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黒竜王と黄金の太陽  作者: ホシクズノソラ
第一章 棒切れ令嬢、冒険者になる
4/14

4.羽化する少女と渓谷の死神

ソーフィアの成長。

タイトル重めですが、重くありません。うっすらです、うっすら。

「お嬢様の成長が、魔物の成長速度を凌駕している⋯⋯。今日は四着もボタンが飛ぶなんて⋯⋯!」

 夜も更ける頃、アンナはブツブツと呟きながらソーフィアの服のボタンを付け直している。

 素材は軽くて丈夫な物を選んでいるはずなのだが、外側からの攻撃よりも内側(主に胸部)からの圧力でボタンが負けるのだ。

「お嬢様の肉体改造計画は大成功でしたが、これは予定外でしたね⋯⋯!」

 糸よりも丈夫な魔物の腱を使ってせっせとボタンを縫い付ける。その手に持つ針は極太で、仕上げは糸切りバサミ……ではなくペンチだ。バチン、と音がして、アンナはペンチを置いた。

「⋯⋯ふう、施工、じゃなかった。修繕終わりですね」


 数週間後。魔物の攻撃を避けようと上半身をひねったソーフィア。その時、上着のボタンがブチィッと音がして弾け飛んだ。

「⋯⋯アンナ〜、ごめんなさい⋯⋯。また、ボタンが……」

 上着を掻き抱き、真っ赤になったソーフィアはアンナに泣きつく。そろそろ服も新調したほうがいいかもしれない。

 有能侍女は今日も夜な夜なボタンを付けるのだ。


「お嬢様! 今日の食ざ⋯⋯ゲフンゲフン、依頼は『アポカリプスの実の採取』ですよ!」

「待って、アンナ!」

 勢いよく走り出すアンナの背を慌てて追う。背後から冒険者達の声が掛かった。

「頑張れよー」

「はい!」


 初陣の一件からソーフィアはFランクにも関わらず、一目置かれるようになった。

 というより、近づくと物理的に危ないというギルド内での暗黙の了解が出来上がっていた。

「⋯⋯おい、こんな依頼、あったか? 『サザランズの森の地形調査』だとよ。依頼主は⋯⋯辺境伯かよ、面倒だな」

「しょうがねえさ。ソーフィアちゃんと姐さんが、こないだのやつだろ? ほら、ブラッディベアー持って帰ってきた時の。すごい戦闘したらしくて、地面がえぐれたりしたんだと」

「無事でよかったよなあ、ソーフィアちゃん」

「違う違う。地形変えたのはソーフィアちゃんだよ」

「⋯⋯マジ?」

 冒険者達はこんな会話を交わしたとか。



「おっとー? このアンナ、道を間違えました!」

「ええっ!? 大丈夫? って、いやあああ! 魔物ー!」

 ズガアアアン……! 

「きゃー! 今度は大きな穴が!」

 ある時は沼を作り。

「お嬢様、後ろ、後ろ!」

「え? ぎゃー!」

 ドゴーーーン! 

 またある時は山を削り。

 着実にソーフィアはサザランズの地形(の一部)を変えていった。


「最近は地形調査の依頼、来ねえな」

 タバコをふかしながらギルド長――スティーブがぼやいた。

「そうですねえ、最近は難易度の高い依頼も皆さん奪い合うように受けていきますしね。それに、Sランクの方が長期間の依頼も受けてくれて、助かってます」

 受付嬢も言いながらチョコレートを口に入れた。サザランズは今日も平和だ。


「お嬢様、来ました!」

「もう、あなたは美味しくないのよ!」

 ズガガガガン!

 アンナの指導(?)のもと、ソーフィアは着実に冒険者としての腕を上げていった。



 ――アステリアの王宮では。

「なんでこんな仕事があるんだ!」

 アステリア王国第二王子、カイルの喚く声が響いていた。

「殿下のお仕事は、全てソーフィア嬢が、やっておりましたので⋯⋯」

「ええい、あんな枯れ木の名など出すな!  耳が穢れるだろう! 私の仕事はもっと減らすよう、各部署に確認させろ」

「で、ですが⋯⋯」

「仕事を減らすことも重要な『お仕事』ではないの? それができないなんて、能無しでしょうね」

 豪華なドレスに身を包んだカタリナがカイルの体によりそう。

「私とカタリナの時間を奪うことは許さん! さっさと去れ!」

「は、はっ⋯⋯失礼いたします」

 深々と頭を下げて退出した文官は、重厚な扉が閉まった瞬間に、誰にも聞こえないほど小さな声で吐き捨てた。

「枯れ木、ですか。⋯⋯あの御方が一手に引き受けていた膨大な業務を、殿下は『仕事がない』と笑っておられたのですね。⋯⋯道理で、机が真っ白なわけだ」

 文官の手元には、ソーフィアがいなくなったことで滞り、今や崩壊寸前となっている物流と予算の報告書が握られていた。

「⋯⋯王太子殿下がお戻りになるまでに、この国が持つといいのですがな」

 主を失った執務室には、もはや持ち主のいないペンと、使い道の分からない贅沢な香水の匂いだけが虚しく漂っていた。

 ――そんな腐りかけの王都の喧騒など、もはや届かぬほど遠い場所。

 サザランズの朝は、いつだって清々しい魔物の咆哮(とおかずの匂い)から始まる。

 

「はっ、不浄の気配⋯⋯!」

 昼食を作っていたアンナは何かを感じたのか、顔を上げた。ソーフィアは食材を調達しに、市へ買い物に行っているため不在だ。

「⋯⋯こうしてはいられないわ! お嬢様の危機!」

 そう言ってアンナはエプロンを脱ぎ捨て、スプレーボトルを引っ掴んで慌ただしく部屋を出ていった。


 一方、ソーフィアは、パン屋の息子に粉をかけられていた。

「そ、ソーフィア、今度さ、新作出すんだ。次の安息日、く、食いに来いよな!」

「えっ、新作? 食べた――「お嬢様に粉をかけるのはおやめください!」

 ズサアアアアッ! とアンナがパン屋に現れた。そしてブシュアアとボトルのノズルを引く。

「おわあああ! あああアンナさん!?」

 飛び上がる息子。残念、ソーフィアを誘うことはできなかった。

 ソーフィアの身辺は、アンナの並外れた察知能力によって守られていたのだった。


「もう、アンナったら大げさなんだから。新作のパン、楽しみにしてたのに⋯⋯」

「お嬢様、甘い誘惑には毒がありますわ。さあ、今日はとびきり強靭な魔物の肉が手に入りました。これを食べて、明日の依頼に備えましょう!」

 ドタバタと騒がしく、けれど温かいサザランズの日常。

 かつて王都で凍えていた心は、アンナの作る滋味溢れる料理と、この街の少し荒っぽい優しさによって、着実に、そして驚くほど豊かに、その蕾を膨らませていった。



――そして、四年後。

 十九歳になったソーフィアは輝くばかりの美しさと、圧倒的なスタイルを持つ女性へと成長していた。

 かつてぱさついてボサボサのくすんだ金髪はうるうる、ツヤツヤのまばゆい金髪に。白くキメの細かい肌、秋空のような澄んだ青は生気に満ち、長いまつげが目を縁取る。スラリとした手足、ボタンが取れないよう、アンナ特注の服に身を包んだ胸はバインと揺れ、コルセットなしでも引き締まった腰、形のよい尻は若い女性の憧れの的だ。


「ソーフィアちゃん、これ、おまけな!」

「ありがとう! おじさん!」

「えらいべっぴんになってぇ! 何食べてんだい?」

「アンナの手料理よ!」

 市場のおじさんや宿のおばさん達からは、可愛い娘のような女の子とみられているが、ギルド内では「食通の破壊神」として恐れられている。

 若い冒険者や店の男達はそれを知らないので、たまにソーフィアをデートに誘おうとしてくる。

「ソーフィアちゃん、今度俺と飯行かねえ?」

 その声に反応して、アンナが除菌スプレーを構えた。

「おっと、不浄の気配を感じました。除菌します」

 プシュシュシュー。

「のおおお! 目が、目がぁーっ!?」


 アンナは、最近は衛生面が気になるのか、「除菌」と称してスプレーでソーフィアに声を掛けてくる男達に液体を掛けまくっている。

「アンナ、そんな気にしなくても、私は風邪なんて引かないわよ? アンナの料理を食べているんですもの」

 クスクスとソーフィアは笑う。

「いいえ! お嬢様に粉をかけようとする輩は排除しなければなりません!」

「粉なんて⋯⋯そんな嫌がらせ、受けたことないのに」

 男女の駆け引きについては箱入りのままだ。



「お嬢様! 依頼のあとはマッサージですよ!」

「はいはい。アンナ、お願いね」

 魔物から採取したアンナ特製マッサージオイルで全身の凝りを解きほぐしていく。

 あの骨ばった体は今や弾力のある肌に鍛えられた筋肉、バランスの良く付いた脂肪に変わっていた。

「んっ、んん〜、気持ちいい⋯⋯」

「お嬢様の大胸筋も、くっ、なかなか手強い⋯⋯っ」



「ついにソーフィアちゃんもCランクね。中堅冒険者、昇格おめでとう」

 受付嬢が新しいギルドカードを手渡した。

「そんな、私なんてまだまだ⋯⋯」

 頬を染めながら、ソーフィアは両手でカードを受け取る。カードはずっしりと重たく、ソーフィアの存在意義を示すかのようにピカピカと輝いていた。

「でもね⋯⋯」

 受付嬢はカウンターに頬杖を付き、にやにやと笑う。

「環境破壊は、もう少し控えていただけるとありがたいのだけど?」

「ごっ、ごめんなさい〜」


 この街では誰もソーフィアのことを「棒切れ」などと呼ばない。

 ここが、ソーフィアの生きる場所だ。

「さ! お嬢様、次の依頼に行きますよ!」

「ええ!」



 一方、その頃。サザランズよりも奥、魔の森に面した前人未到の渓谷では、男が一人いた。

 彼の周囲には魔物の死体があちこちに散在し、血の匂いが充満している。

 ギャアギャア、と魔物の仲間だろうか、威嚇するような声がまだ聞こえた。徐々に近づいてくる影に舌打ちをする。

「ちっ。⋯⋯煩い奴らだ」

 彼は返り血でドロドロに汚れたコートを脱ぎ捨てる。それは、血を吸ってずいぶんと重くなっていた。コートの下は袖がなく、肩甲骨が大きく開いた服を着ていた。そこからバサリ、と黒い翼が生える。


 そして腰に収めたはずの双剣を引き抜く。シュリン。返り血を浴びてもなお切れ味の衰えないそれは、黒く光を反射していた。

「⋯⋯こんな依頼、受けるんじゃなかった」

 呟きつつも双剣を構え、一歩踏み出し、姿を消した。


 ボトボトと魔物の首が空から落ちてくる。それはまるで黒い雨のようで、その地を死体で埋め尽くしていく。

 魔物の声が消えた頃、男が音もなく着地した。双剣の血を払い、腰に収める。彼の背中の翼は消えていた。


「⋯⋯依頼完了」

 呟いて一際大きな魔物の首を担ぎ上げる。

 渓谷はまた、静かになった。


――運命の歯車は、回り始めていた。


やっとヒーロー? 出てきました。長かった。

除菌スプレーは、人に向けて噴射してはいけません。

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