89.最終決戦への覚悟
騒ぎを聞きつけて部屋を出ると、そこにはシオウが待機していた。
「シオウ! 魔王が現れたって……」
「はい、大壁の向こうに、空間の歪みが突如現れたとのことです」
「……行こう!」
屋敷を出ると、大壁の方向に、その高さを余裕で超える大きさの黒竜の姿が見えた。まだ、村は被害が出ていないようだけど……走って間に合うだろうか?
「ゆうな、いたっ! ……乗るか?」
「うんっ。ありがとう!」
少し走って村に近付いたところで、銀ちゃんに会った。獣姿に変わると、わたしを乗せてくれる。
「悪いけど1人乗りだ。シオウは走って来れるな?」
「問題ありません」
銀ちゃんが一気に加速すると、一瞬で大壁の前についた。近付いてみると……王都を襲撃したときと同じように、黒い雲が立ち込めている。そして、そこからたくさんの魔物が湧いてきている。
その場の皆が、黒い雲から出てきた魔物達と戦っていた。アレクスがみんなの先頭に立ち、エンクにまたがって魔物達をばっさばっさと倒している。やっぱり、尋常じゃないくらい強い……。
これまた先についていたノアが、わたし達の姿を確認すると、急いで作戦を伝えてきた。
「黒竜は空間の歪からまだ完全に出てきていない。今のうちにあの黒い雲の中に押し戻して、俺達も一緒にあの中に入るぞ」
「わかった! ……でも、どうやって?」
「前みたいに、全力で光魔法を放っても、黒竜の体は全部こっちに出ているわけでもないし、大した効果がないまま、俺達の魔力が削られるだけだな」
「おれが殴り倒してやろうか?」
……なんだかうきうきした様子の銀ちゃんの提案は、却下された。
「確実な方法で行こう。ロイド、俺を乗せて跳べるか? けっこう細かく指示出すけど、その通り動いてほしい」
「わかりました」
ロイドが変身する瞬間、銀ちゃんに向かって、ふっとバカにするような笑顔を向ける。銀ちゃんは不満そうに何か愚痴っていたけど、ロイドに乗ったノアはぐんぐん飛んでいった。「次は右! 真上に2メートル!」と細かい指示を出しながら、杖で何か描いていくノア。次第にその軌道は光りはじめ、大きな魔法陣のような不思議な模様になっていった……
「くそ! あと一部分で完成なのに、黒竜に狙われて近付けない」
しばらく飛び回っていたノア達が、あと少しというところで、急に動きが鈍くなった。その間にも、黒竜が口を開き、ノアとロイドに向けて攻撃の準備を始めていた。
「うわ! 先生、さすがにあれは避けきれないですってば」
「……これは、死ぬな」
その時、クレアの放った矢が、黒竜の顔を掠めた。一瞬にしてターゲットをクレアに変えた黒竜が、黒い光のブレスを放つ。
「……ノア様! 今のうちに!!」
「クレア! 危ない!!」
避けきれない! わたしが瞬間的に祈ると、クレアのいたところに光の傘のようなものが現れ、黒竜の攻撃から身を守った。……でも、破られる!!
……と思った瞬間、スタークがクレアを抱えて、別な場所に避難していた。
「うわっ! 危ないですよ、まったく。無茶しすぎですってば」
「スターク! 私は別に助けてもらわなくても大丈夫よ」
「はいはい、素直じゃないところも可愛いですよ」
「……はぁ!?」
無事で……よかった。クレアとスタークは何だかもめているようだけど、今は放っておこう。
「完成した!」
わたし達がばたばたしている間に、ノアの大きな魔法陣が出来上がり、光を放ち始める。その光は直視できないほど眩しく、辺りは昼間のように明るくなった。
「あ……網!?」
その光は……黒竜をすっぽりと包み込むような、大きな網……ネットのような形になっていた。黒い雲から半分体を出していた黒竜は、その網に絡まるようにしてひとしきり暴れた。でも、動けば動くほど絡まり、ついに諦めたのか再び黒い雲の中にゆっくりと戻っていった。
「ノア、すごい! なにその魔法!?」
「動きは封じられるけど、別にダメージを与えられるわけじゃないからな。黒竜が完全に戻ってしまえば、あの雲も消える。すぐに、追いかけるぞ」
「よしっ! 予定より早まったけど、行くか!」
わたしが黒竜に気を取られているうちに、近くにいるほとんどの魔物を倒していたアレクスが近寄ってきた。
「アレクス、これから先はその幻獣は置いていけ」
「う……エンクは……だめか。ごめんな、良い子で待ってろよ」
アレクスがエンクと別れを惜しんでいる間に、ロイドとノアは、動き出した。そのままためらいもなく雲の中へ飛び込んでいって、あっという間にその姿が見えなくなった。
「聖女様! 先に行っています」
いつの間にか到着していて、魔物を切り倒していたらしいシオウも、大壁からジャンプして雲の中に飛び込んでいった。
「よっしゃ! みんな、村のことは任せた! 命は大切にな!」
その場の皆に大声で挨拶をしたアレクスも、その後に続いた。
これから……魔王との戦いが始まる……
「ゆうな、大丈夫か?」
不安そうに銀ちゃんがわたしの顔を覗き込んできた。
「……うん、銀ちゃん、ありがとう。行こう!!」
勇気を出して……わたしはついに、魔界へと踏み入った。




