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黒竜王と黄金の太陽  作者: ホシクズノソラ
第三章 蹂躙の森、あるいは跪く竜の鎖
11/12

2.地獄への入り口と、愚者の行軍

執着が美味しい? 回となれば。

よろしくお願いします。

 翌日。

 サザランズ側の「魔の森」入り口に、十数人の騎士とともに豪華な馬車が到着した。


「(サザランズが一番王都に近いから、護衛の話も来たっていう話らしいですよ。貧乏くじですね)」

 アンナがコソコソとソーフィアに囁く。

「(仕方がないわ。私達は依頼をこなすだけよ)」

 そう囁き返すソーフィアは首元まで覆うマントを羽織っている。

 結局、アンナが夜通しで仕立て直した「肌は一切見せないが、ボディラインをなかなかに強調する」冒険者服は、その上から厚手のマントを羽織ることで、かろうじてソーフィアの羞恥心を繋ぎ止めていた。

「お嬢様⋯⋯。せっかくの私の最高傑作、やはりマントは脱いでいただけないのですか?」

「だ、だめよ。絶対に、いや!」

「そんなぁ⋯⋯世界損失です⋯⋯」

 恨めしげにマントの裾を見つめるアンナを、ステファンが冷ややかな一瞥で切り捨てる。

「何をごちゃごちゃ言っている。⋯⋯行くぞ、さっさと護衛対象あいつらに挨拶を済ませる」

 ギルドの前に鎮座するのは、金細工をこれでもかとあしらった豪華絢爛な馬車だ。砂埃の舞うサザランズの街並みには、吐き気を催すほどに不釣り合いな輝きを放っている。

 三人が馬車の前に歩み寄っても、扉が開く気配はない。

 代わりに、重々しいカーテンがわずかに引き絞られ、小窓から値踏みするような視線が投げかけられた。

「⋯⋯ふん、とんだ田舎だな。埃っぽくて、呼吸をするだけで肺が汚れそうだ」

 ハンカチで口を覆いながら、カイルが鼻を鳴らす。

 平民は王族の顔を直視してはならない。ステファンたちは無言で膝を突き、視線を落としたままだが、カイルの嘲笑を含んだ声が頭上から降り注ぐ。

「お前たちが今回の案内役か。⋯⋯たった三人だと? ギルドも随分と人をケチったものだ。まあ良い、私は寛大だからな。お前たちは、精々這いずり回って古竜を探し出せ。私の護衛には、選りすぐりの近衛騎士が控えている。貴様らのような野良犬の助けなど、端から期待してはおらん」

 馬車の中から、クスクスと女の甘ったるい笑い声が漏れた。

 跪くステファンの拳が、ピシリと微かな音を立てて握りしめられる。


「――一つ、聞こう。古竜を捜索してどうする?」

 凍てつくような低い声が豪華な馬車に突き刺さる。

「貴様、不敬だぞ! 誰の許しを得て⋯⋯!」

 近衛騎士団長が顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、今にも斬り殺さんばかりに、その剣の柄に手を掛け、そのまま鞘から抜く――はずだった。

 だがステファンは眉一つ動かさず、ゆっくりと顔を上げた。

 彼の双眸は真紅のパイロープ・ガーネット。内なる怒りに焼かれ、滴る鮮血を思わせる色に染まっている。その「絶対的な強者」の眼差しを正面から受けた瞬間、騎士団長は金縛りにあったかのように動きを止めた。カイルもまた、言葉を失い、喉を鳴らした。

「殿下ぁ、いつまでお話ししているの? 早く行きましょ⋯⋯う、よ⋯⋯」

 隣に座っていたのだろう、婚約者――カタリナ・ローランがカイルの腕に絡みつきながら甘ったるい声を出す。だがステファンを見た瞬間、彼女もまた言葉を失った。

(やだ、素敵⋯⋯)

 ぽかんと口を開け、カタリナは釘付けになる。人族の常識を超えた野性的な美しさと「強者」である威圧感。彼女の喉の奥が期待と欲望に震えた。

「ふ、ふん、古竜を探してどうするかだと? 私は寛容だからな、あえて答えてやろう」

 カイルはカタリナの視線が自分以外に向いていることに苛立ち、虚勢を張るように胸を反らした。

「従属させるのさ。かつて我が王家がそうしたように、再び鎖でつなぎ、我が玉座に跪かせるのだ」

「従属、だと?」

「ふふん。古竜を従えた者は王になれる。王家の血に古竜は逆らえないのだ。私が古竜を従えたあかつきには、私が王だ!」

 カイルは自信たっぷりに言い切った。


「⋯⋯愚かを通り越していっそのこと憐れだな」

 ぼそりと呟いた声は幸いにもカイルには聞こえていなかった。


「ん? そこの女。顔を上げろ」

 カイルはソーフィアに気がついたように指差して言った。

 ソーフィアが身構えつつ下げていた顔を上げると、カイルの瞳に下卑た好奇心が宿り、舐めるようにマントの奥を探り始める。

「お前、名は何と申す」

「⋯⋯ソーフィアと申します」

 カイルの不躾な視線が、ソーフィアの輪郭をなぞろうとした、その時だった。


――ギ、リ。


 乾いた音が響く。ステファンの握りしめた双剣の鞘が、限界まで軋みを上げていた。

 彼から放たれる極薄の殺意が、カイルの背を冷たく撫で上げる。カイルは理由も分からず身震いし、慌ててソーフィアから視線を外した。

「どこかで聞いたような名だが⋯⋯ああ、カタリナ、お前の姉もそんな名ではなかったか?」

「はあ、険しいお顔も素敵⋯⋯えっ? あ、ああ、そうですわね、でも全然違いますわ、あれは棒切れでしたもの」

 カタリナは、ステファンの横顔に見惚れていた意識を無理やり引き剥がし、吐き捨てるように笑った。目の前の「美しい冒険者」が、かつて自分が泥を投げつけた姉である可能性など、彼女のちっぽけな想像力では一ミリも及びはしない。

「そうだったな! あんな、能無しなど、今や生きてはいまい!」

「⋯⋯そろそろ出発したい。早く古竜を捜索させてくれ」

 ステファンが、二人の低俗な笑い声を切り裂くように、地を這う声で告げた。

 その拳は、今にもカイルの喉笛を掻き切らんばかりに震えている。

「ふん、私に指図するな! おい、馬車を出せ!」



 ガラガラと馬車は悪路を進む。舗装されていない森は道が狭く石や草で車輪が跳ねている。

「⋯⋯徒歩や馬の方が楽ではないのかしら」

 あまりの悪路にソーフィアが馬車を振り返って呟いた。

「お嬢様、良いのです。こんな所に馬車で来る方が阿呆なのですから。せいぜいお尻を痛めればよろしいのです」

 アンナはにっこりと馬車を見ずに毒を吐いた。まるで、馬車を見るのも不快というように。

「ソーフィア。あんな者共のために心など割く必要はない」

 ステファンの声は、低く、地を這うような唸りとなって漏れた。

「魔の森に、これほど目立つ色と音を撒き散らす行軍など、魔物に『食え』と言っているようなものだ。⋯⋯死ねばいい」

 言葉の端から、抑えきれない殺気が刃のようにこぼれ落ちる。

 その「死ね」という言葉に、ソーフィアはふと遠い日の自分――あの婚約破棄の日に投げつけられた罵声を重ね、わずかに目を伏せた。

「私が、もっと強ければ、こんなことにならなかったのかもしれないわ」

「どういうことだ?」

 即座に反応したステファンがソーフィアを覗き込もうとした瞬間、アンナの「除菌スプレー(改)」が二人の間に差し込まれた。

「そこまでです、ノクスドラク。貴方も不浄な王子と同じ目でお嬢様を見ないでください。ここで死にます?」

「⋯⋯ほざけ」

 ステファンは吐き捨てて顔を逸らしたが、その胸の奥では、ソーフィアの吐露した言葉がトゲのように刺さっていた。


 奥へ進むにつれ、陽の光は鬱蒼とした木々に遮られ、空気は湿り気を帯びて重くなっていく。

 森の息吹は、次第に「警告」から「敵意」へと形を変え、三人の肌をチリチリと焼き始めていた。


 ガサ、と大きな影が草むらから出てきた。オーガが三体、ハイオーガが一体。

「まっ、魔物!? で、殿下をお守りしろっ!」

 騎士たちは剣を構え、馬車の周りを囲い込んだ。魔法を使おうと口々に詠唱をするが、魔物の討伐に慣れていないのだろう、狙いが外れている。

「おい! 冒険者ども! 何を突っ立っている! 早く討伐せぬか!」

 騎士団長がツバを飛ばしながらステファンに向かって怒鳴り散らす。だが、彼の持つ剣の柄は震えでカタカタと鳴っていた。

 そんなステファンは腕を組んで片眉を上げ、不敵に笑う。

「いや? 王家の優秀な騎士様方の実力をみようと思って?」

「グオオオ⋯⋯!」

 魔物が咆哮を上げる。それはまるで「美味そうな餌」を見つけた喜びの声のようでもあった。

「ヒィィ!」

 オーガたちはジリジリと近づいているものの、攻撃してこない。餌の順番を見定めているのだろう。そんな魔物に近衛騎士達は悲鳴を上げる。中には腰を抜かし、這いつくばって逃げるものまでいた。

「ちっ、役に立たんな」

 ステファンは双剣を抜き、一閃。オーガの首を三体、一気に落とした。彼の新しい双剣は黒くつややかで、見方によってはステファンの瞳のような紅を反射し、微かにソーフィアの魔力が感じられる。斬れ味は良く、軽く振るだけで血も取れる、最高の逸品だ。

 アンナは右ストレートでハイオーガの腹に穴を空けていた。(ソーフィアに返り血を拭き取ってもらっていた)

「う、うわああああ! ば、化け物⋯⋯!」

 騎士たちの悲鳴がさらに大きくなる。

「うるさいですよ、凡人が。騒がしくするとさらに魔物が来ますよ」

 アンナの言葉通り、木々の影からさらに多くの魔物が近づいてくる気配がした。

「来たな。面倒だ。ソーフィア、実力を見せてやれ。こいつらが黙るように、な」

「はい!」

 悲鳴につられてやって来た魔物の群れに向かって、ソーフィアは一歩前に踏み出し、両手を構えた。


(――私の中の魔力よ、魔物を屠る力に⋯⋯!)

 轟音とともに白銀の光が彼女の手のひらから放たれた。

 それは森の木々を傷つけることなく、向かってくる魔物達を眩い光に包み込み――、跡形もなく消し飛ばした。

「良くやった」

「⋯⋯ええ」

 ぽん、と労るようにソーフィアの頭にステファンの大きな手が置かれる。ソーフィアははにかみながら頷いた。

「ななな、浄化魔法だと⋯⋯!?」

「無詠唱⋯⋯!? 一介の冒険者ごときが⋯⋯」

 騎士達は人族の常識を超える魔法の行使に畏怖を覚えたのか、顔が青ざめている。口先だけ吠えていた騎士団長すらも、口をパクパクとさせて言葉を告げないでいた。

「ふふん、見たかお嬢様の美しき魔法を! この時マントがほどよくはためくことでお嬢様の曲線美がチラリと映えるのです!」

「どおりでよくはためくと思ったわ! あなたの仕業ね、アンナ!」

「だってぇ〜」


「おい! 何をモタモタしている! 魔物共を倒したのか!?」

 ソーフィアの魔法を目の当たりにした騎士達が息を呑んで動きを止めている中、先程まで情けなくも馬車の中で震えていたカイルが小窓を開けて怒鳴った。

 それを冷たい双眸で一瞥し、ステファンは軽く息をつき、双剣を鞘に収める。

「騎士様方の実力はよく分かった。これからはリーダーであるこの俺の指示に従ってもらう」

「し、しかし⋯⋯」

 なおを言い募ろうとする騎士団長を一瞥すると、彼は黙り込んだ。

「余計な口は利くな。死ぬぞ。そこの馬車の中の二人もな」

「なっ、なんだと!?」

 カイルは憤慨するが、カタリナは両手を握ってうっとりとステファンを見つめていた。

「やだもう、キュンキュンしちゃうわ⋯⋯」


 だが、軽口を叩く暇は、森の入り口で終わっていたのだった。

 一行が古竜の痕跡を目指し、さらに森の深淵へと潜り込むにつれ、空気の重苦しさは増していく。

 森は、不遜な侵入者を拒むように、次から次へと「異形」を吐き出した。

「――また来たわ!」

 ソーフィアの声と共に、木々の隙間から、先ほどとは比較にならない数の魔物が溢れ出す。

 騎士たちは恐怖で使い物にならず、ステファンとアンナが前線を死守する中、ソーフィアは広範囲魔法を連発せざるを得なかった。

 一波を退ければ、即座に次の二波。

 休む間もなく放たれる魔力の閃光が、森の闇を白く焼き続ける。


 絶え間なく襲い来る魔物の群れ。彼らはもはや「捕食」ではなく、何か巨大な恐怖から逃げ惑う死に物狂いの突撃だった。

「⋯⋯っ、は、ぁ⋯⋯」

 ようやくその波が切れた瞬間、ソーフィアの膝が微かに震えた。

 慣れない連続魔法の行使。魔力切れに近い虚脱感が彼女を襲う。


「ソーフィア」

 ステファンが小さな声でソーフィアの名を呼び、その腕を軽く引き寄せた。

 背後のアンナが騎士たちを「除菌」している隙を見計らい、彼は自分の指先を噛み切る。

「血⋯⋯? ステファン何を⋯⋯っ!?」

 自身を傷つけるという行為に驚くソーフィアの問いには答えず、彼は無言でその指をソーフィアの口の中へ突き刺した。

 突然の事態に拒絶することは許されず、ソーフィアはその意思に反して、指から滴る血を舐め取る。


――熱くて甘い、鉄の香り。


「⋯⋯飲んだな」

 指を引き抜きながら言うステファンの声は、少し掠れていた。

「けほっ、いきなり、何⋯⋯」

 荒い息を吐きながら、ソーフィアはステファンを見上げた。だが、ステファンは彼女に羽織っていたシャツを投げつける。

「んぷっ⋯⋯!」

「預かってろ」

 彼女の顔にステファンの体温が残る布が覆いかぶさる。

「ちょっと、何を――」

 予想外の行動に憤慨しながら、ソーフィアは布の間から顔を出した。


 シャツの下に隠されていたのは、首筋までを覆う黒のハイネック。だが、その造りは異様だった。

 両肩は剥き出しになり、広く強靭な背中――特に肩甲骨のあたりは、まるで何かが突き破るのを待っているかのように、大きく円状にくり抜かれている。

 露わになったのは、無駄な脂肪を一切削ぎ落とし、鋼のように鍛え上げられた褐色の肉体。

 浮き出た背筋の溝、そして呼吸に合わせて波打つしなやかな筋肉の躍動に、ソーフィアは息を呑んだ。人族のそれとは明らかに密度が違う、暴力的なまでの「雄」の美しさがそこにはあった。

「ステファン、その格好⋯⋯」

「⋯⋯後で見ろ。お前は後方で守護の結界を張れ。俺が前で蹴散らしてくる」

「私、まだ戦えるわ!」

「⋯⋯役立たずなど言っていない。だが、俺達の仕事は『護衛』だ。俺が暴れてくる間、背後を頼めるのはお前しかいない。⋯⋯頼んだぞ、ソーフィア」

 普段の乱暴な口調とは違う、切実な響きを含んだ「頼んだ」という言葉。

 ソーフィアが息を呑んだステファンは地を蹴った。

「ステファン!?」

 彼は森の深淵へと消え――直後、上空から凄まじい衝撃波が降り注いだ。



「⋯⋯え?」

 カタリナは馬車の小窓から見てしまった。暗雲の隙間、雷光に照らされた上空を。

 そこには、漆黒の翼を広げ、月を背負って舞い踊る「人を超えた何か」の影があった。

(――まさか、竜人族⋯⋯?)

 震えるカタリナの横で、カイルが下卑た笑みを浮かべ、その瞳を欲望にぎらつかせる。

「⋯⋯ふふ、そうか。やはりあれも実在したか。あの『力』を、あの『鎖』を繋ぐべき首を、私はついに見つけたぞ⋯⋯」



シャツの下にそんな格好で……!ステファン、変態ですね……!

筋肉は世界を救いますとも、ええ!

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