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黒竜王と黄金の太陽  作者: ホシクズノソラ
第二章 ピンクの受難と弁償の双剣
5/12

1.運命は桃色に濡れて

章立て短いですが、おおよそ2万字を目処に章を構成しています。

ハイスピードで突っ込んでいくぜ……!

この章は「桃色」注意報(警報?)出しておきます。苦手な方はブラウザバック推奨します。

(肌色注意!)

1 運命は桃色に塗れて

 冒険者達は基本酒飲みである。無事に生きて帰ってこれたことへの感謝で飲み、仲間が死ねば弔いのために飲む。酒場は冒険者達の憩いの場でもあった。

 「銀酒」。そこもまた、サザランズの冒険者達の集う場の一つである。

 そこに「彼」はいた。琥珀色の液体をグラスいっぱいに注ぎ、あおるように飲んでいる。酔っぱらいが騒ぎ立てる中、彼は一人静かにカウンター席に座っていた。


 血で汚れたコートは着たままに、酒精の強い酒を飲んでいる彼の名はステファン・ノクスドラク。渓谷での魔物調査、討伐を終え、ギルドに証明となる魔物の首を提出した。


 くい、とまたグラスをあおる。ステファンは苛立っていた。

 ここ数年、サザランズの街にいるとなぜか妙に胸が騒ぐ。

(なんだ、この気配は。殺気とも違う、この浮き立つような高揚感。そして、この香り)

 サザランズのギルド周辺に漂う甘い甘い香り。ステファンだけが感じる、特別な。

「⋯⋯まさか、な」

 もう一度グラスを傾ける。

「ステファンじゃん! あたし達と飲もーよ!」

 隣の席で女性の冒険者パーティーがステファンを誘った。彼はそれを一瞥するや、ゴト、とグラスを置く。

「興醒めだ」

「えー? やだぁ、ステファンー」

彼はSランク冒険者、ステファン。明日も一人難易度の高い依頼を受ける――。



「お嬢様、改めまして昇給おめでとうございます! 私からはお祝いとして、新しい防具のプレゼントです!」

 どこから出したのか、アンナは皮の防具を差し出した。

「飛竜の皮を使っているので、軽くて丈夫! 多少の魔法体制もあるのです! あと、動きやすいようなブーツもございますよ!」

 アンナはウキウキとしてソーフィアに着せる。飛竜の皮はつけている感じがしないほど軽かった。だが、叩くと硬質な音がする。防御力はたかそうだ。しかも可愛い。

「ありがとう、アンナ。でも、あの、ただの防具よね⋯⋯? おしゃれは関係なくない⋯⋯?」

「お嬢様、変に無骨にされますと余計危のうございます。『隙がある』と勘違いした不浄な輩がハエのように群がって参りますから。美しく装うことは一種の結界となるのですわ」

 妙に真剣なアンナに、ソーフィアは首を傾げた。

「そう、なのかしら?(結界⋯⋯?)」

「そういえばお嬢様、本日ですが⋯⋯」

 アンナは口を重そうに開いた。


「えっ、アンナは指名依頼が入っちゃったの!?」

 申し訳ありません、と謝られ、ソーフィアはやや不安になった。アンナに鍛えられて多少の(多少どころではない)魔物を倒すことができるようになったものの、保護者同然であるアンナが一緒に来ないのはなんだか落ち着かない。

(でも、私もCランク冒険者だもの。アンナに頼り切りはダメよ)

「お嬢様、本日はお休みなさったほうが。私も一日中の指名依頼ですし、こればかりは抜けられず⋯⋯」

「ううん、これもまたいい経験だわ。あっ、これは? 『ヒカリゴケの採取』。薬草採取なら一人でもできるし、危険度も低いわ」

「では、私は超特急で依頼を終わらせてきます。ヒカリゴケですとジメジメしているところですね、その辺はスライムが多いのでお嬢様もお気をつけて」

「アンナもね」


 掲示板を見てそんな会話をする二人の後ろで、女性冒険者パーティーが受付嬢とこんな会話をしていたのは気が付かなかった。

「ええ!? それは大変でしたね」

「でしょ? ものすごく巨大だったから、私たちも飲み込まれちゃって、装備全部ぱぁ。この子はフルメタルだったから助かったけど、私たちはもう、ほんと最悪。一応、危害はないんだけど、ちょっとアレだから、注意喚起してもらおうと思って」

「分かりました。巨大ピンクスライムの注意喚起を掲示板に貼っておきます。情報ありがとうございます」


 この時、ソーフィアがほんの少しだけ背後を振り返っていれば。

 のちに「最悪の出会い」と語り継がれるあの悲劇は、あるいは回避できていたのかもしれない。



 通い慣れた森の奥深く。木々が生い茂るからか、昼間なのに薄暗くジメジメとしている。

「⋯⋯あったわ、ヒカリゴケ! こんなにたくさん⋯⋯!」

 採取に夢中になるソーフィアは気が付かなかった。背後から忍び寄る巨大な影が迫っていることに。


 ぬちゃあ。


「⋯⋯え?」

 背中に何か粘着質な液体がのしかかった。慌てて振り向いたが遅く、視界にはピンク色の巨大な何かがソーフィアの体にまとわりついていたのだ。

「やっ! 何これ!? スライム!? ⋯⋯離してっ!」

 ドォン! と、魔力を放出するが、核まで届かないのか、スライムの一部を吹き飛ばすだけでまた飲み込まれていく。スライムの欠けた部分はすぐに元通りになっている。

 しゅわぁ⋯⋯。嫌な音が聞こえた。恐る恐る下を見ると、装備品が溶けている。

「えっ、やだ! アンナからもらった飛竜の防具! うそ!?」

 みるみるうちに溶けていくのをみたそーフィアは青ざめた。このままでは自分も消化されてしまう。

「⋯⋯っ、だ、誰かっ!助けて!」


 その頃、ステファンはややぐったりとしながら森を歩いていた。今回の依頼でついに双剣の一本が折れてしまった。

「武器屋へ行かなければ⋯⋯。はあ、街に帰りたくない⋯⋯」

 怨嗟のような言葉がため息とともに吐き出される。


 街に漂うあの「香り」。何となくだが原因は心当たりがある。それは恐らく「つがい」だ。

 ステファンは竜人族だ。竜人族は番を判別できる。

「番なんて、魂の呪いのようなものだ⋯⋯」

 ステファンは忌々しげに吐き捨てた。

 竜人族にとって番は、たった一人の「魂の片割れ」。一度その存在を認識してしまえば、抗うことのできない渇望に支配されるという。

「あの街にいるということは、おそらく短命な人族だろう。⋯⋯勝手に生まれ、さっさと寿命で死ねばいいものを。何故、俺の平穏を乱すような香りを振りまく」

 人族との間に刻まれた、血塗られた歴史。種族を隠し、孤独に生きる彼にとって、その「運命」は祝福ではなく、避けるべき「受難」でしかなかった。


 しかし、会わなければどうとなることもない。ステファンは番に遭遇しないように、長期間の依頼を進んで行っていた。面倒だからだ。ステファンは面倒臭がりな男だった。


「⋯⋯、⋯⋯!」

 遠くから微かに悲鳴が聞こえた。恐らく女。

「面倒だ⋯⋯」

 もう一度言おう。ステファンはかなりの面倒臭がりだった。そして口下手で不器用な男である。

 だがステファンは何となくその女を助けに行こうと思った。普通ならば、冒険者は死と常に隣り合わせであり、自衛できないものはそれまで、という考えであったにも関わらず。

 これはきっと運命の女神がそうさせたのであろう。



(――近い。近すぎる)

 森の奥へ進むほど、あの「甘い香り」が濃くなっていく。ステファンは鼻をつく湿り気を帯びた空気の中に、混じりけのない清廉な魔力を感じ取った。

 竜の血が、心臓を早鐘のように打つ。まるで「片割れを見つけた」とでも言いたげな、魂の震え。

「⋯⋯ふざけるな。よりによって、こんな場所で⋯⋯っ」

 逃げ出したくなるほどの渇望を抑え込み、彼は折れた双剣を握りしめた。

 木々が生い茂る森の中、緑色の植物に囲まれる中に、異色のものがあった。

(――何だ、これは? ピンクスライムの変異種⋯⋯?)


 ピンクスライム、通称「スケベスライム」。布や皮を好んで食べ、生きた動植物は食べない。つまり、皮の防具や衣服を溶かしてしまう。性別関係なく襲うが、男性は大抵メタル装備だったりするので、女性冒険者がよく犠牲になっている。ただ、大きいと言っても大人くらいの大きさなのだが、このスライムは家ほどの大きさであった。


(⋯⋯なっ⋯⋯!?)

 巨大な、どろりとした桃色の塊。それが、一人の少女を執拗に絡め取っていた。

 今まで見たどの女よりも美しい肌。それが、ピンク色の粘液に濡れ、無惨にも⋯⋯そして羞恥的なほどに露出していた。

 女の纏っていた上質な飛竜の皮が、見るも無惨に溶け落ちていく。同時に、服という服がスライムに消化されていくのが見えた。

「ま、待て⋯⋯! 動くな⋯⋯! いや、動け! ⋯⋯くそっ、見たくない! だが助けなければ⋯⋯!」

 ステファンは顔を真っ赤にし、視線を彷徨わせた。

 見れば、彼女の閉じられたまぶたには涙が流れている。それが「番」の涙だと悟った瞬間、ステファンの理性は音を立てて崩壊した。

「⋯⋯この、下劣なスライムがぁぁっ!!」

 もはや何に対しての怒りかも分からない咆哮を上げ、彼は折れた剣を振り下ろした。


 スパーン! ピンクスライムは核を切られ、風船のように割れた。

 バシャン! と粘液がこぼれ、中から女が一人落ちて来た。

「⋯⋯!」

 ステファンは彼女を片手で抱きとめた。全身は粘液でベトベトに塗れ、着ていたものはほぼ溶かされている。

 勝手に動きそうになる体を、理性を総動員させて押し留める。彼女がまつ毛を震わせ、視線を上げた。ステファンと目が合う。

 そして――。

「やっ、きゃああああっ!!」

 バッチーン! と彼の頬に衝撃が走った。掌に魔力が乗せられていたのだろう、普通の人族であれば首が吹っ飛ぶだろうそれは、ステファンはたたらを踏んで耐えた。

 素早く彼女を降ろし、後ろを向きながら自分の着ていたコート(やや血まみれ、土ぼこり付き)を投げつける。

「うぶっ? ご、ごめんなさいっ」

 声は鈴を転がすように美しく、その音を聞くだけで心臓が音を立てる。その心とは裏腹に、ステファンの口は正反対の言葉を紡いだ。

「それでも着ていろ。⋯⋯なんだお前は、素人か? 冒険者は命のやりとりをする。そのまま死んでいたかもしれないんだぞ。ままごとは家でやれ」

「な、そ⋯⋯そこまで言わなくたって⋯⋯」

 気がつくと彼女は目に涙をいっぱいに浮かべて、泣くまいと堪えている。いや、一筋こぼれた。

「っ!」

 その涙を見た瞬間、ステファンの心臓は変な音を立てた。

(な、泣かせてしまった⋯⋯!?)

 彼女はごしごしと手の甲で涙を擦り、キッとステファンを睨みつけた。鼻の頭が赤くなっている。

「たっ、助けてくれたことは感謝しますっ! ありがとうございました! ではっ、私はこれで!」

「あ、おい!」

 ぶかぶかのコートを掻き抱き、彼女は裸足で森を駆けていった。

「⋯⋯名前⋯⋯」

 伸ばした手はそのままに、ぽつりとステファンは呟いた。



 逃げるように走りながら、ソーフィアは無意識に、羽織らされたコートの襟元に顔を埋めていた。

 そこから漂ってきたのは、決して不快な「獣の臭い」などではなかった。

(⋯⋯森の匂い。それに、焚き火⋯⋯?)

 深く、どこまでも深い緑の香りの奥に、パチパチと爆ぜる火を連想させる、かすかな熱を持ったスモーキーな香りが混じっている。

 けれど、その根底にあるのは、驚くほど清潔な石鹸のような清涼感だ。そして天気のよいときに干した、お日様の香り。

 野性味があるのに、どこかひどく几帳面で、高潔な誰かがそこにいるような――。

(怖い人だったけど⋯⋯この匂い、なんだか⋯⋯)

 心臓の音がうるさいのは、走っているせいだけではない気がした。


 宿の看板が見えてきて、ようやくソーフィアは肩の力を抜いた。

「おや、ソーフィアちゃん!? どうしたんだい、その格好!」

 宿のおかみさんが心配そうに駆け寄ってきた。いつもの格好でなく、男物のコートに身を包んで、しかもなんだかベタベタしている。心配されて当然だ。ソーフィアの瞳にうるっと涙が滲む。

「おかみさん〜! 森で、その、変なスライムに⋯⋯」

 その単語だけで彼女は納得するように頷いた。

「災難だったね。ケガはないかい?」

 そっとおかみさんさはソーフィアを抱き寄せた。臭くて埃っぽくて、ベタベタしているだろうに、そんなことも気にしない。おかみさんはソーフィアの第三の母であった。(ちなみに第二の母はアンナである)

「さ、気持ち悪いだろう。お風呂入ってさっぱりしな! アンナちゃんももう少しすればきっと帰ってくるよ」

「はい、ありがとう、おかみさん」

 やっと、ソーフィアは小さく笑みを見せたのだった。



 一方、森では。

「⋯⋯⋯⋯もっと、言い方があったろう、俺⋯⋯」

 木に両手をついてうなだれる男、ステファンの姿があった。スライムの残骸が地面をピンク色に染め上げている。まだ周囲には彼女の香りが残っていた。


(――なんだ、あれ。女神か?)

 抱きとめた体の柔らかさ。甘い甘い濃厚な香り。いつまでも聞いていたくなる声。

 慌ててコートを投げつけてしまったが、しっかりガッツリバッチリ焼き付けてしまった。もっちりとした双丘。キュッと引き締まった細い腰。形のよい尻。すらりとした肢体。

 なけなしの理性を総動員させて本能を抑え込んだ。頑張った。

「いや、待て⋯⋯俺のギルドカードは⋯⋯。あっ、コートに入れっぱなしか!?」

 やってしまった。依頼の収受はギルドカードを通して行なわれる。再発行か。面倒だ。

「ん?」

 木の根元にキラと光るカードが。

「ギルドカード⋯⋯? 俺の、ではないな。これは、さっきの⋯⋯?」

 見ると、「ソーフィア・Cランク」と刻まれていた。彼女が大切にしているであろうこれを返しに行くという口実ができたことにほくそ笑む。いや、直接会って正気を保てるのか?


 先ほどの光景がまた浮かぶ。もう、限界だった。

 だらり。ステファンの鼻から血が噴き出したのだった。

 それから三日。ステファンが平常心を取り戻すまでにかかった時間である。



これ、ギリギリアウトじゃ……と戦慄しながら書いてる作者。

今更ながらこの作品公開することに後悔しています。(でもやめない)

読んでいただきありがとうございます。

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