95.ロイドとの決別 ~世界を守る覚悟~
『はい。これで世界を自分のものにできる。みなさん、ご協力ありがとうございました』
ロイドが放った一言の意味を、どうしても理解できない。……いや、これ以上考えることを、頭が拒否しているのかもしれない。
「こんな愚かなことをするために、お前は今まで魔王研究に力を入れてきたのか!」
苛立ったように、ノアが叫んだ。
『それもこれも、全て先生のおかげですね。たくさんの知識を与えてもらったことで、魔王の力を試してみたいという気持ちに気付けたんです。それに、王宮で働いているといろいろな人間を利用することも簡単でした』
「……ふざけんなよ。すぐに殺してやるから、待ってろ」
攻撃に転じようとしたノアの動きがぴたりと止まる。
『俺は魂を操れます。ユーナ様の研究でも実証済みでしたが、元の体と新しい魂の能力はお互いに相乗効果で強まる。……俺の力を黒竜の体で使えば、どんなことでもできそうですね』
ノアだけでなく、みんなの体も縛られたように動かない。……わたし以外は。
『あれ、ユーナ様には効きませんか。さすが、聖女だけあるなぁ』
黒竜の大きな顔が、わたしの目の前まで近づいてきた。
「ロイド……今なら、引き返せる。一緒に……帰ろうよ?」
『聖女として会えたのがユーナ様で、本当に良かったです。……今の俺と最も相性のいい力……増幅魔法、活用させてもらいます』
「ユーナ! 逃げろ!!」
そんなこと言われても、ここで動いたところでどうなるというんだろう……
目の前の黒竜は、大きな口を開いた。わたしは、その様子をまるで他人事のように、映画か何かをみている気持ちで見上げる。
……そこまでは、覚えている。
意識はあった。でも、今のわたしは、生きているのか、死んでいるのかもわからない。
しばらくして、周りの様子がぼんやりと見えてきた。そして、自分の見ている景色が、黒竜の視界そのものだと理解する。自由に体を動かすこともできない。
『すごい、力が溢れてくる。魔王の力と聖女の力を同時に手に入れられるなんて、最高だ』
呆然とする皆の顔が見える。わたしは、ロイドによって黒竜に取り込まれたみたい……。
ロイドの魂と一緒に黒竜の中にいるからか、ロイドが何を考え、何をしようとしているのか漠然と感じられた。ロイドが発生させた黒い雲がその場を覆い……穴の外へも広がっていく。あまりにも巨大な力……きっと、今なら世界を覆いつくすことも可能だろう。
(やめて!!)
わたしの声は音にならず、闇に消えた。
暗闇に縛られている気がする。五感すべて、自由にならない。
……でも、わたしの意識がまだ存在している限り、できることはあるんじゃないだろうか?
わたしはただひたすらに心を鎮め、ロイドの思考に集中した。すると……不思議な光景が脳裏に浮かんでくる。
森の奥……。身を潜めるように静かに暮らしているのは、小さい頃のロイド……?
場面が切り替わると、少し大きくなったロイドは、森が炎に焼かれている光景を、離れた高台で見つめていた。逃げ惑う村の人々はロイドと同じ獣の耳をしている。そして、それを追い詰めて火を放ち、次々と命を奪っているのは……人間。
以前、ロイドは『一族は滅んだ』と教えてくれた。これがその時の光景なんだろうと思う。実際にその場にいるかのように見えた光景はやけに生々しく、直視できないほどの残酷さだった。
思わず、せき込むわたし……。
気付くと、ひたすら闇が続く空間の中、わたしの前にロイドが立っている。わたし達は向かい合って立っていた。
「俺の心、覗きましたね。……悪趣味」
「そんな……つもりでは」
辛い。今にも涙がこぼれそうになるのを我慢する。
「ユーナ様は勘違いしているかもしれないですけど、復讐……なんて安っぽい感情でこんなことをしたわけじゃないですよ」
「じゃあ、ロイドは……なにを望んでいるの?」
しばらくの間の後、ロイドは話し始めた。
「命など、儚い物です。一族で一人、俺が生き残ったところで、せいぜい数十年もすれば、その命は終わってしまうでしょう」
「……」
「王だろうが、聖女だろうが、どんなに力を持っていたって、死ねば終わりです。でも、俺は魔王研究をする中で知ったんです。――魔王となれば、永遠に世界に影響し続けることができる。こんな素晴らしいことってありますか?」
「それで……ロイドはいいの? 今を生きることをあきらめてしまうの?」
「どんな言葉をかけられても、俺の気持ちはもう変わりません。それに、ここまで来てしまったのです。今更、無理ですよ。……止める方法はありません」
「ロイド……」
わたしの手には、何故か短剣が握られていた。手が震え、今にも短剣を取り落としそうになる。わたしはほんの前、黒竜と戦っている時に、ロイドにかけられた言葉を思い出していた。
『魔王を相手にするということは、たくさんの命の選択をしなければならないということです。こうしている間にも、元の世界では魔王の影響で誰かが亡くなっているかもしれない。……それでも、ユーナ様にはできることがある。選ばれた力を持っているんです。……命を守る、覚悟がありますか?』
あの時――。ロイドはどんな気持ちでその言葉を口にしたんだろう? でも、そのおかげで、わたしもとっくに心を決めている。
「ロイドが教えてくれた……わたしはロイドと決別してでも、この世界を守ってみせる!!」
わたしはロイドに向かって走り寄った。
「ユーナ様と過ごした日々、けっこう楽しかったですよ。……さよなら」
わたしがロイドの体に短剣を突き刺した瞬間……世界は、全部消えてしまった。




