93.命の河
黒い雲は完全に立ち消え、辺りが見渡せるようになった。それでも、アレクス、シオウ、ロイドは立ち上がらない。
わたしは、頭が真っ白になっていた。
ロイドのケガの状況はわからないけれど、苦しそうに肩で息をしている。シオウは……倒れているそばの、突き出た鋭利な岩の先端から血が滴っている。胸部分は、赤く染まっているみたいだけど……。アレクスは……片腕がなくなっていた。シオウとアレクスは、ぴくりとも動かない。
あまりの惨状に、呆然として立ち尽くしていると……
「ユーナ、回復魔法を!」
ノアに声を掛けられ、動かなきゃと思っても、足がすくんでしまう。その間にも、ノアがロイドのそばに駆け寄って魔法をかけている。
「俺の魔法ではロイドのケガの回復で限界だ! 命を復活させるほどの力は、聖女にしかない。ユーナ!! しっかりしろ!!!」
わかっている……わかっているんだけど――……その間にも、黒竜は再び動き出す。
「ゆうな、おれが魔王の気を引いてるから、今のうちに何とかがんばれ!!」
銀ちゃんがわたしのそばを離れ、黒竜のそばに飛んでいった。
ようやく何とか気持ちを奮い立たせ、動くようになった両手を組んで、わたしはひたすら祈った。
お願いします……どうか、みんなの命を奪わないで……
どこか、遠い話だと思った。「魔王を倒す」なんていっても、ゲームか何かの延長線上で捉えていたのかもしれない。だから、現実に、わたしの前からだれかがいなくなることを本当の意味で理解していなかった。……いや、今でも分かっていないかもしれない。
わたしの魔法は光りながら3人の体を包み……そのまま立ち消えた。ロイドはついに起き上がったけど、二人は……
「ユーナ、まだだ! 商人からもらった装飾品に、力を流し込むイメージでやってみろ!」
ノアに言われた通り、もう一度やってみる。すると……かすかだけれどさっきよりも少し、体全体が熱くなる感じがした。
そしてその瞬間……大穴から見える天井――、空を埋め尽くす、たくさんの光を見た。光は一つ一つが小さなものだったけれど、より集まって一方向に向かって進んでいっていた。わたしの意識はなぜか天に昇り、温かい光の中に埋もれている。そしてそのまま、大きな流れについていった。
不思議と、穏やかな気持ちだった。そして、自分の向かう先も理解する。このままだと……海にたどり着く。魂の行きつく、あの、綺麗な海へ……
「だめ! 戻ってきて」
わたしは精いっぱい叫び目の前の光をつかむ。
……そこで、我に返ると、わたしは相変わらず黒竜の住処の大穴にいた。
ノアがこちらを見ている。二人は……!?
「うわっ、死んだかと思った!!」
「……聖女様、助かりました」
アレクスとシオウが、何事もなかったかのように立ち上がっている。そのまま戦いに戻る二人。
……わたしは思わず座り込んだ。同時に、つけていたブレスレッドが力を失ったように、外れた。
「ユーナ、よくやった。おまえの力があれば、なんとかあの竜も倒せるな」
ノアも戦いに走っていった。
二人は助かった。その現実があっても、わたしは未だに震えが止まらない。
言い様のない恐怖が襲ってくる……わたしは、自分の手で、人の生死を操作できてしまう力を持っている。
気持ちの整理がつかないわたしに、ロイドが駆け寄ってきた。
「ユーナ様、俺も助かりました。ありがとうございます」
「う……ん」
ロイドはわたしの顔をじっと覗き込んだ。
「ユーナ様……人も、魔物も、植物も……この世界のすべては生きています。俺達は、皆、無意識に命を選んで生きているんです。何かを守るために何かを殺すこともあります」
ロイドは、何を言いたいのだろう? 返事ができずそのまま続きを待つ。
「魔王を相手にするということは、たくさんの命の選択をしなければならないということです。こうしている間にも、元の世界では魔王の影響で誰かが亡くなっているかもしれない。……それでも、ユーナ様にはできることがある。選ばれた力を持っているんです。……命を守る、覚悟がありますか?」
「う……うん。そうだね。わたしは――」
目の前にある、できることをするしかない。そのための覚悟を、ロイドが伝えてくれた。気合を入れて立ち上がろうとすると、わたしの体は思ったより動いてくれた。
その後の戦いも厳しいものだった。それでも、わたしは何度も聖女としての力を使い、みんなを守ろうと努力したし、戦いのこつを掴んできたみんなも、じわじわと黒竜を追い詰めていった。
ギャアアアアアアアア!!!!!
アレクスの攻撃で、ついに黒竜の大きな尻尾が落とされた。
「もう少しだ、もう少しで、倒せるぞ!」
みんながとどめを刺そうと、黒竜に向かう。
その時……黒竜が大きな光を放ち、わたし達は吹き飛ばされた。
「え……なんで……?」
状況がわかってくると、不思議な光景が目の前に飛び込んできた。黒竜のそばには、ロイドが倒れている。そして……
『は、はは……ちょっと、動き辛いですかね』
黒竜が、言葉を発する。……ロイドの声で。
「ロイド、なの?」
『はい、竜の体を乗っ取りました。ここまで大きな物の体を動かすのは初めてなので、ちょっと慣れるのに時間がかかりそうですね』
軽い口調で答えるロイド……が乗っ取った黒竜。みんなはどうしていいのかわからず、動きを止めている。
「ロイド……これが目的か……?」
そこで、ノアが前に出て、厳しい表情で尋ねる。それってどういうこと……? 黒竜には表情はない。それでも、ロイドの入ったそれは、邪悪な笑みを浮かべたように見えた。
『はい。これで世界を自分のものにできる。みなさん、ご協力ありがとうございました』




