90.魔界の旅
まるで月面にいるようだな、と思った。黒竜を追ってわたし達が入ってきた場所は、ごつごつした岩肌の大地がどこまでも続き、空はペンキで塗ったかのように真っ黒な、不気味な世界だった。それでも、完全に暗闇というわけではなく、不思議とみんなの姿は見える。
「あれ、黒竜の姿が見当たらないな」
辺りは不自然なまでに静まり返っていて、気合を入れてきたわたしは拍子抜けしていた。
「ユーナ様は、どこに黒竜がいるか感じますか?」
ロイドに聞かれ、わたしは周りを見渡してみた。
「……ずっと遠くの、あの崖の方に、何か感じる。黒い……光?」
自分で言っていても矛盾しているとわかるけど、そう見えるんだからしょうがない。
「じゃあ、今すぐ戦わなければならない事態ではないみたいですね」
今のところ危険もなさそうだし、わたしは少しほっとして……あることに気付いた。
「……寝てたまんまの服で来ちゃった!!」
はずかしい! しかも冷静になってみんなの様子をはっきり確認できるようになると、他のみんなはしっかり準備が整っている。寝てたんじゃないの?
「聖女様、カイル様より預かった袋を持ってきています」
「シオウ! ありがとう!!」
朝着替えるつもりで、それでも万が一と思って、何でも入る収納袋に衣装を入れておいてよかった! こっちを見ないようにと何度も念押ししたわたしは、岩場の陰でこっそり着替えた。
「お待たせ……しました」
「ユーナっ! なんていうか、その……似合ってるな」
「無理に感想絞り出さなくていいから!」
「いや、そんなことは!! ……なんて言っていいか……」
わたしの聖女服姿を初めて見たアレクスは、言葉に困っている様子でフォローしてくれた。他のみんなも生暖かい目で見てくるようで、本当にいたたまれない。
「さ、さあ! 準備万端! はりきって行こーう」
わたしは黒竜の気配がする方へ、先陣を切って歩き出した。
・・・・・・
……そう遠くないうちに、戦いが始まると覚悟はしていた。なのに、いくら進んでも、一向に気配が近づく感じがしない。いや、遠すぎるのが問題なのかも。
わたし達は、もう既に数日歩いている。この『魔界』なる場所はずっと夜が続いているので、正確な時間はわからないけど、わたし達は何度か安全そうな場所を見つけて休んだし、食事も数度とったから……間違いなく3日以上は経っていると思う。
最初は果てしなく岩場が続いていると思っていたけど、だんだん人工物らしき遺跡のようなものが転がっている場所を歩くようになった。大きな神殿風の建物が崩れたり、数メートルもありそうな石像が倒れてひび割れたりしている。
「ここが魔界という場所なんだよね? なんで、こんな遺跡のような場所があるんだろう」
「魔界について研究はほとんど進んでいない。別の世界が滅びた跡地であるとか、人間と似た姿の魔王が過去に文明を築いていたとかいろいろ言われてはいるな」
ノアが教えてくれた。わたしも想像を働かせてみるけど、この場所がどうしてできたのかさっぱりわからない……
ここまで、何度か魔物と遭遇し、戦ってきた。今まで見てきた魔物達と比べるとものすごく強いので、一体一体を倒すのも真剣だ。それでも、みんながこれまで準備してきた甲斐もあって、ここまで無事に進んでこれている。
わたしの感じる黒い光を頼りに、ここまで歩いてきた。そして、目の前には切り立った崖がそびえている。これ……登れるかな?
「よし! ゆうな、背中に乗れ」
銀ちゃんが獣姿に変わり、背中に乗せてくれる。
「落ちないように、しっかりつかまってろよ」
「うん、ありがとう」
わたしは銀ちゃんにぎゅうっと抱き着いた。
「おい、ソウル。往復して俺らも乗せろ」
「は? そんなん疲れるからごめんだ。それに、男を乗せても何も面白いことはないだろ」
「お前……なんか腹立つな」
「全くだ。移動手段くらいしか役立たなそうなくせにな」
アレクスとノアが愚痴っている。
「おい。さっきから黙っていれば何を勝手な……」
「ぷっ。バカ犬。そういえば、お前ユーナ様一人しか乗せてるの見たことないもんな」
「なんだと!!!? おれはな、スピード重視タイプなんだよ」
ロイドのとどめの一言で完全に火が付いた銀ちゃんは、結局、麓から頂上までものすごい速さで3往復した。その間にロイドは悠々と一人で登ってきていたし、シオウは我関せずといったように冷静に断り、自力で登っていた。
頂上に着いても……黒竜はいなかった。この辺りに気配があった気がしたんだけど、登ってみると消えてしまった。おかしいな。
山の頂上だと思っていたけれど、登ってみるとそこからまた平らに地面は広がっていた。近くには、石が積み上げられたストーンヘンジのような遺跡があったが、それ以外は、さっきまで歩いてきた岩場と変わらない。
「疲れた……もう、無理」
しばらくそこにいても何も起こらないことがわかり、銀ちゃんもばったりと倒れ込んだので、そのまま休憩することになった。
カイルのくれた袋には、何と簡易テントまで入っていた。昔、日本にいた頃……ゲームをしていて、こんなに荷物持てるのかよ!? と思っていたものだったが……不思議パワーで現実になったことに密かに感動している。
今までの休憩では、見張りを交代しながら仮眠している。わたしはあまり役立たないし、休んでいていいと言われているけど、みんなにばかりやってもらっても悪いので、何度かは見張り役をしていた。
「あ、この時間はノアも一緒なんだね」
わたし達6人は、遺跡のそばを拠点として休んでいた。倒れた石に座って見張りをしていたノアの隣に、わたしも腰かける。
「ここから先……どこに進めばいいんだろう? 本当に黒竜を見つけられるのかな?」
「ここまで来れたんだ。すぐに、見つかると思う……そうだ」
ノアが何かを思い出したように、わたしに向き直った。そのまま人差し指をわたしのおでこに近づけると、何か唱えた。ふんわりと、温かい気持ちになる。
「ん? 何したの?」
「おまじない。……『希望を忘れない』ってだけだけで、大した力はないけど」
「……ありがとう」
その後、テントに入って休んでいると、いつの間にか眠ってしまったようだ。夢は、見なかった。突然、大きな揺れを感じる。
黒竜が現れた!?
外に出ると、みんなその場に立ちすくんでいた。わたし達が拠点とした遺跡周辺を残し、先に続く大地が大きく陥没していた。……底は見えないほどの大きく、深い穴が空いている。
そして、そのクレーターのような穴の中から、黒い光があふれだしていた。




