テレパスは普通の恋を諦めている③
「それは問題。大問題だなあ!」
あっはっはと豪快に笑う第二皇女に対して、マシューは説明疲れて首を垂れていた。
第二皇女の書斎で彼女の護衛についているマシューの同僚2名も、マシューが語った内容に冷や汗を垂らした。
「皇族に対する詐欺だけではない、学園の信用問題にも発展する話だ。せっかく卒業したというのに私の箔が削がれるというものだ」
第二皇女の声色は先ほどよりも低い。
「それにしても、よくもまあ多くの人間を騙しおおせたものだ。ミラビリア・サキュレスの度胸と実行力は買いたいくらいだが」
「使い所が悪すぎます」
「その通りだな。早めの清算をしなくては、お兄様にも毒だ。お前の話通りであれば、ラナリニア・サキュレスにはミラビリア・サキュレスを糾弾する材料が揃っているのだろう?」
「公的に使用できるほどの強度があるかどうかはわかりませんが」
「良い良い。向こうがありもしない噂を用いてラナリニア・サキュレスを貶めたんだ。モノがあるだけこちらの方がマシだろう」
それもそうだ、と部屋にいる騎士団員が頷いた。
「私が証人になってやろう」
第二皇女が名案だと言わんばかりに明るい声で提案した。
どういうことかとマシューが顔を上げて顔を見ると、悪巧みをして楽しそうな第二皇女の表情が飛び込んできて少しギョッとする。
「仮面パーティーを開いてやる。そこでミラビリア・サキュレスによる虚言を指摘できるような機会を作れ。首都西部のルビー宮を使おう。あそこなら部屋も多い。不埒者には格好の場所じゃないか?」
皇族の所有する屋敷の数々は大きすぎて内情を把握できない。だからこそ、マシューたち騎士団が目を光らせているのだ。
だがマシューがそれを利用して何かしようとしたら……? その相手にミラビリアを誘うことも可能だろう。
「仮面パーティーであれば、君を騙るミラビリアの現場を抑えることができそうだ、ということでね」
「で、でも、そんな都合よく私のフリをするかどうか……」
「婚約後なら流石のバカでも火遊びはやめるだろうが、まだ婚約前だし……。それに、仮面をつけるのと、陽の沈んだ遅い時間に開催する事、そして第四皇子が隣国へ使節に向かっている時期に被せることで油断を誘えば、彼女もまんまと乗せられてくると思いますよ」
もはや騙し討ちのようなものだ。
ラナンがちらりとマシューの目を見た時、マシューはラナンの中に渦巻くそんな罪悪感を悟った。
「乗る方が悪いんだ」
「……それも、そうですわね」
堂々と言い放つマシューに、ラナンはふふっと小さく笑った。眉尻は下がったままだが、少しだけ心を軽くしたようでマシューも安心する。
「最近、家でミラビリアと会いました?」
マシューはラナンの瞳をじっと見て質問をする。
パチリと目が合い、その瞬間、ラナンの中にあった身のすくむような恐怖を帯びた「ミラビリア」と名前を呼ぶ声が聞こえる。
「……何かあったんですね?」
「隠し事はできませんね」
戸惑いはあれどマシューとのテレパスを通じた会話になれてきたラナンは、困ったように笑いながら言った。
日の暮れかけたオレンジの光が、施設の中を突き抜けるように照らしてくる。ラナンはその光を背後に受けて、表情に影を落とした。
伏せた瞳から言葉は聞こえない。
「……優しかったんです」
ぽつりと吐き出された言葉にマシューが首を傾げる。
「優しかった……?」
「はい。幼い時みたいに、笑顔いっぱいで」
懐かしんで、噛み締めるように薄く微笑んだかと思ったら、ラナンは次第に怯えるように瞳を震わせる。
「ミラビリアは、『こうして過ごせるのも最後でしょう』って言ったんです」
「あーあ、近々大きなパーティーでもあればいいのに。最近は婚約発表の準備があって挨拶回りとかで忙しくて」
「そうなのね……」
ミラビリアが婚約すると決まってから、父親と3人で食事をするようになったが、父親は仕事の関係上早々に書斎へ戻ってしまう。
残されたラナンとミラビリアはメイドたちが見守る中、重々しい空気の中食事を続けるのだ。
そんな空気に辟易としつつも、ラナンは当たり障りなく、ミラビリアを刺激しないように返事をするだけ。
ミラビリアの行為と目的に気づいて証拠を集めてからはより一層、何かあって全てが無駄にならないようにと息を殺して生活していた。
「私の努力もこれで認められたってことよねえ。皇族入りだなんて我が家の中でも大出世じゃないかしら」
「ええ。…………?」
ミラビリアは笑顔を貼り付けたまま動かない。
そしてすっと目を細めるようにして、ラナンを見据える。
何かを言いたげに。何か、言わせたいかのように。
「それもこれもラナのおかげよ。本当にありがとう」
じっとりとしたミラビリアの言葉に、ラナンの背中に悪寒が走った。
───どれのこと? テストのすり替え? レポートの書き換え? 名前を使って隠蔽した火遊びの数々?
口に出したら終わってしまう。ミラビリアの所業の数々をぐっと飲み込むために、食後の紅茶にと差し出されていたカップを手に取って喉に流した。
すっかり、冷え切っている。
「そ、それじゃあ、私は部屋に戻るわね。ごちそうさまでした」
ラナンは早くこの場から離れたくて、行儀悪くも椅子の擦る音と共に立ち上がる。
入り口の扉に手をかけた瞬間、もう片方の空いた手が掴まれる。
勢いよく振り返ると、ミラビリアがなんとも優しい笑顔でラナンを見つめていた。
「な、なに……」
「なんだか寂しくて。だって、こうして過ごせるのも最後でしょう?」
「最後……?」
握られた手がじっとりと汗ばむ。心なしか、ミラビリアの握力も強くなった気がして痛みに意識がいく。
「だってもうすぐ結婚して家を出てしまうのよ? 一緒にご飯を食べるのも、こうしておしゃべりするのも、触れるのも、できなくなるの。───二度とね」
同じ顔、同じ色の瞳のはずなのに、ラナンには異形の何かにしか見えなかった。
ああ、たとえマシューのように心が読めずとも、今この瞬間、ミラビリアの考えていることが伝わってくるようだった。
殺意。
これは殺意だ。
暑くもないのに汗が流れ落ちる。
「ええ、私も、寂しい……わ」
うまく声が出ていたであろうか。動揺が悟られていないだろうか。渦巻く感情の中、ラナンはとにかくミラビリアから離れたくて仕方がなかった。
「ああ、でも私明日頼まれごとをされてるの。ほら、来季から働くことになっているブティックで、雑用から学ばなくちゃいけなくて」
言い訳のように本当と嘘を混ぜて並べる。
父親が運営する業務の一つに、貴族専門のブティックがあり、不出来とされるラナンは父親のコネによりそこで働くことが決められていた。
ミラビリアと離れて新しい環境で働けることはラナンにとっても幸運であった。
しかし
「私が、一番大好きなお店にラナが働くなんて、本当お父様に感謝しなくちゃよね」
ミラビリアからようやく手が離されるが、含みのある物言いにラナンの心がざらついた。
少し痛む手首を隠すようにして撫でながら、ラナンがミラビリアの顔を見やると、ミラビリアの恍惚とした笑顔がそこにあった。
「お仕事なら仕方ないわ。おやすみラナ」
ラナンが死ぬのは、明日だっていい。
家督も、働くはずだった店の権限も、ラナンがいなくなったら身分を使ってミラビリアが受け継ぐことができる。
元々ラナンの知力を横取りして得た地位だ。ラナンが収まるべきところに収まれば、今までの功績が誰かの陰謀で隠されていたのだと気づかれるのは時間の問題である。
横取りした以上、最後の最後まで横取りした事実は隠し通さねば、ミラビリアが得た地位は瓦解する。
「ラナン、しばらくは第二皇女の元で世話になればいい」
「ええ!? 第二皇女って、パルファ様? この間の生誕祭の?」
「彼女は事情を知っているし、協力者でもあるんだから利用していいんですよ」
「で、ですが恐れ多いです。こんな、貴族の端くれに……」
「ラナンからしたらその距離感かもしれませんが、公的には将来親戚同士の関係になるんですよ」
「あ……そ、そう、ですわね……」
婚約式前のため、まだ口約束でしかない。親戚になるのだという実感の薄いラナンは、マシューの言葉でようやく落ち着きをとり戻し、感心しながらため息を吐いた。
「本当、とんでもない大事になってしまったわ」
(落ち着いてお茶を飲む時間もないわ)
ラナンの疲労が混じる瞳の声を聞いたマシューがラナンの前にわざわざ跪く。
まるで誓いをするかのように、ラナンの右手を掬うように取って、微笑んだ。
「一緒に平穏を取り戻しましょう」
そうすれば、今度は一緒にお茶をして、ただ他愛のない話をして過ごせるだろう。
仄かな下心を秘めながら、ただ安心して欲しくて、ラナンの手を握る。
ラナンはマシューの行動に鼓動が早くなるのを感じながらも、優しい熱に感謝して微笑み返した。
決行日は決まった。
あとは、マシューがうまくミラビリアを誘い出せるか、が鍵となる。
ミラビリアと婚約する第四皇子は先日隣国へ発った。
仮面パーティーはすでに開催告知済みで、参加者名簿にミラビリアの名前も確認された。
警備の打ち合わせを終え、自分の担当箇所の周辺の騎士たちに事態の共有と誘導を要請すると、彼らも快く応じて協力に申し出てくれた。
「あのマシューが好きな子のために頑張るなんてピュアなことされちゃあな」
「最近いっぱい巡回変わってくれたし」
巡回を変わったのはラナンを探すためだったのだが、それは隠し通した。
「あーおほん。まあ、俺の事情もあるが……それ以上に、皇族に対する詐欺罪疑惑がかかっているんだ。確実に抑えるためにも、不自然にならないよう気をつけてくれ」
マシューの言葉に仲間たちの目つきも変わった。
全員、仮面を装着し、持ち場へ移動する。
空はすっかり紺色に染まっていた。星空は見えない。
「都合がいいな」
明かりの少ない窓の外を見ながらマシューが呟く。願わくば、雨は降らないでほしい。そう心に留めて、マシューは人々の集まるホールに足を踏み入れた。




