テレパスは普通の恋を諦めている④
仮面パーティーは、今の貴族たちに取っては「ごっこ遊び」に近い。
昔に流行った、特別で、大人なかっこよさがあって、それでいてちょっと官能的な催し、なんていうイメージがある。
今回は、学園を卒業したての第二皇女・パルファが開催するので、完璧に近い擬似体験ができるぞ、と意気込む人々が押し寄せ、参加者名簿は分厚くなっていた。
いつもよりも古めかしく豪奢なドレスを身につけるレディの多さに、ホールの密度が上がっている気がする。
ホールの人波をかき分けて、マシューは入り口に向かった。
───っていうか、仮面で顔を隠されちゃ俺の力も使えないんだよなあ。
マシューは仮面の下で眉間に皺を寄せた。
第二皇女のことだ、その方がやりがいがあるだろう、みたいな理由でわざわざ「仮面」パーティーを提案したに違いない。
どちらにせよ、ミラビリアと直接対峙する機会を与えてくれたことに違いはないので、胸の内に渦巻くもやもやとした感情は押し込むことにした。
受付を行う警備係の中に紛れ込み、名簿を確認する。
───よし、まだ入ってきてないな。
そこに載っているの名前は、『ラナリニア・サキュレス』
サキュレス家の名前は、他に載っていない。
案の定、ミラビリアはラナンの名前を使って参加を決め込んだようだった。
ラナン本人は、今日まで第二皇女が使っている別邸に匿われている。
しかし、ミラビリアから見て突然ラナンがいなくなった、という状況になると、ラナリニアの名前を使って参加することにリスクを覚えるのではないかという懸念があったため、ミラビリアには「母親の墓参りのために辺境の村にしばらく外泊する」と伝えていた。
最初は一緒にどうかと提案したが、当然このパーティーの存在を優先したミラビリアは断った。
護衛を忍ばせながらラナンは村に行くフリをして、追っ手などが無さそうなことを確認した後に別邸に向かった。
墓参りというプライベートな用事であれば、たとえ後でラナンが偽物なのだと言い訳をしても、証明できる人が少ない。
……というラナンの計画は、見事予定通りに進められている。
身体検査のための仕切り部屋に、また一人女性が入ってきた。
まだ仮面をする前だから顔がよく見える。その顔は、ラナン……に瓜二つの、ミラビリアその人であった。
銀髪の髪の毛をうなじが見えるようにまとめ上げて、黒い花をあしらった髪飾りを挿している。
服装や髪型を覚えた後、マシューは急いでその場を後にし、会場ホールへ戻った。
そして会場がある程度温まって、頃合いになった頃、行動に移す。
「おっと!」
「きゃっ! もう、危ないじゃない!」
ドレスが汚れない程度に、グラスに入った飲み物で手を汚したミラビリアは、手を洗いにホールから姿を消していた。
戻ってくる道すがら、偶然を装ってマシューはミラビリアとぶつかる。
その拍子につけていた仮面を落としてしまった……というやり方で、彼女の関心を買う。
落ちた仮面の汚れを取り払うふりをして、大袈裟に息を吐いてみる。
忌々しそうに唇を尖らせたミラビリアが、マシューを仮面の向こうから睨みつけ、そしてその瞬間に視線を合わせるようにマシューもミラビリアを見る。
第二皇女の計画半分、遊び半分で、今日のマシューは騎士団員ではなく、貴族としての見なりを整えられていた。
実際の彼の身分は平民なのだが、貴族の男性が着る黒の上質な布と金糸の刺繍が施されたタキシードを着て、髪型も、いつもは無造作に癖を隠さず放っておいているところを綺麗に整えてしまえば、庶民的と言われている赤毛も宝石の如く艶を放ち、高貴な男性らしく見えるものだ。
ミラビリアはマシューに見惚れた。
手応えを感じたマシューは、柔らかく微笑みを浮かべる。
「お詫びに、ご一緒してもよろしいですか?」
心は読めないけれど、これまで女性と接してきた経験を活かしてミラビリアを誘い込む。
目的地は、マシューの警備対象になっている部屋。ホールのあるフロアから一つ上の階にある、広いバルコニーを持つ角部屋だ。
マシューはもう一度仮面をつけて、エスコートをするためにミラビリアに手を差し出す。
「それって、どこに?」
期待するミラビリアの声に、ちょっとだけ間を置き、マシューが答える。
「お好きなところへ。ひとまずホールに戻って何かいただきますか?」
あくまで爽やかに、下心を無いように飄々と返せば、差し出された手を取ったミラビリアがその手に力を込める。
手から腕に伝うように、ミラビリアのしなやかな指が登ってくる。
「戻らずとも良いではありませんこと?」
ミラビリアはマシューの腕を抱き、自分の体をぴったりと寄せる。
「つまり?」
「女性に言わせるのですか?」
───手慣れたものだな
微笑をたたえつつも、内心では辟易としていた。
けれど、垂らした釣り針にかかった確信を得て、マシューはそのままエスコートを続ける。
「それでは、二人きりになれるような場所に向かいましょうか。そうすれば邪魔な仮面も取れるでしょう?」
目的地の部屋の扉を開ける。監視の騎士団がいないか慎重に歩くふりをするのも疲れたマシューは、扉が完全に閉まりきらないように事前に用意していた石を挟ませてからようやくため息を吐いて部屋の内部に歩いて行った。
大きなソファに先にくつろいでいたミラビリアは、暗い部屋なのもあってか躊躇することなく仮面を外していた。
「私、そういえばあなたの顔を見たことある気がするわ」
ぎくり、とマシューの動きが固まる。
「あなた、身内に騎士団の方がいたりしない? ああでも、身分が違うからきっとよく似ているだけね」
「……今思い浮かべている方は、さぞカッコ良いのでしょうね」
「ええ、一度お話ししたことがあってね」
(皇族入りしたらまた会えるかもしれないけれど、さすがに手は出せないものね。残念だけど、よく似た方とこんな展開になれてラッキーだわ)
仮面をはいだミラビリアは欲望を隠さない。
そうか、あの日に目をつけられてはいたのか、と気づき、思わずマシューは目をそらす。
「ねえ隣に来てくれないの?」
明かりも灯さず、すっかりそういう雰囲気だというのにソファに手を置いて立つだけのマシューに焦れたミラビリアが甘い声色で誘う。
しかし安易には乗らず、マシューはミラビリアの斜め向かいに置いてある一人掛けのソファに腰を下ろした。
明らかにムッとするミラビリアを察して、まあまあと宥め「あまり急いでももったいないでしょう」とそれっぽいことを口にして前のめりになる。
「まずはお互いのことを少し知りたいな。せっかく仮面を取ったんだし」
「普通こういう時は秘密のまま楽しむのではなくて?」
「……いや、少し気になることがあって」
マシューはじっとミラビリアの顔を見る。観察されて、射抜かれるような視線にミラビリアの頬が暗がりの中でも赤く染まるのがわかる。
「貴女はもしかして、第四皇子が惚れ込まれたというミラビリア嬢なのでは……?」
ミラビリアが一瞬だけ固まる。
かち合っている視線の奥からミラビリアが焦るような声が聞こえてるが、見事なことに表層からその焦りは一切見えない。
マシューにとっては無駄なことだが、そんなことはどうでも良い。
大事なのはこの後彼女が発言する内容だ。
「あら? もしかしてご存知なかったのですか?」
「? 何を……?」
「私は双子の片割れのラナリニア・サキュレスですわ。品行方正なミラビリアが、そもそもお誘いに乗るわけないじゃないですか」
言い切った。
「……貴女はそんな有名人なのですか?」
「あら、ふふ……ということは、貴方はよっぽど噂話に興味のないお方なんですね」
ラナンの男漁りの噂は、ラナンに扮したミラビリア本人が積極的に広めたものも多いのかもしれない。
その噂を利用して、自分の欲望を発散しやすい環境を作ったのだろう。
「ミラビリアがそろそろ婚約するんじゃないかって話でしょう? だから私、家族にはお母様のお墓参りって嘘をついてこのパーティーに参加したの。最後の遊びのためにね」
「……」
用意周到にも、ミラビリアはラナンがついた嘘を利用した。
なるほど、こうすれば虚実入り混じるのだな、と感心すらした。
「最後にしてしまうんですか? 双子が皇族入りするからといっても、貴女の身分に大きな変化はないでしょうに」
「そうなんだけど、違うの。私ミラビリアが婚約発表したら遠い国に行こうかなって思ってて」
頬杖をつき、ワクワクとした表情で言い放つミラビリアの瞳を覗く。
(だってラナは死んじゃうもんね)
悍ましいことを軽々しく考えるミラビリアに吐き気をもよおしそうになった。
マシューは少しだけ眉間に力が入り、悟られぬように顔を伏せる。
「……一晩だけの、夢になるのが残念です」
してなるものか。
マシューは託児所の庭で子供達に囲まれているラナンの顔を思い出していた。
純粋な彼らに愛される彼女が、たった一人の欲望のために死んで良いものか。
彼女の名声を踏み躙り、あまつさえ汚名を振り撒いて、自分は美味しい思いをしようだなんて。
ミラビリアに搾取されたのだと確信したのは、一年前だそうだ。
しかし、血はつながらずとも双子の姉妹だと思っていた相手に、家族に、利用されて裏切られたと知った彼女の悲しみはいかほどだっただろうか。
マシューは立ち上がり、ミラビリアが座る二人掛けのソファに手を置き、彼女の上に覆い被さった。
(ついに!)
と期待に胸を膨らますミラビリアの顎をすくう。
「ラナリニア、と呼んでも?」
「せっかくなら、リア……と愛称で呼んでくれたら嬉しいわ」
どこまでも自分の都合に良い。
「……それではリア、このままベッドに……」
「この部屋で何をしている?」
扉が開き、マシューの背後から呼びかけられる。
ミラビリアは急いでそばに置いておいた仮面を手に取り、顔を隠す。
マシューは振り返り、部屋に入ってきた第二皇女・パルファの姿を確認して、一呼吸置いた後慌てたふりをした。
「も、申し訳ありません! こ、こちらのラナリニア嬢が具合が悪いと言うことでたまたま空いていた部屋を……」
「わざわざ階段を登ってか? ……ん? なに、ラナリニア、と申したか」
第二皇女は仮面をつけず堂々とした出立である。
ミラビリアも当然、彼女の身分を声だけで理解しており、緊張から呼吸が少し速くなっている。
「補習常連のできそこないか」
「あっ、お、お恥ずかしい。申し訳ありません、具合も良くなったので私はそろそろ帰ります……」
ソファから立ち上がったミラビリアは、俯き早口でそう言うが、第二皇女が部屋から出るのを許さんと言わんばかりに入り口で両手を扉に触れるようにして立ち塞いでいる。
「待て、せっかくの縁だ、仮面を外して話そうじゃないか」
好奇心に満ちた彼女の声色は、時折突拍子も無いことを言ったりするのでマシューに備え付けられた緊張感がぶり返す。
「この部屋は私が暇つぶしに入り浸る部屋でもあるんだ。ほら、バルコニーからの眺めも良いだろう? 何か面白そうなものがあったらここから一階におりたもんだ。そんなに高くないからね、半地下になってる小屋の屋根を使えばすぐに外にアクセスできて──」
第二皇女の誘導に、ミラビリアはまんまと引っかかった。
彼女は入口ではなくてバルコニーの方へ急いで向かう。
窓に手をかけて、開かれると、窓から入り口に強い風が吹いてカーテンのたなびく音が大きくなる。
しかしミラビリアは、それ以上バルコニーに足を運ぶことはなかった。
「どこに行くの、ミラビリア」
ラナンがそこに立ち塞がっていたからだ。




