、無意識に自分の唇を指先でなぞった。


 王宮の「お花畑」がどれほど魔の森を舐めていようと構わない。

 もしあいつらがソーフィアを傷つけ、あるいは自分の理性をさらに削るような真似をすれば――。

(⋯⋯本当に、教え込んでやるさ。この森の、そして『竜』の恐ろしさをな)

 彼の紅い瞳の奥で、昏い熱がゆらりと揺れた。

 こうして、サザランズ最強かつ最恐の「古竜探索パーティー」が、嵐の予感と共に産声を上げたのだった。



 親書に記された日の前日のこと。

「お嬢様! 『魔の森』は危険がいっぱいです! ですので、このアンナ、服を新しく作りました! さあ、試着してみてください」

「え、ええ?」

 ソーフィアが袖を通した新しい冒険者服は、軽く伸縮性がよく、まるで着ていないかのような密着度だった。

「あの⋯⋯アンナ⋯⋯」

「どうです? 動きやすくて無駄のない、素晴らしい素材です! そしてお嬢様の曲線美を美しく演出してくれるのです! これであの第二王子も侯爵令嬢もノックアウトです!」

 ピッタリすぎる服はソーフィアの体のラインをしっかりなぞっている。もはや、服というよりもう一枚の皮膚並みのピッタリさだ。

「さすがお嬢様! お美しい! これならノクスドラクも倒せます!」

 アンナの賛辞はどこか別の国の言語に聞こえた。ソーフィアは真っ赤になる。

「嫌よ! 恥ずかしいわ! こんな、こんな⋯⋯裸みたいじゃない! こんな格好でステファンの前に出られないし、倒すって何!?」

「ええ〜、そんな⋯⋯」

 その服は無事に却下された。



「⋯⋯?」

 新しい双剣の手入れをしていたステファンは謎の悪寒を感じ、窓の外を見た。

「なんだ今の⋯⋯。疲れてるのか⋯⋯?」


 窓の外、サザランズの夜風は穏やかだ。だが、何かの「陰謀」が渦巻いているような気がしてならない。

 ステファンは手元の双剣を強く握り直した。

 明日からの『魔の森』。王子や古竜よりも、もっと別の「恐ろしい何か」に振り回されることになるのではないか。

 彼は深く溜息をつき、静かにランプの火を消した。


アンナの暴走はいつ見てもいいですね。「不浄」にならないように気をつけたいと思います。

GW、終わっちゃいましたね……。私は現実逃避の世界に行きたいです。

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