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黒竜王と黄金の太陽  作者: ホシクズノソラ
第一章 棒切れ令嬢、冒険者になる
2/12

2.令嬢を脱ぎ捨てて

よろしくお願いします。

誤字脱字は心の目で、そっと伏せてください……



 カツン、とスプーンが器に当たる音がしてソーフィアは現実に引き戻された。ほかほかとお粥から上がる湯気。一匙すくって口へと運ぶ。

「⋯⋯美味しい⋯⋯。こんな、温かくて⋯⋯」

 滋味あふれるスープ。具材はよく煮込まれ、ソーフィアの体調を考えてか、小さく刻まれている。米は柔らかく、薄味だがよく味が染みていた。

 小さな器にソーフィアは時間をかけて食べた。きっと彼女の食べる量は小鳥がついばむくらい。それほどまでに彼女は限界だったのだ。


「そういえば、アンナ。ここは、どこ? アステリアの王都ではなさそうね?」

 窓から見える景色は緑が広がり、王都でよく見る街灯は見当たらない。その疑問にアンナは頷いた。

「はい。王都ではありません。ちょっと移動しまして、ここはサザランズ領の端っこでございます」

「ちょっと待って。サザランズということは、アステリアの辺境、よね? 王都から馬車で五日の距離だったはずよ。記憶がないわ⋯⋯。はっ、もしかして私、五日も気を失っていたの!?」

「いえいえ、昨日の今日でございます」

「アンナって、転移魔法使えたかしら⋯⋯?」

「いえいえ、私はふっつう〜の一介の侍女にございます」

「じゃあ、どうやって!?」


 まあまあ、とアンナはニコニコと笑った。

「細かいことは置いておいて、お嬢様、まだ召し上がります? 腕によりをかけて作りましたので、まだまだありますよ。これからはお腹いっぱい、栄養いっぱいの生活にしていきましょうね」

 誤魔化された気がしないでもないが、アンナの温かな言葉に、ソーフィアはそっと笑った。

「⋯⋯うん」



「⋯⋯侯爵家におられた時は、何もできず申し訳ありませんでした」

 ポツリ、とアンナは悔しそうに漏らす彼女に、ソーフィアは首を振った。

「ううん、アンナがいたからこそ、私は曲がらず生きてこれたの」

 血の繋がりのある家族や王宮では味方のいなかったソーフィアだったが、侯爵家では唯一味方がいた。ソーフィア専属侍女のアンナだ。

「それに、あなたがお父様に反発したら、それこそ私一人ぼっちだったわ。あなたは平民とされているもの。お父様に何をされるか分からなかった。何もしないでって頼んだの、私だもの。謝ることじゃないわ。⋯⋯こんな能無しを、守ってくれてありがとう」

 いいえ、いいえ、とアンナは何度も首を振り、ソーフィアの手を握った。昨日にはなかった手のざらつき。もしかしたら、サザランズに至るまで彼女は苦労したのかもしれない。言葉にはせず、ソーフィアは微笑んだ。おずおずと、アンナは口を開く。

「それなのですが、お嬢様。お嬢様は、能無しなどではありません。私の見立てですと、魔力の放出方法が異なるかと」

 思ってもみなかった言葉に、ソーフィアは目を瞬いた。

「だって、私は人族よ? 家庭教師にも、魔力の練り方や詠唱は人族のやり方でないと魔法が発動しないと聞いたわ」


 この世界には多種多様な種族が息づいている。

 強靭な肉体を持つ獣人族、精霊と対話するエルフ、闇の魔力を操る魔族。そして、天の覇者たる竜の血を引き、圧倒的な寿命と魔力量を誇る竜人族。

 それらに比べれば、人族の魔力など微々たるものだ。だが、その微々たる力ですら、ソーフィアには宿っていなかった。

 人族ならば、たとえ平民の子であっても、生活を助ける程度の灯りや水を生み出す魔法は使えるのが当たり前だというのに。

 ソーフィアがどれほど喉を枯らして詠唱を紡いでも、指先からこぼれるのは冷たい風の一吹きすらなかった。


「いえ、発動方法にも色々あるのです。⋯⋯ですが、今お嬢様は数カ月養生が必要です。お身体が元気になったら、お教えいたしましょう。大丈夫です。これからお嬢様は成長期に入るのですから」

「ええ、ありがとう。きっとよ! ⋯⋯でも、数カ月養生? 何もしないのはダメよ。私も何か仕事をしないと、お金が必要でしょう? これからアステリアは冬に入るのだから」

「何をおっしゃる!」

 ずい、とアンナは身を乗り出した。目がらんらんと光っていて、ソーフィアは思わず仰け反った。

「お嬢様をお支えするのがこのアンナの夢でございました! 仕事を探すなど、元気になってからで良いでしょう! アンナの夢を壊さないでくださいまし!」

 鼻息荒く話すその勢いに、ソーフィアは頷いてしまった。


 ――これから始まる、アンナが「お嬢様肉体改造計画」を企てていたことに気が付かずに。



「ちょっと出てきます! 何か欲しいものありますか?」

 数日経ち、食事が固形になった頃、アンナはニコニコと尋ねた。買い物でも行くのかと、ソーフィアは欲しいものを考える。

 サザランズでも雪がちらつき始めていた。

「じゃあ、ハンカチになりそうな布と、刺繍糸を。刺繍でもして、売れば少しはお金になるでしょうし」

 その言葉にアンナは思いきり首を傾げた。

「? お嬢様、街に買い物に行くのではありませんよ? 食べたいものですよ、今日のご馳走です!」

「えっ!? あっ、よく見たらその格好!」

 アンナは動きやすそうなパンツスタイルだ。防寒のためかコートを羽織っているが、ちらと見えたその中は、どうやら防具を身にまとっているようだ。肩にかかっている大きな袋は「買った」ものを入れるのではなく、どうやら「狩った」獲物を入れる袋のようだ。

「と、特には、ないわ」

「ではお任せですね! 行ってまいります!」

 武器もなく手ぶらで行こうとするアンナに、慌ててソーフィアは止めた。

「待って! アンナ、手ぶらじゃない! 攻撃魔法は使えるの!?」

「大丈夫ですよ、お嬢様。私は攻撃魔法は得意です」

 えっへんと胸を張るアンナに、ソーフィアは眉を下げた。

「そう⋯⋯。魔物に遭わなければいいけれど⋯⋯怪我しないでね」


 サザランズは「魔の森」と隣接している、魔物の発生が多い領地だ。それ故に冒険者が多い地でもある。確か、十年ほど前に魔物の大量発生――スタンピードが起こったと聞いた。


 眉を下げ、両手を祈るように組んだソーフィアはアンナを見上げた。はうあっ、とアンナは仰け反る。

「お嬢様が可愛すぎる⋯⋯! 私を心配するなど⋯⋯! 大丈夫です、主をヤッてきます」

「待って、なんだか不穏な言葉が聞こえたわ」

「楽しみにしててください、お嬢様!」

「あっ、アンナ〜!」


 その日の夕飯はとても豪勢なものだった。サラダの上に乗った蒸したチキン、タコのカルパッチョ、肉汁溢れる分厚いステーキ、野菜がゴロゴロ入ったポトフ⋯⋯。

「⋯⋯わあ、すごいわ、アンナ。こんなにたくさん、作るのも大変だったでしょう?」


 結局アンナは狩りに行かず、買い物に行ったようだ。背負った袋からは市にあるような食材しか出てこなかったのだから。魔物が丸ごと出てくるのではとソーフィアはちょっぴりひやひやしていたのだった。


 ポトフのスープを口に運ぶ。カブからはじゅわぁっとスープが染み出し、口いっぱいに香草の香りが広がった。

 次はカルパッチョ。胡椒が効いているのか、舌にピリリと刺激を感じ、新鮮であろうタコは弾力がすごい。

 ステーキはナイフを差し込むだけで切れる、とても柔らかい部位。程よく赤みが残っており、口の中でとろけそうなほど。

 チキンはあっさりとしつつもサラダとの相性は抜群。ぱさつきはなくしっとりとしている。


「とっても美味しいわ、アンナ! でも、高かったのでしょう?」

 貯金を切り崩したのでは、と心配するソーフィアに、アンナはエプロンに手を拭きながら満面の笑顔を浮かべた。

「いえいえ、タダですよ! そのポトフのカブはマンドラゴラ、キングサーペントのサラダチキン、サンダーオクトパスのカルパッチョ、金剛バッファローのステーキです!」

 アンナの口から出てきたのは、全て魔物の名前だった。

「⋯⋯えっ⋯⋯」

(お、お腹に、入っちゃった⋯⋯)

 ソーフィアは何も言わずにナプキンで口を拭いた。⋯⋯美味しかったのでおかわりした。


 翌朝。ソーフィアはある異変に気がついた。

(あら、なんだか体が軽くて、ポカポカする⋯⋯!)

 怠かった体はまるで羽根が生えたように軽く、かさついていた肌はプルプルになっている。

 もしかして、昨日食べた料理のおかげ? と思っているうちに、アンナが部屋へ入ってきた。

「お目覚めですね、お嬢様! さあ、栄養が回っているうちに今日は特別メニューです! とっても良い入浴剤を手に入れたのでお風呂に入ってオイルマッサージしますよ!」

 言いながらアンナは腕まくりをしている。

「え、ええ⋯⋯」


 とろりとした蜂蜜色の湯に、花の香りが漂う。まだあばらの見える体を湯に浸しながら、ソーフィアはうっとりとため息をついた。

「はあ⋯⋯。これ、とってもいい香りね。それに、肌が吸い込んでいくような入浴剤だわ」

 頭を洗いながらアンナはにっこりと笑った。

「ええ、お嬢様! これはクイーンキラー・ビーという蜂のロイヤルゼリー風呂です! 不老の霊薬とも言える、傷を癒す効果がありますよ!」

「蜂⋯⋯? 待って、魔物なの?」


 寝台に横たわり、マッサージオイルが垂らされる。人肌に温められたそれは、じんわりとソーフィアの肌を温める。

「なんだか花園にいるような、そんな気分にしてくれるオイルね⋯⋯。香水よりもきつくない香りだわ。これは何?」

 ゆっくりとマッサージしながらアンナは答えた。

「これはアフロディーテトラップという食人花の実から取ったオイルですよ! 前回狩りに行った時、頭からカプッとやられまして、迂闊でしたわ。さあ、お嬢様、大胸筋も一緒にマッサージしますよ〜!」

「待って待って、食人花!? アンナ、食べられて大丈夫だっ⋯⋯んんんっ、いだだっ! 骨! 骨に当たってるから〜!」


 マッサージが終わると、全身の血行が良くなったのか、指先まで血が巡っている。心なしか肌にハリが出たように感じた。

 不思議そうな顔で体を見回しているソーフィアを、アンナは嬉しそうな、でもやや悲しげな顔で見ていた。

(――今度こそ、私がお守りしますからね)



 そんな生活を続けて三ヶ月。

「ねえ、アンナ。ちょっと、その、服がキツくて⋯⋯」

 すっかり健康体に近づいてきたソーフィアは困ったように服を引っ張った。ユルユルだったシャツはパツパツになって(主に胸が)今にもはじけ飛びそう。

 あら、とアンナは頬に手を当てた。今まで栄養のある魔獣の肉やら乳やらを与えていたのだ。栄養失調で抑えられていた成長期が一気に来たらしい。

 今ではソーフィアは輝かんばかりの金髪と、つやつやで血色のよい肌に生まれ変わっていた。虚ろで俯きがちだった目は、秋空を映したかのように生き生きとしている。


「お嬢様の体のケアばかり気にしていて、その成長は見越していませんでしたわ。申し訳ありません。今すぐ服を買ってきますから、少しお待ちくださいませね」

「ええ、ごめんなさい⋯⋯あっ!」

 耐えきれなくなったボタンが二つほど弾け飛んだ。



 アンナが急いで買ってきたのは、令嬢用の服ではない。サザランズ特有の冒険者の服だった。女性用のちょっぴり可愛くて新しい服に身をつつみ(それでもやっぱり胸元はちょっとキツかった)、ソーフィアは今まで考えていたことを切り出した。

「あのね、アンナ。私も元気になったことだし、そろそろ魔法について教えてほしいの。私にも、魔法はつかえるの?」

「ええ、お嬢様。ここは人里から離れておりますし、森の中の少し開けた場所で練習しましょう」


 魔物が出そうで怖かったが、不思議と魔物はもちろん野生動物すら出なかった。


(――不思議ね、サザランズ領では魔物は多いと聞いたけれど、この辺は街に近いから出ないのかしら?)


 その答えはアンナが狩りまくったからである。魔物や野生動物は綺麗さっぱり、ソーフィアとアンナのお腹の中だ。

 そんな事はつゆ知らず、少し開けた場所に着いた。


「お嬢様、体の中に渦巻く、『熱』は分かりますか?」

「ええ、これは私の中の魔力だと、以前教わったわ。でも、詠唱しても発動することはなかったの」

 ソーフィアは魔力を持たないわけではない。しかし、この体内の熱く火傷しそうなほどの魔力は、どうしても詠唱に応えることはなかった。


「いいえ、お嬢様。詠唱は人族の一般的なやり方ですが、それではお嬢様の魔力が通れないのです。例えるなら、詠唱は針に糸を通し、魔力という糸で魔法の発動という刺繍をするようなもの。――ですが、お嬢様の魔力は質が違います。魔法という絵を描くには針では細すぎるのです」

「ええと、ちょっと難しいわね。⋯⋯要するに、詠唱では細かすぎる、ということかしら? 私はその詠唱という針に魔力が通らないから、直接何か筆のような媒体に魔力を付けるということね」

「分からないと言いつつも当たっております。流石お嬢様。そうですね、媒体を使うというか、自分自身が『筆』になるのです」

「え?」

「こうです、お嬢様。こう!」

 詠唱もなしにアンナは魔法を発動した。何をしたのか分からないが、ズンと音がして木が一本倒れた。

「ええ!? アンナも無詠唱なの!? すごいわ! 木が倒れた!」

 拍手する。アンナは微笑み、ソーフィアに向かって手を差し出した。

「さ、次はお嬢様の番ですよ」

「ええ? ど、どうやって⋯⋯?」

「自分に魔力を付けて、描くのです!」

「えええー!? だから、どうやってー!?」

 説明がちょっぴり下手なアンナにしごかれつつ、ソーフィアは練習を何日も続けた。もちろん、食事はアンナ特製栄養たっぷりの魔物(ソーフィアは知らない)メニューに特製お風呂、魔物オイルマッサージ付きだ。


「うーん、ううううー⋯⋯!」

 いきんでみる。発動はしない。

「違います、お嬢様! 『こう』です!」

 アンナの魔法でズガアン! と地面に穴があいた。


「むむ、むうううう!」

 体に力を入れてみる。

 パァン! と服のボタンが飛んでいった。

「あ、アンナー!」

「まあ、大変!」


 ふう、とソーフィアは手にあごを乗せて遠くを見た。そろそろサザランズも夏が来そうだ。木々の若葉は緑が濃くなっている。


「どうしたら発動できるのかしら⋯⋯」

 そうだ、と言うように、アンナはぽんと手を打った。

「お嬢様! あの憎たらしい第二王子を思い出して、それを殺るイメージで!」

「そんなこと言ったら不敬になりそうだけど⋯⋯だんだん腹が立ってきたわ。よくも! 私のことを無能だとか役立たずと罵ってくれたわね! ⋯⋯ちゃんと、私だって! できるんだから⋯⋯!」

 掌が熱い。心からの叫びに呼応するように、体から魔力が放たれていく。

 ズガガガガン!!

 と、凄まじい光と轟音。土埃がもうもうと立ち、周囲の木々がなぎ倒されていた。

「流石です! お嬢様! できましたよ!」

「⋯⋯環境破壊だわ⋯⋯」

 ソーフィアは呆然と呟いた。



「こんな暴力的な魔法、何に生かせるかしら?」

 ソーフィアは手のひらを見つめて呟いた。生まれて初めて打った魔法。まだ熱い手は震えている。

「魔物を倒すのに良いかと。冒険者ギルドへ登録しにいきましょう」

 魔物、と聞いて少し怯んでしまう。いや、美味しくいただきましたけれども!

「だって、冒険者は命のやりとりをするのでしょう? 少し怖いわ」

「大丈夫です、お嬢様! 私がお守りしますとも!」

「アンナ⋯⋯」

 ソーフィアはもう一度手のひらを見つめ、小さく息を吐いた。

「私はもう、ローラン家の令嬢ではないわ。だから、その『お嬢様』っていう呼び方も、もう⋯⋯」

「いいえ」

 アンナは食い気味に、それでいて慈しむような笑みを浮かべて首を振った。

「どこの誰が何と言おうと、私にとっては、あなた様こそが唯一無二のお嬢様なのです。こればかりは、譲れませんわ」

 頑固な侍女の言葉に、ソーフィアは困ったように、けれど今日一番の柔らかな笑顔を見せた。

「⋯⋯ふふ、そう。アンナは一度言い出したら聞かないものね。わかったわ。じゃあ、行きましょうか、冒険者ギルドへ」


 「棒切れ」と呼ばれた少女はもういない。

二人は前だけを見据え、力強く歩き出した。


アンナ、いいキャラしてますよね……え、してない……?


タイトル修正いたしました。大変失礼いたしました。

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