2.お酒のご利用は計画的に
肌色、アハンな表現注意です。
夜。子どもを寝かしつけ終わり、夫婦の部屋へと入ったソーフィアとステファン。この時間は仕事や子育てで追われる二人がでゆっくりできる大切な時間だ。
「ソーフィアはハーブティーか?」
慣れた手つきでポットに茶葉を淹れようとしたステファンを、ソーフィアは制した。
「ううん、私もステファンの飲んでるお酒、飲んでみたい」
琥珀色の液体は竜人族が好む酒で、かなり酒精が強い。
酒を経験する前にステファンと契り、次々と子を宿したソーフィアはまだ酒を飲んだことがない。
「これはかなり強いぞ。ほんのちょっとだけな」
五人目が生まれ、最近ようやく乳離れしたのだ。ソーフィアにはゆっくりしてもらいたい。
そして王宮にはレオンを連れたブランシュが戻ってきており、ステファンも王代理の任をやっと解いてもらった。王補佐は続けているが、ステファンとソーフィアが立て直した執務で、ブランシュでも滞ることなく回っている。
ついでとばかり、翼を出せないソーフィアのために、すぐ王宮に行けるよう、近くに城のような新居を建てた。レオンからは「とりあえず多めに作っとけ!」と言われたたため、子供部屋はとりあえず十部屋ある。
もう半分が埋まっているが、大丈夫だろう。
小さなグラスにほんの少し注いで、ソーフィアの前にコトリと置く。彼女はグラスを手に持ち、香りを嗅いだ。
「⋯⋯なんか、いい匂いね」
「いきなり全部飲むんじゃないぞ⋯⋯っ!?」
自分のグラスに酒を入れながら、視界の隅にグラスを一気にあおるソーフィアが映った。
「んんっ!? 辛い! 喉がじーんってするわ」
「おい!? 水、水飲め! なんでそんな一気に飲む!?」
グラスを空にしたソーフィアはケホケホとむせている。慌ててステファンは水差しを手に取った。
「だって、ステファンがそうやって飲んでるの見て、カッコいいなぁって思って⋯⋯」
どきん。ステファンは一際大きく跳ねた心臓のせいで言葉を失った。
(――俺の番が可愛すぎるんだが!?)
五児の親となろうとも、相変わらずいつまでも新婚夫婦であった。
数分後、ソーフィアの目はとろんと潤み、顔はほんのり赤づいている。そして、何が楽しいのか、うふふと笑っている。
「お酒って、あんまりおいしくないのね。暑いし」
言いながら寝間着のボタンをプチプチと外した。
「ちょ、ソーフィア!?」
思ってもいない行動に動揺したのはステファンだ。素早く窓のカーテン、部屋の入り口の鍵を確認する。
(カーテンは閉まっているな、鍵は⋯⋯掛けた!)
そして部屋の外へ耳を澄ます。子どもたちはぐっすり寝ているのか、泣き声一つ聞こえない。いや、この家の壁は防音加工だ。例え泣いていたとしてもアンナが駆けつけることだろう。
「んー、ステン⋯⋯」
ソーフィアはステファンの腕に絡みつき、その胸に頭を擦り寄せた。彼女は下着をつけていないのか、はだけた寝間着からは、まろびでそうな聖域が見える。
――「ステン」。二人の、閨での呼び名。子どもたちの前では絶対に呼ばない夫婦の小さな秘事。ちなみに、ソーフィアは「フィフィ」である。
ごくり。ステファンは知らず生唾を飲んだ。
(――これはどういう状況なんだ!? 酒か? 酒の力なのか!?)
「⋯⋯ソーフィア、まずは水を⋯⋯」
「ステンもぉ、暑い?」
言いながらソーフィアは彼のボタンをも外し始めた。
「そっ、ソーフィア、何を⋯⋯!」
動揺するステファンをよそに、ソーフィアはうっとりと彼の鍛え抜かれた肌をなぞった。
「あのね、ステン⋯⋯。いつもね、カッコいい⋯⋯」
「⋯⋯っ!」
そして肌をなぞる指が、彼の割れた腹の、引き攣れた傷跡で止まる。
「⋯⋯まだ、痛い⋯⋯?」
お酒の力でとろんとした瞳が、ステファンの古い傷跡を悲しそうになぞる。ステファンはその愛おしい指を絡めとり、手のひらに深く唇を落とした。
「⋯⋯いや、もう痛くも何ともない。これは、俺の戒めだ。この傷を見るたび、俺はいつも思うよ。――あの時、もし俺が死んでいたら、お前という太陽に出会うことはなかったのだと」
ステファンは、はだけた寝間着から覗く彼女の白い肩を抱き寄せ、その首筋に顔を埋めた。酒の香りと、彼女自身の甘い体温が混ざり合い、ステファンの理性をじりじりと焼き払っていく。
「お前と出会い、番となり、この国を背負い⋯⋯。そして今、この家には俺たちの血を分けた五人の宝がいる。⋯⋯この傷は、そのすべてに繋がる道だった。だから、これは俺の誇りなんだよ」
「ステファン⋯⋯」
ソーフィアは潤んだ瞳で彼を見上げると、その首に腕を回し、耳元で熱い吐息と共に囁いた。
「⋯⋯ねぇ、ステン。子供部屋⋯⋯まだ、半分空いてるわよ?」
「⋯⋯⋯⋯っ!!」
ステファンの脳内で、何かが音を立てて切れた。
一気にあおった強い酒よりも、今の彼女の一言の方が、よほど毒性が強く、破壊的だった。
「⋯⋯ソーフィア。お前、自分が何を言っているか分かっているのか? 明日の朝、泣いて謝っても許してやらないぞ」
「うふふ⋯⋯。謝る必要なんて、ないじゃない⋯⋯」
そしてソーフィアは、潤んだ瞳でステファンを見あげた。
「ねえ、ステン⋯⋯。私、あなたが欲しいの⋯⋯。めちゃくちゃにして⋯⋯?」
ステファンの理性は灰燼と化した。
「ああ⋯⋯! お前の願い、叶えてやる⋯⋯!」
ひょいとソーフィアを抱き上げ、五歩で寝台に向かって、ソーフィアを降ろした――。
「すぅ⋯⋯」
彼女は寝息を立てて天使のような寝顔で眠っていた。
(⋯⋯お、お前⋯⋯! 今、最高に煽っておいて⋯⋯それか!?)
天を仰ぎ、咆哮を噛み殺し、悶々としたまま一晩中彼女の寝顔を見守ったステファンの忍耐力は、もはやどの聖人よりも忍耐力を凌駕していた。
翌朝、すっきりと目覚めたソーフィアは、横で目の下にクマを作ったステファンを見て、小首を傾げた。
「あら、ステファン。おはよう。⋯⋯なんだか、顔色が悪いわよ? お酒、飲みすぎたの?」
「⋯⋯誰のせいだと思っている。⋯⋯ソーフィア、お前⋯⋯昨夜のこと、覚えていないのか」
「えっ? 綺麗な色のお酒を飲んで、喉が熱くなって⋯⋯それから、えーと⋯⋯」
その「えーと」の瞬間に、ステファンの理性のダムが決壊した。
「思い出させてやる⋯⋯! 一週間、腰が立たなくなるまで、たっぷりとな!!」
「きゃっ、ステファン――!?」
ソーフィアにはしっかりと六人目が宿ったのだった。
庭で素振りをしていたレオンが、「もう! なんですか、この夫婦は!」とアンナからハリセンでしばかれているステファンを見て、肩をすくめた。
「⋯⋯ははは! まあ、酒の席での約束は高くつくってことだな、ステファン。⋯⋯でもよ、お前らの『仲の良さ』だけは、この国のどんな魔法より強力だぜ」
「⋯⋯うるさい。⋯⋯それよりレオン、お前も飲みすぎるなよ。ブランシュに拉致されて、腰を言わせても知らんぞ」
「へっ、俺は人族だからな。手加減してもらうさ!」
――それから数年の月日が、カザドゥームの空を矢のように駆け抜けていった。
「子供部屋は十部屋ある」と言っていた新居も、今や屋根裏まで改装される始末。
賑やかすぎる日常の中で、気がつけばソーフィアの周りには、個性豊かな十三人の子供たちが笑い、あるいは泣き喚き、ステファンを「パパ」と慕って群がっていた。
十三番目である七女、黒竜のノアが生まれてから三十年と少し。
ようやく子育てから一段落したステファンとソーフィアは原点に立ち返ることにしたのだった。
ついに二桁突入……!




