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黒竜王と黄金の太陽  作者: ホシクズノソラ
第五章 空に刻む黒の誇り、地に咲く金の翼
23/27

5.黒竜の逆襲、あるいは守護の誓い

甘いっすね。

本日2回目の更新となります。


 祭壇から放たれた光が収まり、静寂が浮島を包み込む。

 ソーフィアは跪いたまま、糸が切れたように倒れ込もうとする。

「⋯⋯ぁ⋯⋯」

 酷使した足裏の痛みと、魔力を一気に放出した反動。視界が白く霞み、意識が遠のきかけたその時――。

 上空の雲を割り、雷鳴のような羽ばたきと共に、巨大な漆黒の影が舞い降りた。

「ソーフィア!!」

 着地と同時に強烈な衝撃波が走り、ヴェイロンが反射的に腕で顔を覆う。

 人型に戻ったステファンは、正装が乱れるのも構わず、地面に膝をついてソーフィアをその腕の中に掻き抱いた。

「ステ⋯⋯ファン⋯⋯?」

「ああ、俺だ。遅くなってすまない。⋯⋯っ、なんだその足は! なぜ裸足なんだ!」

 ステファンの赤い瞳が、泥と血に汚れた彼女の小さな足先を捉え、怒りと悲しみで激しく揺れる。

 彼はソーフィアの肩を抱く手に力を込め、冷徹な殺気を孕んだ視線を、橋の向こう側に立ち尽くすヴェイロンへと向けた。

「⋯⋯ヴェイロン。貴様、俺の目の届かないところで、彼女に何をさせた」

 ステファンの背後で、黒い魔力がどろりと蠢き、巨大な黒竜の幻影が牙を剥く。

 それは「王代理」としての顔ではなく、ただ愛する者を傷つけられた、一頭の狂暴な雄の顔だった。

「ステファン、待って⋯⋯。私、大丈夫よ。⋯⋯祈りは、ちゃんと届いたから⋯⋯」

 ソーフィアが震える手で彼の頬に触れると、猛り狂っていた黒い魔力が、嘘のように静まった。

 ステファンは彼女の手を握りしめ、その掌に何度も、祈るように唇を寄せた。

「⋯⋯分かっている。お前がこの国に何をしてくれたか、向こうからも見えていた。⋯⋯だが、俺にとっては、この国が救われることよりも、お前の足の指一本が傷つく方が耐え難いんだ」

 ステファンはソーフィアを横抱きにし、立ち上がる。そして、今だ立ち尽くしているヴェイロンに向けて飛び立った。

「⋯⋯俺だって、『王』になどなりたくない。今世の王はブランシュただ一人。誰が王に相応しいかは竜神が決めることだ。……お前では『役不足』なのだと、神が決めたんだよ」

「⋯⋯っ」

 ヴェイロンは雷に打たれたようにその場に膝をついた。

「追って沙汰を出す。リュカ、拘束しておけ」

「は、はいっ!」

「ソーフィア様、消毒いたします!」



 ステファンはソーフィアを羽毛のように軽く抱き上げると、そのまま王宮の最上階にある自室へと飛び戻った。

 ヴェイロンの処遇を騎士団に任せ、今はただ、腕の中の温もりを独占したかった。

「⋯⋯ステファン。もう下ろして。アンナに怒られちゃうわ」

「嫌だ。⋯⋯アンナには後で俺がいくらでも説教されてやる。今は、こうしていないと俺の気が済まないんだ」

 天蓋付きのベッドにそっと彼女を横たえ、ステファンは包帯が巻かれたソーフィアの足を、壊れ物を扱うように両手で包み込んだ。


 サザランズの冒険者だった頃、あんなに自由を謳歌していた自分が、今はこの小さな足を守るために国を背負うことすら厭わない。その変化が、自分でも可笑しかった。

(俺のために、ボロボロになりながら祈ってくれた⋯⋯。この国なんて、お前がいないならただの石ころと同じなのに)

 ステファンは跪き、包帯の上からそっと額を寄せた。

「ソーフィア。お前の祈りが、この国を救った。⋯⋯でもな、俺を救えるのは、お前だけなんだ」

 ソーフィアが優しくステファンの髪を撫でると、彼の肩がぴくりと跳ねる。

 窓の外からは、夜明けを祝う民衆の声が遠く響いていた。カザドゥームを包んでいた「灰色の霧」は完全に晴れ、空は朝焼け色に染まり始めている。




「アンナ殿、ここにいらしたのですね」


 振り返ると、そこには正装の胸元を少し緩めたリュカが立っていた。

「⋯⋯何の用です。私は今、王宮全体の『除菌スケジュール』を練っている最中です。邪魔をしないでくださります?」

 アンナはいつものように冷徹な仮面を被るが、リュカは怯むどころか、ふわりと微笑んで彼女の隣に並んだ。


「これ、差し入れです。⋯⋯アンナ殿、甘いものはお好きではないと言っていましたが、これは『ジンジャーと赤い実のタルト』です。なんだか、貴女にはこれが似合う気がして」


「⋯⋯⋯⋯っ!」

 差し出された焼き菓子の香りを嗅いだ瞬間、アンナの鉄の理性にヒビが入る音がした。

 それは百年前、彼女の番が最後に「今度、一緒に食べよう」と約束していた、彼の大好物と同じ組み合わせだったのだ。


「⋯⋯スカイドラク殿。貴方、なぜこれを?」

「分かりません。ただ、厨房でこれを見たとき、胸が締め付けられるような気がしたんです。⋯⋯誰かに、渡さなきゃいけないって。ずっと、ずっと昔から決まっていたような⋯⋯」


 リュカは少し照れ臭そうに、自分の胸元にある「欠けた逆鱗の痣」に手を当てた。

「僕、アンナ殿に叱られている時が、一番⋯⋯安心するんです。不思議ですね。まるで、こうして貴女に怒られるのを、ずっと待っていたみたいだ」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯馬鹿。大馬鹿者」


 アンナの瞳に、堪えていた熱いものが溢れ出す。

「私を⋯⋯置いていって、何が『安心する』ですか。この、愚図、のろま、⋯⋯トカゲ⋯⋯っ!」


「えっ、アンナ殿!? なぜ泣いて⋯⋯ごめんなさい、僕、何か不浄なこと言いましたか!?」

 慌てふためくリュカの胸に、アンナは勢いよく顔を埋めた。

「黙りなさい。⋯⋯今だけです。今だけ、こうして『除菌』させておいて⋯⋯」


 リュカは驚きに目を見開いたが、やがて優しく、かつて知っていたような温かさで、アンナの震える背中に手を回した。

「⋯⋯はい。気が済むまで、どうぞ」




アンナ!!良かったね……!

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