84.脱出
わたしとノアがルドウェアの迷宮に閉じ込められてから、一時間くらいは経っただろうか? 誰かが様子を見にくる気配も全くない。……そもそも、出入り口のようなものが見当たらない。
「……それで、どうしようか? やっぱり、ひたすら進んでみる?」
「そうだな……」
ノアはしばらく何かを探すように辺りを見渡した。
「……よかった、あった」
ノアの視線の先には、細く続いていく、光の糸。
「後で持ち帰ろうと、光芒の杖に目印の魔法をつけておいた。一回魔法を封じられて消えたかと思ったけど、何とか残ってたな」
「……その光の糸って、昔わたしもマーキングされてたやつだよね」
「そうだっけ?」
忘れもしない、オーク村に逃げ込んだ時、わたしから出ていた光の糸はノアの仕業だったとは。そんなわたしの複雑な思いなど知る由もなく、ノアは糸を辿って進んでいった。こんな場所に残されたらあまりの恐怖に耐えられない。わたしも慌ててその後を追う。
……進めば進むほど、『聖女の失敗作』としてここに閉じ込められ、亡くなった女の人達に出会った。ぼうっと光っているので、嫌でも目に入る。嘆き悲しむ女の人達はこちらに気付く様子もなかった。未だにその姿を見かけた瞬間震えあがる思いがするけれど……ノアが近くを歩いてくれているので、なんとか取り乱さずに済んでいる。
やっとその姿を、遠目には確認できるようになってくると……あることに気付いた。みんなの体から、青白い輝きが出ていて……そしてその輝きが、わたし達が辿っている光の糸と同じ方向に向かっているみたいなんだけど……
「ここにいる聖女達の魂にも、ノアが魔法で印を……つけたわけじゃないよね?」
「んなわけないだろ、みんな今日初対面。ただ、この光の行く先、全部同じ方向だから、何かに引き寄せられてるみたいだな」
光を頼りに進むこと数時間。……正確には、時計もないので数時間は経ったかと思うほど進んだ時。
突然、大きな黒い壁が目の前に現れた。その壁には、魔法陣のような模様や、よくわからない呪文がびっしりと描いてある。
「明らかに、ここだな」
壁の中に光が向かい……そこで途切れている。きっとこの先に流れ込んでいるということなんだろうけど……
「この壁、横にも周り込めるみたいだけど、相当でかそうだな」
ノアと一緒に少し歩いてみて様子がわかってきた。壁のように見えて、実は大きな柱のようになっているのだ。その証拠に、周囲を歩いてみると、しばらくして元の場所に戻ってきた。大きなビルがすっぽり入るくらいは太い円柱状なのでは? 壁だと思ったくらいなので、高さも相当ある。
「あれ……? ノアの体から光が出てるよ? というかわたしからも!? なんなのこれ」
聖女の魂と同じような光が体から湧き上がり、それも柱の中に続いている。
「ここには、おそらくルドウェアの動力源があるんだと思う……」
「動力源?」
「これほどの大きさの土地を浮かせられるほどの、魔力の塊のようなものかな。そしてここにいる聖職者……聖女召喚の中心人物達は、その力をかなり利用していると言われている」
「そんな大事な場所に、どうして過去の聖女達やわたし達は閉じ込められたんだろう?」
「おそらく……ここに閉じ込めた人間の魔力も、少しずつ吸収してエネルギーとして使ってるみたいだ。失敗作とは言われても、まがりなりにも聖女として召喚された人間なんだから、いい資源なんだろ」
「何それ……ひどい。聖女達は未だに閉じ込められているだけじゃなくて、その力も利用されてるってことだよね。何とか、ならないの?」
「まあ、ここを壊せば彷徨ってる魂も解放されるだろうし、何より俺達も助かる」
「……こんなひどい仕打ちをされたんだもん、正当防衛だよね?」
わたし達は無言でうなずき合った。そして、ノアが短剣で柱の呪文の一部に傷をつける。
「これで、魔法攻撃が効くようになった」
ノアが魔法を発動し、わたしが増幅させると……ものすごい爆音と共に、柱ががらがらと崩れ去った。柱があった場所には……ノアの言っていた魔力の塊がある。小さな太陽のような(それでも人間の数倍の大きさだったけど)赤黒い球体が浮かんでいる。
その球体の中には、光芒の杖が入っている。
「え? 何でこんなところに!?」
「俺が使って壊れた原因は、魔力が空になったこと……おそらくもう一度力を溜めるためにここに入れられたんだ」
ノアが魔力の球に触れようと手を伸ばす。
「ねえ、大丈夫なの!?」
「短時間ですませばどうにか。ユーナも手伝って」
「ええ!? あっ、待って」
ほとんど考える間もなく、ノアが手を突っ込んだので、わたしも一緒に手を伸ばした。熱くも痛くもないんだけど、頭の中で火花がばちばちしている感じがする。
顔まで入りそうなくらい腕を伸ばしたところで、杖に手が届いた。
「よし、一気に引き抜くぞ」
そのままノアと力を合わせ、強く引くと、すぽんっ!と杖が抜けた。勢いにまけて、しりもちをついてしまった……
ノアはそのまま杖を一振りすると……
ドオオオオオン!!!
迷宮の壁や柱が崩れていく。ノアが数回魔法を発動した時には、迷宮は風穴だらけの平地と化していた。壁にも床にも、穴が開き、外の光が差し込む。
そして……
空が、見えた。ノアの魔法で開いた天井の穴から見える、青。その空めがけて、聖女の魂達が一気に昇っていく。
「みんな……生きているうちに助けられなくてごめんなさい……」
みんな、あの海へたどり着けますように。それだけを願いながら、わたしはその様子を見つめ続ける。
そこへ、光の輪が出現して、慌てた様子のルドウェアの偉い人々が集まってきた。
「なんてことをしてくれたんだ! このままではルドウェアはいずれ地に落ちてしまうかもしれないぞ」
「あー、まあ、それもありですね」
のんきに答えるノア。
「なんだと! この二人を捕まえろ! 縛り上げて動力源に直接放り込め!!」
たくさんの人達に囲まれる。逃げ場は……ない。それでも、ノアは焦る様子もなく、父親を見据えた。
「お父様。俺は今まで悩んでいました。自分のしたことが正しかったのか、答えが出ない日々を送っていた」
「今更、命乞いか!」
「でも、今回の件でよくわかりました。ルドウェアに、未来はない。やがて、腐り落ちる運命にあると」
「……なんだと」
その瞬間、ノアがわたしを抱き上げ、大きく踏み出したかと思うと……
「もう、ここに何の未練もないです! じゃあっ」
ついさっき、ノアが魔法で開けた床の穴に飛び込む。
「えっ!? きゃああああああああああああ」
深くまで開いたその大きな穴は、ルドウェアの地面を突き破っていて……つまり、わたし達は物凄い高度の空中に投げ出された。
「なんでこんな脱出の方法にするの!! 他にもやり方あったよね!!??」
「いや、なんかこの方が、『脱出してやった』感があっていいだろ」
「よくない!!!」
人生初のスカイダイビング……まさかこんな形で体験しようとは。ゴオゴオと音を立てながら落下していくわたしの横で、やっとノアが魔法を発動させたのは、地面が間近に迫ってからだった。




