1.黄金の予兆、響く幸せな笑い声
最終章です。ここから一気に時間が進んだりします。
妊娠などの表現ありますので、ご注意ください。
その日は、穏やかで温かな日であった。
天竜祭も無事に終わり、王代理の執務も難なく片付けられるようになった頃。
ステファンとソーフィアはアンナの淹れたお茶を飲んで休憩していた。
「ソーフィア、少し顔色が悪いが⋯⋯」
「ん⋯⋯、寝不足かしら。最近、眠くて眠くて⋯⋯」
あふ⋯⋯と小さくあくびをする。
「⋯⋯ノクスドラク、ソーフィア様の睡眠時間はきちんと確保しているんでしょうね?」
アンナが眼光鋭く問いかける。その様子にリュカはタジタジだ。
「⋯⋯昨日は何もしていない。というかここ最近⋯⋯。いや、ちゃ、ちゃんと、その、睡眠時間は確保している⋯⋯はずだ」
ステファンはしどろもどろになりながらカップを傾けた。少しピリリとする、ジンジャーティー。疲れた頭には程よい刺激だ。
「ふふ、アンナ、大丈夫よ。最近はなんだかすごく眠くて、⋯⋯ステファンの相手なんて、してらんない⋯⋯」
かくっとソーフィアの頭が傾いた。
「ソーフィア!?」「ソーフィア様!?」「ノクスアニマーレ様!」
「⋯⋯すぅ」
彼女は寝ていた。
「どこか具合でも悪いんじゃないのか」
抱きかかえても起きないソーフィアを寝かせ、ステファンは不安げに呟いた。
やっと落ち着いた頃だと言うのに、今度は何が。ソーフィアが竜の魂を持つ者として、民衆に示し、彼女のカザドゥームでの地盤が確かなものになったというのに。ステファンは恐怖で指先が冷たくなった。
「ん⋯⋯?」
アンナが何かを思い出したかのように懐から手帳を取り出し、ペラペラとめくり始めた。
「な、おい、アンナ、それ何⋯⋯」
「ソーフィア様の体調管理本です。その日召し上がったものや睡眠時間、体調からお肌の具合、スリーサイズまで事細かに記録しております。あっ、見ないでください」
覗き込もうとしたステファンを押しのけ、アンナは先月、先々月までさかのぼる。そして、パタンと震える手で本を閉じた。
「⋯⋯私一人では判断しかねます。医者を」
「そ、そんなに重い病気なのか!?」
「ええ、ええ。大変重いかもしれません」
その言葉にステファンは真っ青になり。
「医師を! 誰か!!」
ステファンの慌てっぷりは大変見ものだったと後にアンナは語る。
「ご懐妊です」
「⋯⋯私が、ですか?」
「文献はあまりありませんが、種族が違う番ですと、魔力が馴染むまで数十年と掛かります。たまに懐妊されないという方も。ノクスアニマーレ様方は余程相性が良いらしいですね。番となって数ヶ月でとは。おめでたいことです」
ソーフィアはまだ平らなお腹を見やる。ここに、命が宿っている。そしてステファンを見上げると、彼もまた赤い顔を片手で覆っていた。
「いや、俺とソーフィアの子⋯⋯。コホン、んん、なんだ、その、子は、多いほうがいいな。その、二十人は欲しいな!」
「いや多くない!?」
「何言ってるんですか、この絶倫トカゲ!」
バチコーン!
アンナのハリセンでしばかれる音がした。
「⋯⋯ステファン、私、お母さんになるのね⋯⋯」
ステファンは、さっきまでの「二十人発言」で赤くなった顔をそのままに、壊れ物を扱うような手つきでソーフィアの手を握りしめる。
「ああ。⋯⋯信じられない。俺とお前の、家族ができるなんて」
ステファンの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。かつて孤独に空を飛んでいた黒竜が、守るべき番を見つけ、そして今、新たな命を育もうとしている。
その光景に、リュカも感極まって目元を拭っていた。
「おめでとうございます、ノクスドラク様、ノクスアニマーレ様! ⋯⋯僕、立派な乳母⋯⋯ではなく、護衛としてお子様をお守りします!」
そんな幸福な空気を切り裂くように、一羽の魔力で作られた伝令鳥が、窓辺に降り立った。リュカが近づくとそれは、金の封筒に変わる。ブランシュからだ。
『ソーフィア、そろそろおめでたなんじゃない? どう、ステファン、私の勘は当たるでしょ〜! サザランズから早く移動してきてよかったわね! あ、こっちも超カッコいい番見つけちゃった! ちょっと今落とし中だから、あと数十年はかかるかも! しばらく王代理、ヨロシクね!』
グシャリ。
手紙を読んだステファンは無言で握りつぶす。その手はふるふると震えていた。
「⋯⋯⋯⋯あの、アマ⋯⋯⋯⋯!」
低く呟き、天を仰ぐ。
「結局、押し付けられたままかよ!!」
アンナはすでに、手帳の新しいページを開いていた。
「文句を言っている暇はありませんよ、ノクスドラク」
きらり、とアンナの目が光る。
「これから生まれてくるお子様のために、まずは王宮全体の『完全滅菌・防音加工・指詰め防止工事』を開始いたします。スカイドラク! ぼさっとしていないで、重い荷物を運びなさいな!」
「は、はい! アンナ殿!」
騒がしく二人が出ていき、部屋にはソーフィアとステファンが残された。
ステファンはソーフィアを優しく抱き寄せ、その耳元で囁く。
「⋯⋯二十人は冗談だが、お前と、これから生まれてくる子が笑っていられる国にしてみせる」
「ええ、ステファン。あなたの隣で、ずっと見守っているわ」
結局、ソーフィアが三人目の出産を終え、四人目を腹に宿す時、ブランシュが番を引き連れ国へ帰ってきた。
「えっ、まだ十年も経ってないじゃない!? 多くない?」
開口一番、ブランシュはソーフィアの膨らんだお腹を見て言った。その口元は引き攣った笑みを浮かべている。
子ども二人を抱っこし、一人を頭に乗せたステファンがややぐったりとした顔でブランシュを向いた。
「⋯⋯やっと帰ってきたな。さっさと俺を代理から解放しろ」
「ええ〜? どうしようかしらぁ?」
「くっ、この⋯⋯!!」
子どもの手前、言葉遣いに気をつけているのか、ステファンは二の句を告げないでいた。その様子にブランシュは朗らかに笑う。
「うっふふふ、冗談よ。でも、補佐は続けてほしいわ。私、書類仕事はさっっぱりなんだもの」
「言い切った⋯⋯!」
「潔すぎるだろ、お前⋯⋯!」
ステファンは思わず絶句した。彼の頭の上では、黒い翼が生えた父似の男の子――ゼノが「ぱぱ、あのおばちゃんだれー?」と指さし、両腕に抱かれた銀と紅の女の子――ルナとセレスは人見知りをしたのか、二人同時にぐずり始める。
ブランシュが連れてきた「番」――レオンは、なるほど彼女が惚れ込むのも納得の、どこか不遜で腕の立ちそうな男だった。
だが、彼は「竜の因子」を持つものの、ブランシュの魔力は感じられない。彼の腰に佩いた剣からは、神々しいまでの魔力が漏れ出ている。レオンは、人族の身でありながら、カザドゥームに舞い降りたのだ。
「はじめまして、国王代理殿。⋯⋯うちの妻がいつも迷惑をかけているようで」
「妻!? 結婚したのか!」
「ええ、あっちの国で盛大にね。だから、カザドゥームでももう一度お披露目パーティーをしなきゃと思って帰ってきたのよ。あ、もちろん費用は国庫からお願いね!」
「⋯⋯⋯⋯アンナ、除菌スプレー。最大出力だ」
「かしこまりました、王代理」
背後で完璧な礼儀を保ちつつ、リュカと腕を組んでいたアンナが、無表情で巨大な噴霧器を取り出した。
「おかえりなさい、ブランシュ。⋯⋯ふふ、賑やかになりそうね」
四人目を身籠り、すっかり「カザドゥームの慈母」としての貫禄がついたソーフィアが、おっとりと微笑む。その首筋には、ステファンが毎日欠かさず愛を注いでいる、艶やかな黒のステラ。
「ソーフィア、あなたも大変ねぇ。こんな絶倫を相手にして⋯⋯。でも、その幸せそうな顔を見れば、私の選択は間違ってなかったって分かるわ」
ブランシュは少しだけ真面目な顔をして、親友の肩を抱いた。
「パパ! お外飛ぶ! 竜になって!」
「⋯⋯仕事が残ってるんだ。明日だ」
「えー! パパのケチー! 黒トカゲ!」
「誰だ、そんな言葉を教えたのは! ⋯⋯アンナか、アンナだな!?」
王宮のバルコニーからは、子どもたちの笑い声と、ステファンの悲鳴にも似た怒号、そしてそれを見守るソーフィアの優しい笑い声が響いていた。
一気に四人目とか……




