テレパスは普通の恋を諦めている⑤
銀色の髪が風に揺らされ月明かりを反射する。
本物のラナンは闇に溶けるような漆黒のブラウスとズボンで身軽に装い、至ってシンプルだったにも関わらず、マシューの目には輝いて見えた。
斜めに下げた茶色い革の鞄を抱え、まっすぐミラビリアを見据える。
ミラビリアは逃げ道を失って、ただただすくみ上がっていた。
「第二皇女様の前で、どうして嘘なんてついたのミラビリア」
「なっ……」
皇族に対する偽証は重い罪になる。同じ学舎を仮にも卒業したミラビリアであれば、皇女の存在がいかほどに大きいか理解しているはずだ。
だからこそ、自分が皇族入りすることにも価値があると強く感じていたわけだ。
動揺を重ね、ついにミラビリアも万事休すかと思われた。
が、しかし。
「ちょっと、ミラビリア! 嘘はそっちでしょ。私はラナリニア、名前に偽りはないわよ。あなたこそ、こんなところで何をしているの!」
あろうことか、嘘をつき続けることを優先した。
第二皇女も呆れたような乾いた笑いを漏らし、マシューの方を見た。
マシューはセットした髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱し、ため息交じりに頭を振る。
ミラビリアの啖呵を前に、ラナンは落ち着いたままであった。
「今日、あなたがこの部屋に来ることがあったら、これまでの罪を精算してもらおうと思って準備していたの」
鞄を開け、2冊のノートと、集めた証拠品を麻紐で束ねた書類を持ち見せつける。
「何、それ……」
「私は今から、第二皇女パルフェ様に恐れ多くも証人になっていただけるよう、ここであなたのしてきた行いを告発して、その裏付けとなる証拠品を提出するわ。あなたがこの場から逃げたとしても、今宣誓したので実行します」
「な、な、なんで」
「なんでも何も、奪われた名誉を取り返すためよ」
ラナンが、手に持った書類にシワを作るほどぎゅっと握る。彼女の手が震えている。
先に証拠品をいただこうと二人に近づいたマシューがその震えに気づくやいなや、「そんなもの!」と声をあげてミラビリアがラナンに襲い掛かろうとした。
しかし、掴み掛からんとするミラビリアの腕を抑え、マシューはそのまま彼女の腕を捻り上げた。
「痛い痛い痛い!」
「これ以上罪を重ねないでくださいよ」
「あっ、あなた、なんで……ただの貴族じゃないの……!?」
ミラビリアと目があう。
(もしかして、この人はやっぱりあの時の騎士……!? じゃあ、そもそもこの場は)
マシューたちの思惑に気付いたようで、さあっと顔が青ざめていった。
「ありがとうマシュー様」
「いいえ」
ほっとしたラナンの顔を見て、マシューもミラビリアを抑えながら微笑む。ラナンはそのまま足早に第二皇女の元へ向かい、書類を渡した。
「ミラビリア、これから厳密な調査を行い、これまで詐称してきた経歴を全てリセットさせます。お父様にもこのことは通達されるでしょう。私はあなたとの縁を切り、自分の人生を歩みます。あなたの処遇は、第二皇女様を筆頭に皇族の方々や学園の方々にお任せします」
裏切られ続けてきたこれまでを思い返したラナンは、ただ、疲れた、と、マシューの目にはそう聞こえた。
絶望に身を任せず、自分ができる力で抗おうとした彼女だったから、マシューも力になりたかった。
そうして繋いだ第二皇女との縁が、今の状況を作った。これで終わる……そう思ったのに、押さえつけていたミラビリアが、小刻みに震えて叫び出した。
「全部、あなたが悪いのよ!」
激昂するミラビリアに、ラナンの肩がビクッと跳ねた。
「第二皇女様聞いてください、これは罠です、はめられたのです! ラナ……ラナリニアは、第四皇子に嫁ぐことが決まった私に嫉妬して、こんなことを計画したんです。本当です! 今までやってきた行いを私に全部被せるために、今日に限って自分のフリをしてパーティーに行かないと、こ、殺すって、言われたから私……!!」
マシューからすれば支離滅裂だ。しかし、真に迫るミラビリアの泣きじゃくる姿を第三者が見たら、信じたくなりそうなくらい見事なものだった。
ラナンの表情がまた不安に曇る。第二皇女はミラビリアを見下ろしながら、じっと聞き入っている。
「そ、それにこの人もラナリニアが仕向けた人なんでしょう? 私、無理やりこの人に犯されそうになって……!」
「はあ!?」
「きゃあっ怖いっ離してえ!!」
マシューに向けられた矛先に反抗したら、ミラビリアはより一層暴れた。
キンと響く彼女の悲鳴に第二皇女も空いた手で耳を塞ぐ真似をし、「とりあえずそこに座らせろ」とマシューに命じる。
窓際はマシューが、入り口は第二皇女が立っているため、離されたミラビリアはもたつく足でソファーの方へ向かい、体を小さくした。
こんな時まで保身100%なミラビリアの女優っぷりに、マシューは呆れてものも言えない。
第二皇女はゆっくりとミラビリアに近づき、彼女の腕を掴んで立たせるとソファに座り直させた。
優しく労わるような手つきであった。
「よしよし落ち着け。つまりなんだ、まず貴女はミラビリア・サキュレスで間違いないのだな?」
「うっ、はい、そうです……」
「それで、今日だけは、ラナリニア・サキュレスとして参加してこいと、そこにいる本物のラナリニア・サキュレスに命じられた、と?」
「はい! はい、間違い無いです!」
子供に言い聞かせる時の声の如く、第二皇女はゆっくりと確認していく。
まさか、ミラビリアの言い分を信じてしまったのか……? とマシューとラナンが不安になるくらい、第二皇女の表情は穏やかだ。
「そしてこの部屋に入った時、そこの男に襲われそうになったと」
「うっ、うう……だから、私、怖くてとにかく逃げたくて、あんなことを……」
「私が突然入ってきてさぞ驚いたことだろうなあ。申し訳ないことをした」
「お、恐れ多くもパルフェ様…!」
ミラビリアをあやす第二皇女に、ラナンが前に出て発言を請うた。
「彼は、マシュー様はそのようなことをするお方では、ありません……! それはパルフェ様もご存知のはずです……!」
マシューはラナンの発言に目を丸くした。
───第二皇女の発言を遮ってまで、俺のことを擁護したのか……?
子鹿のように足が震えている。ラナンは決して強い女性というわけでは無い。
けれども自分のために声を張り上げてくれるラナンに、マシューは、なんてかっこいいのだ、と純粋な憧れの気持ちを抱いた。
第二皇女はラナンをじっと見つめ、そして目を細め、ニヤリと口角を上げる。
ラナンがどういう意図かはかりかねていると、大袈裟にミラビリアに抱きつくようにして話を続けた。
「すまぬなあミラビリア、どちらが真実かは、現場を見ていないから私にはわかりかねる。しかし未来の親戚であるそなたがこんなにも傷ついているんだ、信じてあげたいんだがなあ」
「ああ、パルフェ様……!」
「決してノリノリではなかったと。悲鳴をあげたくてもあげられないくらい、ミラビリアは震えていたのだろうなあ。同じ女だ、襲われる恐怖はわかるぞ」
「はい……はい! そうです、私怖くて……!」
よしよしと彼女の頭を撫でる第二皇女の手の下で、ミラビリアは勝利を確信した。
しかし
「ではこの現場を見ていた第三者に意見を聞くとするか」
カラッとしたパルフェの言葉に、全員が固まった。
「なあお兄様。ずっとここにいたのだろう。二人のやりとりもしっかり耳に入っていただろう」
第二皇女は、ミラビリアがいた方とは反対のバルコニーに声をかけた。
カーテンが下されていて、ラナンもマシューもミラビリアも、そちら側に窓があることは気づいていなかった。
だから、カーテンが揺れて人影が見えた時、幽霊にでも出くわしてしまったのかというくらい驚いてしまう。
そして姿を現した人物に、ミラビリアは呼吸が止まってしまうほどの衝撃を受けた。
「第四皇子様、隣国にいらっしゃるはずじゃ……」
マシューも思わず呟いてしまった。
現れたその人は、ミラビリアの婚約者になるはずの第四皇子その人だったからだ。
「そもそも、私がこの部屋に来た理由はお兄様とお話しするためで、先に待っていてもらったんだよなあ」
「な、あ……」
「何があってもじっとしていろ、と言っていたのはそういうことか」
マシューもラナンも、第四皇子がいることを知らなかったため、衝撃で固まってしまった。
そんな中で第四皇子は失意に満ちた表情で続ける。
「噂のラナリニア嬢が行為を始めてしまうのではと思って、噂通りのはしたなさに怒りすら覚えた。このことをしっかり糾弾するためにパルフェがこの場を作ったのだと、思っていたのだけれど……」
その時からずっといたのであれば、第四皇子が見たラナリニアがミラビリアであったこと、そしてこれまでの噂の正体もミラビリアだったのではないか、ということを訴えているラナリニアの姿も見ていたということだ。
全てを、一番知られてはいけない相手に知られてしまったミラビリアは、白くなるほど血の気が引いていた。
「愚かなのは僕も、か。然るべき調査は僕主体で進めるとしよう。ラナリニア・サキュレス、すまなかった」
簡単に下げてはいけない頭がラナンに向かって下げられる。
そこでやっと我に帰ったラナンが慌てて第四皇子に向かい頭を下げるのを辞めるよう懇願し、そしてこの暴露事件はひとまずの収束に至った。
「まさか、第二皇女様がもう一つ爆弾を仕掛けていたとはなあ」
「マシュー様もお気づきになってなかったんですか?」
「ん? ああ〜……俺の能力を知ってる第二皇女様は、すごく上手に視線を逸らして心を読ませないんだ。目を合わせているように見えても、見てるところが全然違ったりして」
そのおかげで、騎士団員としての仕事場を確保してくれている。第二皇女には頭があがらない。
「敵を騙すなら味方から、みたいなやつだろうな」
ミラビリアを連れて第二皇女と第四皇子は部屋を出て行った。
残されたマシューとラナンは、二人して部屋のソファーに座り込み、ただぐったりと仕事を終えた後の疲労に浸っていた。
「……これで、私は自由になれましたかね」
ラナンが、か細い声で呟いた。
「これ以上、下手なことはしてこないと思う。皇族が目を光らせるだろうし。少なくとも、ラナンが死ぬようなことはきっと無い」
「……なら、よかった…………っ」
ぽた、ぽた、と、ラナンの手の上に雫が落ちる。
マシューが驚いて見れば、ラナンの瞳から静かに涙が伝っていた。
思わず、マシューはラナンを抱き寄せた。
抱えた彼女の肩は、しゃくりあげる時とは違う小刻みな震えが止まらない。
これは恐怖からくるものだ。マシューにも覚えがあった。
「ずっと怖かったですよね」
マシューの胸の中でこくりとラナンが頷く。
「ラナンが壊れる前に、なんとかなってよかった……」
震えが伝播してしまったのか、マシューもふと弱音が漏れる。
ラナンを抱きしめる腕の力が少しだけ強まる。
すると、ラナンからマシューの胸を押し返すように両腕を突き出された。二人にもう一度距離ができると、マシューは耳まで赤くするラナンを見下ろす形になった。
───そうか、今俺……
なんかすごく恥ずかしい感じに……! と心の中で盛り上がっていると、ラナンが両腕を伸ばして俯いたまま「さっき」と声を出す。
「さっき?」
「こ、ここで……演技、とはいえ、マシュー様が……ミラビリアと近づいていたでしょう」
「あ、ああ……はい」
偽っているという情報を引き出し終わったあと、誘惑するフリをした。
今そのことを持ち出すラナンに疑問を抱いたまま、彼女の続く言葉を待つ。
「私、その姿を見るのがちょっと、嫌でした」
頬を真っ赤に染めたラナンが言った。
「……」
それって。
間を置いて、マシューの顔にも赤みがさす。
「ラナン、つまりそれは」
「変なことを言ってごめんなさい! ああだめ、顔を見ないで! たとえ心を読んだとしてもそれが本当とは限りません!」
「あはは、ああわかってる、貴女がそれを教えてくれたんだ。だから──」
マシューはラナンの頬を両手で包み込み、顔をむき合わせた。
照れと先ほどまでの涙が入り混じり、瞳を潤わせるラナンの表情を、ただただ可愛いと感じる。
「言ってくれなきゃ、わかりません」
言ってくれたのなら、今日ここから、きっと普通の人たちとは違う始まりだろうけれど。
よければ、二人の恋を始めてみないか、なんて提案するのはどうだろうか、とマシューは思った。
お読みいただきありがとうございます!
また次の作品でもお会いできたら嬉しいです。




