96.世界の終わりと、独りのユーナ
暗闇に、意識だけが漂っていた。
……数時間は経っただろうか、あるいは数分だったのかもしれないし、もしかしたら数日かもしれない。もう、自分の体がそこにあることを確認できなかったし、見たいと思っても、その目に何かが映ることはなかった。
ロイドの命を奪ったことで、同時にわたしも死んでしまったのかもしれない……。
わたしの見える世界は消えてしまった。それでも……黒竜は倒すことができたんだろうか?
もう一度……みんなに会いたい――。
その時、もう何も見えることはないと思っていた闇の中に、銀色の光が輝いた。
「見つけた! ゆうなっ!!」
「……銀ちゃん!!」
幻……じゃないよね。嬉しさに、涙が頬を伝う。
「ゆうなの魂を探して、ここまで来れたんだ」
「ありがとう。……その後は、どう、なったの?」
そこで、銀ちゃんは何かを思い出したように、苛立たし気につぶやいた。
「あのバカ狐!! あの黒竜がどういう能力を持っているのか知ってて……あえて命を絶ったみたいなんだ」
銀ちゃんの言おうとしていることがわからない。
「黒竜は死んだ。その後、魔王としての真の力が発揮されたみたいで、世界がどんどん魔界に取り込まれていった。あいつがゆうなを利用して、魔王の力を最大限増幅させたことで、世界はおそらくほとんど魔界に取り込まれ……滅んでしまった……と思う」
「そんな……」
「もし……世界が滅んだとしたら、そこに暮らしていた魂はどうなってしまうの?」
「たぶん、魂はどんなことがあってもあの海から天に昇るんだと、思う。今の世界は魔界の一部となってしまって、廃墟みたいになってしまったんだけど……たくさんの魂の気配は変わらずそこにあるんだ」
「じゃあ、みんな死んでしまって、天に昇った……?」
「いや、そういうわけでもないようなんだ。おれも、こんな経験初めてだからはっきりとは言えないけど……たくさんの魂は魔界に閉じ込められた状態にあるようで……正直、何がどうなってるかさっぱりわからない」
「助け出す方法が、もしかしたらある……?」
「いや、おれにはわからない」
銀ちゃんは静かに首を横に振った。
「おれは……ゆうなを助けたい。でも……できることは、きっとほとんどない……どうすればいいだろう?」
銀ちゃんの目から涙が溢れ、必死にぬぐっている。わたしは、ゆっくりと考えた。
「ありがとう。……もしもこの戦いで命を落としてしまった人たちがいたら、導いてあげてほしいな」
「……ああ、それならできると……思う」
「そして……一緒に、ロイドの魂を導いてあげてほしい」
「でも、あいつは……!」
「たくさんの犠牲も出た。ロイドのしたことをわたしは許せない……けど、ルーチェ様が言ってたんだ。善悪を決めて裁くのは……わたしじゃない。わたしは、ロイドの魂にも、天に昇ってほしいと思ってるんだ」
「……わかった。これから、ゆうなは、どうする?」
「……もう、何もできないかもしれないけど……銀ちゃんの言う通り、まだこの世界にみんなの魂が閉じ込められているなら……もう少し、この世界のためにがんばってみる」
無理して笑って見せると、ぎこちなくも笑顔を作れた。
「ゆうなの願いはなんとか叶えてやるよ。もう、二度と会えないかもしれないけど……それでも、おれはゆうなと……また――」
銀ちゃんの最後の言葉は聞こえなかった。わたしと銀ちゃんは静かに抱き合い、別れを惜しむと……そのまま銀ちゃんは暗闇の中に去っていった。
黒い雲は次第に晴れてきた……自分の体の感覚も徐々に取り戻してきている。
でも、そこには、すべての色を無くした、死の世界が広がっていた。
わたしが黒竜に飲み込まれた時は、大穴の中にいたはずだったけれど、今は見渡す限り、岩の転がる荒野。……自分がどこにいるのか見当もつかない。
目的があるわけでもなく、ひたすら歩いた。どれだけ歩いても、何も変わらなかったけれど。
あ……建物がある!
あわてて駆け寄ると、その光景に目を疑った。まるで古代に滅んだ遺跡のように目の前に現れたそれは、オーク村の大壁だった。
風化して今にも崩れそうだけど、わたしはたしかにその建造物を良く知っている。念のため周辺を歩き回ってみたけれど、人に会うどころか、なんの生き物の気配もない。
諦めてしばらく進んだ場所には、今にも崩れそうな石づくりの建物。ここにも見覚えが……きっとサンルードの街だ。
時間も距離も……すべてがめちゃくちゃになった死の世界。ここはそういう場所なんだろう。
わたしは泣かないように、歯をくいしばって歩き続けた。
既に、足の感覚はなくなっていた。
「あっ!」
足がもつれ、その場に派手に転んでしまう。擦りむいた足からは、血が流れていた。……血が、出るんだ。
「こんなことで、生きていることを実感できてもね……」
もう、いっそのこと、終わりにしたい――。
その時――。ふと、みんなの顔が浮かんだ。
わたしが初めてこの世界に召喚された時からずっと優しく見守ってくれたアレクス。
いつも呆れながらも、わたしのことを一番に思い、守ってくれたシオウ。
口は悪いけれど、静かな情熱を持っていて、わたしを導いてくれたノア。
熱い思いを持って、最後までわたしのために行動してくれた銀ちゃん。
そして、今もずっとわたしの帰りを待って国を守り続けてくれている、レイヴァル様。
他にも……たくさんの、セント=フェアリアで出会った多くの人達。
簡単に手放せないほどの、関りを持ってしまった……大切な人達。
「あ……ノアのおまじない……」
……胸に光が灯った。そこから、温かい思いが込み上げてくる。
「……ありがとう、ノア。……でも、わたし、もうこれ以上何ができるかわからないよ」
今はただただその温かい光だけを失わないように、わたしはその場でうずくまった。




