テレパスは普通の恋を諦めている②
「マシューお前、最近やたら巡回に出るよな。どうする? 今日は俺と代わってくれたりする?」
「ああ、頼む」
「え、まじで!?」
あの日から、ラナンと再び会うためにマシューは首都中を巡った。
貴族の住処は数カ所に固まっている。巡回業務を利用して、捜索を続けているが、まだ成果は出ていない。
サボれることを呑気に喜ぶ同僚を横目に、マシューはさっさと城を出た。
中心地から離れた郊外に集まる貴族地区では、サキュレス家の在処はなかった。あと6か所くらいだが、そこになければ最悪首都の外か……と当てのない計画に空を仰いだ。
今日は日差しが強い。騎士団の制服は黒いので、日光を貯めて熱を持つ。日陰でしばらく休むか、と、壁のように整えられた植木を背に腰掛けた。背中に当たる煉瓦が冷えていて心地よい。
すると、植木の向こうからきゃっきゃとはしゃぐ子供の声が届いた。
なるほど、視界を遮る役割の植木だったのか、と顔を上げつつ、木の隙間から思わず覗いてみた。
広い野原の中に、平べったい木造の建物がある。典型的な託児所、または養護施設の作りだ。
マシューは子供が好きだった。裏表のない言葉通りの考えを胸に抱く純粋さはもちろん、反対に、この年にしてそんなことを考えているんだと驚かされることも多く、それが面白かったのだ。
今彼らは自分を視界に入れていないので、考えは読むことはできないが、走り回るその笑顔は言葉よりも雄弁に喜びを表していた。
「……ん?」
そんな子供たちの中でうずくまっていた人物が、ゆっくりと立ち上がる。少年に激突されてゆらめくも、困ったように笑って追いかけまわし始めるその女性は、一つに結んだ銀糸のような髪の毛を靡かせていた。
そして顔を見た瞬間、ラナンその人であると確信した。
そこからマシューの行動は早かった。
ひとまず施設に入り、入り口で掃除をしていた職員に挨拶をし、自分の身分を制服姿から察してもらっては「いえ、おおげさなことじゃないんです。彼女がここで頑張っている姿が見えたので」と窓越しにラナンを見つめて笑顔を浮かべた。
すると女性はあからさまにほっとして、マシューと同じくラナンを見つめる。
「あの子の知り合いだったのねえ。ここで働いていることを知っていたの?」
尋ねる女性は再びマシューを振り向く。
(あの子、身内にバレたら困るって言っていたわ。この人は協力してくれる人なのかしら)
「いえ、訳がありそうだったので、詳しくは。ああ、大丈夫です、誰にも言いふらすことはしません。俺が一方的に気になっただけなので」
「あら……そうだったのね」
(あらあら、そういうこと?)
そういうこと。
そういうこと、なのかもしれない。
興味と同情がごちゃ混ぜになって、自分を動かす推進力になっているのは間違いない。
「よかったら挨拶していけば?」
マシューはその言葉に甘えることにした。ラナンからすれば、青天の霹靂だろうが。
案の定、庭から戻って飲み物を求めにやってきたラナンが、食堂の椅子に腰掛けているマシューを見て恐怖にも似た悲鳴を小さく上げた。
「あなたの事情を理解してる人みたいだから、暑いし休んでもらったのよ」
「え? え?」
(あの夜会っただけの騎士様が、なんで? こ、怖い……怖い怖い、どうして……? 事情を知ってるって、なんで…!?)
これはいささか強引すぎたな、とマシューは反省した。
「驚かせてしまい申し訳ありません。ちょうど貴女に伝えたいことがあって、見かけたものだから巡回ついでに挨拶をしたんです」
「はぁ……」
(巡回中だったのね、騎士様は時折この辺でも見かけるから、嘘ではないのかしら。植木、もっと目隠しされるように蔦でも生やさないと)
「貴女の双子の片割れについて懸念点があります」
「!」
「お時間、いただいても?」
(懸念……? 今まで私にミラビリアに関する好意的な質問はあったけれど……これは、只事じゃないのかしら)
「……わかりました。園長先生、少し二人きりにしてもらってもいいですか?」
「ええ、子供たちもお休みの時間だし、どうぞゆっくり」
ぺこり、と頭を下げ、ガラス窓が小さくあしらわれた扉を静かに閉めて女性が出ていく。
遠くに子供達のはしゃぐ声が聞こえ、遠くなると、二人の間に静寂が通った。
「ラナン様も座ってください」
「……はい」
ラナンは警戒心を持ったまま、マシューと距離のある場所の椅子に座る。じっと見つめてくる彼女は双子のミラビリアに関する話が一体なんなのか気になって仕方ないようだ。
「俺、今から変なことを言いますね」
「え? はい」
「俺は、心が読めるんです」
(…………この人、お酒でも飲んでいらっしゃるの?)
「そう、ですか」
わかってる。こんな荒唐無稽な話を疑いなく信じてくれるのは、幼少期の様子のおかしい俺を見た上で判断を下せる両親だけだ。俺だって普段から軽率に打ち明けることはない。
ただ、彼女の置かれている状況から、もし彼女自身が脱却することを願うのであれば、まずは初めにこの話をしなければ誠意がない。
人を信頼する、という点において、マシューは自分ほど慎重かつ確実性のある人間はいないという自負があった。だから、ラナンに賭けてみた。
「だから、あなたに関する噂は全て嘘だということも理解しています」
マシューの言葉に、ラナンの目の色が変わった。
一瞬だけ期待を滲ませ、しかしすぐにまた疑いの視線を向けてくる。
「見返りはなんですか」
「え?」
(今までそう言って近づいてきた人はいたわ。みんな噂を聞いて体を狙ってた下衆だったけど)
「噂を聞いて興味を持ちましたか」
(助ける代わりに体を差し出すことを拒んだら、虚言癖の噂の種が増えただけだった)
誰も信用しない。そう言わんばかりの眼差しはひどく暗い。
ただの否定も、疑いの材料にしかならないだろう。
ならば、とマシューが口にしたのは、あの日からやりたいことだった。
「復讐をしましょう」
「………はい?」
「あなたの双子の片割れの嘘を暴き、名誉を取り戻しましょう。それくらいしたら、あなたの手を握るくらいは許してくれますか?」
いっそ下心は隠さず打ち明けた。
隠せば隠すほど影が濃くなるのであれば、素直に惹かれていると言ったほうがラナンも程度がわかるだろう。
そう思って。
ラナンの表情がきょとんと止まった。
そして次第に、怒りをはらんだ紅潮を浮かべ、眉間に皺がよる。
「やっぱり、そういうことなんじゃないですか…!!」
(結局下心ありだなんて、この養護施設にもうまいこと入り込んで、まるで詐欺師だわ)
「詐欺師じゃないです」
「っ……!」
「確かに下心はありますが、養護施設に入ったのは本当にたまたまですよ」
「……!? ……??……?」
怒りで頭に血が上ったラナンに心の声を被せることで困惑を引き起こした。彼女は案の定、戸惑いで言葉に詰まってしまっている。
「これまでの男たちのような下心と一緒にしないでください。俺だって傷つきます」
「これまで……って」
「ラナンとはあの夜会で初めて出会いましたし、今日は念願の2回目です。確かにあなたに関する噂や醜聞は調べはしましたけど、ストーカーしてまで情報を集めるほど俺は暇じゃありませんよ」
「……」
「でも、あなたの心の声を聞くことで、これまでの苦労は窺い知れた。あなたに関する情報が多いのだって、全部この能力のおかげです。俺だってなりふり構わず全部打ち明けてるんです、少しだけ前向きに検討してくれませんか?」
疑いの眼差しは変わらずとも、呆気に取られたように口が開いて、ラナンの動きが固まってしまった。
マシューは一度小さく息を吐いた。
「とりあえず、扉の向こうで園長先生が待っているみたいなので、一度場所を変えてお話ししませんか?」
「え」
ラナンが振り返っても扉越しには園長先生の姿を確認することはできない。
恐る恐るラナンが扉を開いたら、「あら、お話は終わった?」と盗み聞きを試みるような体勢だった園長先生が誤魔化すように笑って言った。
ラナンが少しだけ沈黙した後、もう一度俺の方に振り返って言う。
「よければあなたも、ご一緒にどうですか」
外を指差しながら提案してきたラナンの表情は、先ほどよりもずっと柔らかくなっていた。
「私、来年にはミラビリアに殺されていると思うんです」
サンドイッチを頬張りながら呟いたラナンの言葉に、マシューの咀嚼も止まった。
表情を見てみれば、まるで当たり前のように、淡々としている。
「ミラビリアは私を殺そうって考えてませんでした?」
マシューのことを試すように挑発的な視線をよこしたラナンからは、諦観の念を感じた。
「あの夜会の時は、そこまでのことは考えてなかったよ」
正直に伝えると、再びラナンは庭の真ん中で食事を囲む子供たちを眺める姿勢に戻った。
彼女の横顔は穏やかだ。嬉しそうにマシューと同じサンドイッチを頬張る子供達を、それはそれは愛おしそうに見つめている。
子供の一人がこちらに気づいたのか、大きく手を振って笑顔を向ける。ラナンもその挨拶に手を振り返して微笑んだ。
一瞬子供と視線が合って、マシューはラナンに声をかける。
「なるほど、これを作ったのはラナンだったんだ」
「え」
「サンドイッチ。栄養バランスもいいし、種類も豊富だけど、この鶏肉は下ごしらえにも時間がかかったろう。俺もたまに作るけどこんなに美味しくは作れない」
「……あの子がそこまでのことを?」
「いや、俺が聞いたのは、サンドイッチの作者の情報だけ。後半は俺の感想」
庭に出て、初めてラナンとしっかり目が合った。
ぱちくり、と長いまつ毛を上下させた後、ラナンがふふっと笑みをこぼして目を細める。
風に揺れた木漏れ日がラナンの頬に睫毛の影を落としていた。
「……さっきの話、ちゃんと貴方に共有します」
(一人じゃ限界だったもの。いっそこの人に賭けてみてもいいかもしれない)
ラナンの心の声に、ようやくマシューの緊張がほぐれた気がした。
気を張っていたのか、上半身の筋肉が今ようやく緩んだようで、自分の体重を実感して思わず左手で後ろに手をついた。土が手のひらを汚した。
慌てて手を振り土を落とそうとすると、ラナンが膝にひいていたハンカチを持ってマシューの左手を取り、そして問答無用で拭き始めた。白いハンカチが泥で汚れるのを全く意に介していないようだ。
「そもそもミラビリアと私は本当の双子じゃないんです」
「え?」
「母親同士が双子で同じ日に生まれたから、双子と言ってもいいらしいんですけどね。実際私たちはとっても似ているし」
雰囲気は大きく異なれど、顔つきも髪質も背丈だってそっくりだったのを思い出す。
「……本当に同じ母親から生まれた双子であれば、もっと特別な絆が芽生えたでしょうに」
あり得ない出来事に焦がれるような声でラナンが呟いた。
なんと言い返せば良いかわからず、マシューはされるがままの左手をじっと見ることしかできない。
「それで、どうして殺すなんて話に…?」
引っかかっていた疑問を口にすれば、ラナンはまた淡々と続けた。
「ミラビリアは私と本当の双子じゃないので、正統な後継者じゃないんですよ。財産分与も養子と嫡子では割合が大きく異なるのがこの国のルールですよね…?」
「一般的には、そうだね」
「他にもさまざまな優劣を押し付けられてしまうことに気づいたミラビリアは、計画を立てました。それが、私と立場を入れ替わろう、というものです」
学園の成績の改ざん、黒い噂のすり替え。ラナンとミラビリアの周囲は、すっかりミラビリアの策略にハマっているらしいというのは、先日のパーティーで実感していた。
「お分かりの通り、公的な書類はごまかせません。ミラビリアが養子であることは覆らない。けれど、醜聞のある嫡子と優秀な養子という噂を土台とし、さらには嫡子に大きな問題……それこそ、死んでしまうことがあれば……」
「空いた後継者の位置に収まることが容易だってわけか」
「そうです」
ラナンと再び視線があう。
深いブルーの瞳が宝石のように輝いていて、そしてその目を通してラナンの声が聞こえる。
(もっと早くミラビリアの考えに気づくことができたら…)
後悔に似た嘆きだった。
「今からでも間に合う。問題を遡って、最初に誤解が生まれたところから紐解いていきましょう。そして着実に証拠を掴んで、しかるべき時に公表しましょう。殺されるともなればどんな手を使ってでも早い解決がいいし、相手は確かな罪状で裁くべきだ」
問題解決のために行動しようと決意したラナンを勇気づけるために、マシューは彼女の手を握って伝えた。
少し縮まった二人の距離にラナンが驚いて大袈裟に瞬きをする。
味方はここにいる、とマシュー言わずとも伝わるように、握った手に力が入る。
しかし
「その準備はもう整ってます」
ラナンの返答でマシューの思考が止まった。
「学園には成績改ざんの事実についての調査依頼書に加えて、筆跡鑑定と在学中の私のノートを送りつける用意があります。座学テストでのすり替えが主な原因なのでここさえ叩けばひとまずは。卒業に必要だった研究論文も気をつけていたのに結局すり替えられてしまったので、多分教師に協力者がいたのでしょうね。ですが目星がついております。ミラビリアとの関係性をつきとめた上で、その証拠も自分で押さえました。こちらは素人の用意なので参考になるかわかりませんが」
ラナンは続ける。
「肉体関係の噂に関しましては私の純潔の証明ができればいいのかなと思いまして、卒業後の日付の入った医師の確認書類を用意しています。それと、私は日記をつけているので一応それも証拠品になるのかと思い、学園在学中のものは厳重に保管しております。それと、私への認識が変わってしまった父上には、弁護人の証書が付属している手紙を書くことで説得を試みようと思って用意があります」
ラナンが一人でもできる範囲で整えたミラビリア包囲網は、文句がないのでは、とマシューも思った。
「あ、諦めていたのでは……?」
マシューの言葉に、ラナンが首をかしげる。
少し考えた後に、「ああ」と納得した相槌をうって、薄く微笑んだ。
「もしかして、諦めた言葉でも聞こえました?」
「あ……それは、まあ……」
今のラナンは、マシューが今まで抱いていた印象と雰囲気が違う。それこそ、あの夜会の時には考えられないような強かさを感じる。
そんな彼女に、自分のテレパス能力を明かしているにも関わらず、見当違いな読み取り方をしてしまったのでは、と視線を通して言われているようで、マシューは羞恥心が込み上がったような感覚になった。
けれどラナンは、なんでもない当たり前のことを喋るように言った。
「マシュー様、人の心は表と裏の二側面ではないのですよ。前後の文脈が違えば言葉の意味も変わります」
それは、マシューの価値観を揺さぶってくる言葉だった。
「私、心というものは液体のようなものだと思っているんです。経験、願望、感情、いろんなものが混ざり合ってゆらゆら動くもののような……。例えば好きという気持ちがあっても、その瞬間の衝動的なもので1秒後には無いものになっているかもしれませんし、友愛か恋愛かも好きの言葉だけじゃ判別しきれなかったりしますよね」
マシューにとっては、見えているこの世界が表で、聞こえる音が裏だとばかり思っていた。その二つでこの世界は成り立っているのだと考えていた。
「もしかしたら私は失望していたかもしれませんが、その失望は果たして全てに対してだったのか、それとも瞬間的なものだったのか、どちらだったと思われますか?」
これまでの話と、問いかけてくるラナンの薄い微笑みを見て、後者なのかなと思いつつ、マシューは自分の浅はかさと傲慢さを思い返して、ハァ……と大きなため息をついてしまった。
ラナンはくすくすと笑った。
「あら、顔を覆ってどういたしました?」
「……全知全能になりきってた自分を恥じている」
「恥じなくても。今回のお話でパワーアップしたかもしれませんよ」
前向きに変換するラナンを、指の隙間からちらりと見やると、木漏れ日に照らされてキラキラと笑う表情が飛び込んできた。
───ああ、みくびっていた。
たった1回しか会っていないのだから、彼女を知らなくて当然だというのに。心が聞こえるという能力はこんな当たり前の事実でさえ見失わせていたのだなあと思い知る。
マシューは、最初に会った時よりもずっとラナンを知りたいと思えた。
***
すっかり時間を潰してしまったので、ミラビリアへの対策は別日に話し合うことを約束した。約束を取り付けた時マシューの心の内で両手をあげて喜ぶ姿が再生されたような心地がして、ラナンが心を読む人でなくて良かった、なんて道すがら考えた。
後日再び養護施設に集まって話を進め、ラナンの名誉回復とミラビリアの悪事を証明する日として、第二皇女が主催する仮面舞踏会の日を選んだ。
というのも
「意中の女とはどうなった」
「ばっ、なっ、突然なんの話ですか!?」
「騎士団連中の雑談は、今じゃお前の恋愛話ばかりだ。聞けば相手はあのラナリニア・サキュレスだとか」
ラナンに対する冷やかしが込められているようで、マシューの表情がこわばる。
ちらりとマシューを見やった第二皇女は「おーこわ」と揶揄うように呟き、紅茶を啜った。
「お前の能力を持ってして興味を惹かれているというのなら、在学中の噂は嘘か」
第二皇女はさらりと言いやった。
「嘘ならいいんだ。サキュレス姉妹は親戚になる予定だからな。面倒ごとにならないのなら良い」
「親戚……? どういうことですか」
第二皇女はまつ毛の長い真紅の瞳をマシューに向ける。マシューのテレパス能力を知った上での、まっすぐな瞳。
口角がほんのり上がっているが彼女の目は笑っていない。
大理石で作られた真っ白のデスクに肘が置かれる。組んだ手に顎を乗せて第二皇女は続けた。
「我が従兄弟の第四皇子殿がミラビリア・サキュレスと婚約することが決まってなあ。なんでも、彼女に惚れてしまったのはもちろん、彼女の在学中の学力の高さや功績の数々も相まって認められたのだとか」
「それは詐欺だ!」
「む? そうなのか?」
第二皇女はコテンと首を傾げた。
「詳しく話せ、マシュー」




