2.竜の舞う国、女王の脱走
ついにソーフィア、お嫁入り(?)
読んでいただき、ありがとうございます!
街外れの開けた場所にて。
ステファンは竜化し、大きな翼を広げていた。
「本当に行っちまうのか⋯⋯」
しみじみした様子でスティーブが呟く。
「ソーフィアちゃあああん!! さみしいぜえええ!!」
「ステファン! 泣かせたら容赦しねえ!」
「ソーフィアちゃん、たまには叱ることも大切よ。男は女心が分かんないからね」
「姐さん! あんたまで行っちまうのかー!!」
冒険者達が見送りにきて、ある意味お祭り騒ぎとなっている。
「高ランク冒険者が三人も居なくなるのはギルドに痛手だが、お前らの席は残しておく」
「ギルドカード、ちゃんと保管しておいてくださいね! お待ちしてますよ!」
ギルド長や冒険者達、受付嬢が言葉を贈る。ソーフィアは笑顔で手を振った。
「皆さん、ありがとうございます!」
「ほら、出発するわよ。みんな、ノクスドラクに乗って」
ステファンに鞍をつけ終わったブランシュが呼びかけた。
厳正なる(?)話し合いの結果、ステファンが竜化して皆を運ぶことにしたのだった。
静かに翼が羽ばたかれた。浮遊感。次の瞬間、ソーフィアの視界からサザランズの街並みが一気に遠ざかっていった。
ぐんぐんと高度が上がる。
「わ、あ⋯⋯っ!」
地上にいた時には考えられなかった、暴力的なまでの風と突き抜けるような青。眼下に広がる雲海は太陽に照らされて黄金に輝いている。
「すごいわ、ステファン! 世界は⋯⋯こんなにも広かったのね!」
『⋯⋯ああ、お前にこの光景を見せたかった』
甘い空気が二人の間に流れ始めた時、ブランシュがわざとらしくため息をついた。
「はーあ、遅! もう少し速くしてもいいんじゃない? これじゃあ、国まで何日かかるのよ?」
ブランシュが鞍の上で脚を組み、退屈そうにぼやく。
『ソーフィアが乗ってんだぞ!? 文句言うなら自分で飛べ!』
ステファンが言い返す。
「まあまあブランシュ様。ソーフィア様と二人きりにさせない作戦ですもの。観光しながら行くのもよろしいと思いますよ」
アンナがなだめる。
『お前ら⋯⋯! なんだその作戦は!? ⋯⋯降りろ! ソーフィアと二人にさせろ!!』
「お断りします」
アンナはにっこりと笑った。にべもない。
「ねえ、やっぱり遅くない? 私が竜化して追い抜いてあげようかしら。あ、でもそうするとアンナも私の背中に乗ることになるから、ステファンが一人になっちゃうわね。名案だわ!」
ブランシュが楽しそうに茶化すと、ステファンは翼を一際大きく羽ばたかせ、機体をわざと揺らす。
『⋯⋯お前ら、いい加減にしろ!! 俺とソーフィアの初飛行を台無しにしやがって!』
賑やかな空の旅はもう少し続きそうだ。
数時間の飛行の後、目の前に突如として巨大な「乱気流の壁」が現れた。
そこは、地図には載っていない、人族が決して踏み込めない竜人族の不可視の結界。
「さあ、見えてきたわ。ここから先が私たちの故郷――竜聖嶺カザドゥームよ」
ブランシュが立ち上がり乱気流を指差すと、その金の瞳はさらに輝きを増した。
ステファンはその巨体に魔力を纏わせた。
『ソーフィア、俺を信じて、しっかり掴まってろよ。⋯⋯ようこそ、カザドゥームへ』
結界に触れた瞬間、ソーフィアの中に宿る『ステファンの逆鱗』が熱く脈動した。
人族を拒むはずの古の魔術が、彼女の中の竜の魔力を認め、まるで道を開けるようにその部分だけ消える。
視界が開けた先に広がっていたのは、空に浮かぶ無数の浮遊島と、天から流れ落ちる巨大な滝。そして、雲を突き抜けてそびえ立つ、白い石造りの壮麗な王宮だった。
「⋯⋯綺麗⋯⋯」
ソーフィアが息を呑んだその時、王宮のテラスから数体の竜が飛び立ち、こちらへと向かってくるのが見えた。
「あら、お出迎えかしらね」
ブランシュはのんびりと言う。
「止まれ! 許可なき竜の接近は禁じられている⋯⋯って、陛下!? ⋯⋯まさか、この竜はノクスドラク公!?」
「ただいまー。ちょっと、殺気立たないでよ。大事な客人も連れてきてるんだから」
王宮のテラスへブランシュは軽やかに着地すると、周囲にいた兵士たちは一斉に跪く。
「おかえりなさいませ、ブランシュ様」
「ほらほら、ソーフィア、降りて」
光景に圧巻されていたソーフィアも慌ててテラスに降り立った。兵士たちの困惑した空気が伝わってくる。
「竜人族⋯⋯? いや、人族⋯⋯?」
「まさか、『番』? でも誰の⋯⋯?」
異種族を拒絶するような視線に、ソーフィアは不安げに胸の前で手を組んだ。好奇と侮蔑を含んだ視線。かつて「棒切れ」と呼ばれていた記憶がほんの少し顔をのぞかせた。
「誰の番かって? ⋯⋯俺のだ」
カツン。竜化を解きテラスへと降り立ったステファンが口を開いた。
その言葉に、兵士たちのざわめきはさらに大きくなった。
「まさか⋯⋯!?」
「王配の第一候補だった方だぞ!?」
「面倒くさがりで出不精のノクスドラク公が?」
なんか最後変な言葉も聞こえたが。
「⋯⋯っ、俺は運命に出会った! ⋯⋯そして無事に真の契りを交わした。こいつはソーフィア。俺の唯一だ!」
ソーフィアの腰を抱き寄せ、髪をかき上げて首にある番の印――黒のステラ――を見せた。
おおおー、と何故かどよめきと拍手があがり、ステファンは忌々しげに舌打ちをした。
一行が王宮の深部、白亜の柱が並ぶ「天空の間」へと足を踏み入れると、待ち構えていた年配の文官たちが一斉に声を上げた。
「陛下! 半年もの間、突如としていなくなるなど何事ですか!」
「国政が滞っておりますぞ! ただでさえ書類を塔のように積み上げるお方が!」
「んんん、急に耳が悪くなったわ⋯⋯。それより、見て! ノクスドラクがついに可愛いお嫁さんを連れて帰ってきたわよ!」
ブランシュが明るく話を逸らすと、文官たちの視線がステファンとソーフィアに集中した。
「なんと、ノクスドラク公! 急に出ていったと思えば、番を見つけて帰ってきたのですか!? 貴殿は王配となる義務を忘れたというのか!」
「よりによって人族など⋯⋯! あの忌まわしい歴史を忘れたのか!」
その言葉に周囲の気温が数度低くなる。ステファンは不機嫌さを隠さず低く唸った。
「王配の件は陛下が認めれば、だ。それに、ソーフィアとはすでに真の契りを交わしている。彼女はもう人族ではない」
ざわり。「真の契り」という言葉を聞き、文官達にざわめきが走る。
「まさか、本当に⋯⋯? 人族が、逆鱗を飲んで生き残ったというのか!?」
「ああ」
そう言ってステファンはソーフィアの腰を抱き寄せ、髪を再びかき上げる。彼女の首筋にはくっきりと、ステファンの番の印、黒いステラが浮き出ている。
カツン、とブランシュが一歩前に出た。
「彼女はソーフィア・ノクスアニマーレ。ノクスドラクの魔力に染まった稀有な子よ。彼らの魂はすでに一つになった。番を持つ男が王配など、私は死んでも嫌」
ブランシュの瞳の瞳孔が縦に伸びる。威圧を放っているのだろうか、文官達の膝が震えている。
「あ⋯⋯へ、陛下⋯⋯」
「も、申し訳⋯⋯」
ふっ、と重圧が消える。そこにはいつものブランシュがいた。
「⋯⋯私はあの男――父のようにはならなくってよ。絶対に番を見つけるんだから。あ、そうだわ、ね、ノクスドラク」
いいこと思いついた、と言わんばかりにちょいちょい、とブランシュは軽く手招きする。
「なんだ、ブランシュ⋯⋯」
近づいたステファンの額に、ブランシュはとん、と指を当て、何事か呟いた。ぱあっと光ったかと思うと、今度はステファンの顔が青くなった。
「これで、よし!」
「⋯⋯お前⋯⋯何したか分かってるんだろうな? ふざけるなよ!?」
満足そうなブランシュに怒鳴りつけるステファン。
「へ、陛下⋯⋯?」
よく分かっていない文官たち。
「たった今、カザドゥーム国王ブランシュの名において、ステファン・ノクスドラクを王代理として竜神に言っといたわ。じゃ、私はこれから番探しに行ってきまーす! 見つかるまで帰らないから、ヨロシク!」
「待て! ブランシュ! 俺だって、ソーフィアとの蜜月が欲しい! 三年くらいいいだろう!?」
「真の契りで一日したからいいじゃない。じゃっ」
とんでもなく軽いノリで片手を上げたブランシュは、窓に手をかけ飛び降りた。瞬間、白く美しい竜となってあっという間に消えていく。ステファンの飛行よりも速かった。
「⋯⋯っ、それは、ノーカンだろ⋯⋯」
天空の間には、うなだれるステファンと困惑するソーフィア、憐れみの目で見るアンナと文官たちが残された。
「⋯⋯やれやれ。相変わらずお転婆な妹だ」
静まり返った広間に、低く冷ややかな声が響いた。
柱の影から現れたのは、灰色の髪を長く伸ばし、冷徹な美貌を持つ男――ブランシュの異母兄、灰竜ヴェイロン・アッシュドラク。
彼はステファンを見て鼻で笑った。
「ノクスドラク。王位に興味がないと言っておきながら、女を連れて戻るなり補佐の座を奪うとは⋯⋯。食えない男だ」
ヴェイロンの視線が、ステファンに抱き寄せられたソーフィアへと移る。その値踏みするような視線に、ソーフィアの身は硬くなった。
「⋯⋯そして、それが噂の『人族の番』か。……ふん、ステファンの魔力で無理やり命を繋いでいるだけの、出来損ないの竜かと思ったが⋯⋯」
ヴェイロンがソーフィアの顔を覗き込もうと一歩踏み出した瞬間。
ドォォォォン! と、ステファンから凄まじい黒い圧力が放たれた。それは周りにいた文官達をも巻き込み、彼らは慌ててこの空間から出ていこうとする。
「⋯⋯アッシュドラク。よく回る口だな。お前、俺の後任をさせたはずだが?」
「⋯⋯っ、ふん。相変わらず野蛮な奴だ。あの仕事を溜めるだけの者の補佐など、するだけ無駄だ」
ヴェイロンは肩をすくめて立ち去ったが、その瞳の奥には、ソーフィアの中に眠る「逆鱗の力」への歪んだ好奇心が宿っていた。
ヴェイロンが去った後も、広間にはピリついた魔力の残滓が漂っていた。
ステファンはまだ不機嫌そうに鼻を鳴らし、ソーフィアを抱きしめる腕の力を緩めない。
「⋯⋯ステファン、もう大丈夫よ。私、怖くなかったわ」
ソーフィアが彼の胸元に手を添えて宥めると、ステファンは吐き出すように溜息をついた。
「⋯⋯あいつ――ヴェイロン・アッシュドラクは昔からそうだ。人族への嫌悪を持ち、力のない者を踏みにじる。ソーフィア、絶対に一人で歩くな。いいな?」
その必死な様子に、ソーフィアは「はい」と頷きながらも、ヴェイロンが最後に残した視線の温度を思い出していた。
それは単なる侮蔑ではない。飢えた獣が獲物を見つけた時のような、どろりとした執着。
一方、廊下を歩くヴェイロンは、自身の手のひらに残るわずかな震えを隠すように拳を握りしめていた。
(⋯⋯面白い。あんな娘の中に、ノクスドラクの逆鱗が完全に溶け込んでいるとはな)
通常、人族に逆鱗を与えれば、その強大すぎる魔力に器が耐えきれず崩壊するはずだ。しかし彼女の瞳は、まるで最初からそうであったかのように「朝焼けの空」を宿していた。
「天空祭か⋯⋯。ちょうどいい、神に捧げる贄は、美しければ美しいほどいいからな」
ヴェイロンの背後で、灰色の影が揺らめき、闇へと溶けていった。
ヴェイロンは自室に戻るなり、鏡に映る自分の髪を忌々しげに指で弾いた。
この灰色の髪。遠目に見れば、あるいは無知な者が見れば、それは王家の象徴たる「白」に見えなくもない。
(⋯⋯黒いだけの竜が、偉そうに⋯⋯!)
ステファン・ノクスドラク。
色の序列で言えば、白の次に位置する漆黒。その圧倒的な魔力の強さと、かつての補佐としての有能さが、ヴェイロンの自尊心を絶えず削り続けてきた。
ましてや、自身が「序列最底辺の灰」であることを、ステファンがブランシュから聞いて知っているという事実は、ヴェイロンにとって耐え難い屈辱だった。
「⋯⋯身の程を教えてやる。白に最も近いこの私が、最底辺の血を引くお前に、そしてお前が選んだ薄汚い人族にな」
ヴェイロンの背後の影から、数人の隠密たちが音もなく現れる。彼らもまた、カザドゥームの「人族嫌悪」の歴史を骨の髄まで叩き込まれた者たちだ。
「天空祭の夜、あの娘を『星の儀式』の祭壇へ連れて行け。⋯⋯あの黒竜の魔力が混ざり込んでいるのなら、竜神への捧げ物としては上等だ。あの男の前で、その命が散る様を見せてやる」
彼にとって、ソーフィアはステファンを絶望させるための「道具」であり、同時に自分の「灰色の血」への劣等感を焼き尽くすための供物だった。
ブランシュ、どこへ行くー!?
こんな王様でよく国が保ってるな。




