3.俺の番が可愛すぎる件について
多少の下ネタ出てきます。短めです。
⋯⋯ったく、どうしてこうなった。
ステファンは、深い、深いため息を吐いた。
ソーフィアが王家の呪縛から放たれてからというもの、彼女の可愛らしさにはさらに磨きがかかっている。
少し前までは、怯えた子鹿のように俺の顔色を伺っていたというのに、今では陽だまりのような笑顔を向けてくる。愛しくて、愛しくて、堪らない。⋯⋯だが、同時に俺の悩みは深くなる一方だった。
「さっさとくっついちゃえば?」
呆れたようにブランシュは言う。
何故か彼女は未だにサザランズへ残り、ソーフィアたちの宿に入り浸っては、夜な夜な何かを企んでいる。何をしているのかと問えば、「女の秘密を暴こうとする男は番にも嫌われるわよ」と切って捨てられた。
何より、自由になったソーフィアはよく笑うようになったが、同時にお転婆にも磨きがかかった。
心配のあまり、俺の心臓が持たない。この間なんて、笑いながら塔から飛び降りてきた。本当にやめてくれ。⋯⋯いや、何としてでも抱きとめるつもりだが。
人族は竜人族よりも、何倍も脆くて儚い。
竜人族は長命だ。何百年と生きる。俺でさえ既に二百年は過ぎた。この先の長い年月を、俺はどうやって彼女を繋ぎ止めておけばいいのか。
「だから、さっさと『アレ』をしてしまえばよいのでは?」
アンナは馬鹿にしたように言う。
分かっている。分かってはいるんだが、ソーフィアの気持ちがどこまで俺にあるのか確信が持てない以上、あと一歩が踏み出せないでいた。
「ねえ、ステファン」
不意に呼ばれて顔を上げると、そこには冒険者服ではない、柔らかな生地のワンピースを身にまとった(超絶可愛い)ソーフィアが立っていた。
「ん、なんだ?」
「アンナやブランシュが、ステファンに『アレ』してもらえってよく言うんだけど⋯⋯『アレ』って、何?」
ピシリ、と。
世界が静止した。街の喧騒がその言葉ひとつで消えた気がした。
――帰ったら、あいつら全員正座させて説教だな。
「語弊だ。ちゃんと説明する。だが、ここでは――」
「あっついなぁ! ステファン!」
「お前も春か! 畜生!!」
「宿か!? 宿に行くのか!?」
「うらやましすぎるぜ! バーーーカ、バーーーーカ!」
街の男たちからの容赦ない冷やかし。さらに追い打ちをかけるように、近所の女たちが血相を変えて割って入る。
「ソーフィアちゃん! ダメよ! 変な男に騙されちゃ!」
「嫌なら嫌って、ハッキリ断るのよ!」
「大切なことだから、よーーく考えて!」
「語弊だ⋯⋯」
がっくりと肩を落とし、ステファンは虚空を仰いで呟いた。
ブランシュやアンナの悪意ある言葉選びもそうだが、ソーフィアの箱入りもたいがいだ。本能と理性の狭間で、ステファンの苦難はまだ当分終わりそうにない。
「⋯⋯おい、お前ら、どういうつもりだ」
ようやく冷やかしの嵐を抜けて、ソーフィアを宿へと送り届けたステファンは、部屋にいたアンナと何故か居たブランシュに向かって低く唸った。
「あら? 何か問題でも? 当たり前のことを言っただけじゃない」
ブランシュはソーフィアがお土産に買ってきたお菓子を摘んでいる。
「竜人族として『番』を確定させるなら、なるべく早いうちに魔力の同調が必要じゃない? このペースだと、冗談抜きにソーフィア、おばあちゃんになっちゃうわよ」
「⋯⋯っ」
平然とそう告げるブランシュに、ステファンは息を呑んだ。
「ですがノクスドラク、お嬢様は『アレをすれば一緒にいられる』などとなんとも可愛らしい事をおっしゃってましたよ。さっさとすればよろしいのでは?」
アンナの目が「このヘタレ」と言っている。
「だからその! 言葉遣いに悪意を感じるんだよ! 何なんだよ、『アレ』とか変な言葉ソーフィアに教えんじゃねえ! おい侍女! ソーフィアの『あっち』の方の教育はどうなってんだ!?」
ステファンが小さく怒鳴ると、奥の部屋からソーフィアが出てきた。彼女は部屋着のゆったりとした服(それも可愛い)に着替えている。
「あら? ステファン、まだいたの? それならみんなでご飯食べに行けばよかったわね」
すす、とアンナがソーフィアの傍らに立ち、その両肩に後ろから手を置いた。
「さ、お嬢様。そのような格好、この不浄な男には毒です。そろそろお休みいたしましょう」
「えっ、でも⋯⋯」
「まだいたの」という言葉に若干傷つきながら、ステファンは軽く咳払いをした。
「んん、まあ、なんだ。⋯⋯楽しかったな。おやすみ」
「お、おやすみなさい」
その初々しい雰囲気に、ブランシュが大きくため息をついた。
「ヘタれねぇ」
「じゃあな」
玄関に向かおうとするステファンを、ブランシュが止める。
「ちょっと待ちなさいよ、ノクスドラク。あなた一番大事なことを言っていないでしょう?」
彼女はニヤリと獲物を見つけたような笑みを浮かべる。
「竜人族の、本当の番になる儀式、『真の契り』。その喉元の『逆鱗』を彼女に飲ます覚悟はできてるの?」
「なっ、お前、それを今言うか!?」
ステファンが文字通り飛び上がった。
「逆鱗⋯⋯? 竜の一番大事な部分よね?」
首を傾げるソーフィアに、ブランシュが解説を加える。
「そう、竜の命そのもの。それを愛する者に捧げ、体内で融合させることで初めて、魂は分かたれぬものになる。それに、魔力を同調し、異種族であれば種を竜へ近づけることで寿命も大幅に延びるわ」
「へえ⋯⋯」
納得したのかしていないのか、ソーフィアはまだ首を傾げたままだった。その隙にアンナは「さ、お嬢様、お休みなさいませ」とさっさと寝室へ連れて行く。
逆鱗を渡すということは、文字通り自分の生殺与奪の権をソーフィアに握らせ、魂の深淵まで曝け出すということだ。
「⋯⋯まだ、早い。アイツには⋯⋯まだ、そんな重いもん背負わせらんねえよ」
絞り出すようなステファンの本音。
フラフラと夜の道を当てもなく歩きながら、ステファンは自身の喉元をそっとなぞった。
薄い皮膚のすぐ下には、竜の命そのものである『逆鱗』が、鈍く拍動している。
(⋯⋯飲ませる、か。言うのは簡単だ)
ブランシュはさらりと言ってのけたが、現実はそんなに甘くない。
本来、異なる種族間で逆鱗を融合させる儀式は、禁忌に近い。強大すぎる竜の魔力に人族の肉体が耐えきれず、内側から焼き尽くされる可能性が極めて高いからだ。
成功率は、一割にも満たない。
失敗すれば、ソーフィアをこの手で殺すことになる。
番として魂を繋ぎ、寿命を分け合うという甘い夢の裏側には、そんな凄惨な絶望が口を開けて待っている。
(あんなに笑うようになったあいつを、俺が⋯⋯殺すかもしれないなんて、冗談じゃない)
ステファンは、月を見上げて手を握りしめた。
もし、万が一。
彼女の魂が、俺の魔力に打ち勝てるほど強くなった時。
あるいは、俺が彼女の命を完全に守りきれるという確信が持てた時。
その時が来るまで、俺はこの想いを「アレ」というふざけた言葉の裏に隠し続けるしかないのだ。
「⋯⋯竜人族の愛が重すぎるのは、百も承知だ」
だが、それでも。
いつか、あの一割の奇跡を掴み取って、彼女と本当の家族になれる日が来ることを。
ステファンは夜の静寂の中で、柄にもなく神に祈っていた。
「アレ」。皆さんは何を想像しましたか?




