77.世界の可能性
早朝。日が昇るか昇らないかという時間から、わたしはルーチェ様の部屋のドアの前で全力待機している。
「おはよー……ってゆうな、そんなところで何してるんだ?」
「あ、銀ちゃんおはよう。何って、ルーチェ様にセント=フェアリアへ戻れるようにお願いしようと……」
「……たぶん、もう池に行ってると思うけど」
「ええっ、ご老人の早起き侮りがたし! ありがとう、行ってみる!」
わたしは全力ダッシュで池に向かった。
案の定、ルーチェ様は池を覗き込むように座っている。何時に起きたのだろう……。
「お、はようございます」
ルーチェ様はわたしに向けて軽く目を細めるくらいのあいさつを返してくれた。勢いで走ってきたものの、すぐに本題に入るのもなんだか気が引けたので、だまって隣に座った。
「いつも、何を見ているんですか?」
「世界の流れ、じゃな。何かに干渉することはめったにないが、迷いそうな魂には方向を教えてやることもある」
一緒に覗き込んでみる。何か黒い霧が見える気がするのだけれど、これは魔物が生まれる瞬間だと教えてもらった。
「……悪いことをした魂はどうなるのですか? もしかして地獄に!?」
「善悪はだれが決める? わしは神ではない。ただ、ここに送られてきた魂をそのまま次の命に導く仕事をしているだけ。導いてさえやれば、世界は巡るじゃろう。でもな、迷い苦しんでいる魂は、地上でずっと生まれ変われずに彷徨い続けているんじゃ。そのまま長い年月をかけて、魔物になってしまう魂もある」
「この世界って、不思議なことがいっぱいです……」
「ここに在る世界は一つの可能性。そういう意味では、ユウナも連れて来られたのではなく、この世界に存在し得る可能性にしかすぎない」
「え? はい?」
「そもそも、この世界自体が本当に存在するのかという話じゃ。ユウナが見えているのなら在り、逆に見ようとしなければ無い」
「哲学的すぎて、よくわかりません……」
「まあ、わからなくてもよい」
ルーチェ様はきっといろいろ知っている。もしかしたら、わたしの未来も見えているのかもしれない。
「さて……」
一息つくと、ルーチェ様が立ち上がった。
「戻りたいんだろう、王都へ送ってやろう」
「え! ありがとうございます!!」
やっぱり、ルーチェ様にはなんでもお見通しだった。わたしは慌ててついて行こうとすると……銀ちゃんが家の方から登って来たのが見えた。
どうしたんだろう? 真面目な顔して……
「ルーチェ様、おれも……行ってもいいですか」
「え? 銀ちゃん?」
「人の国に戻る決心はついたのか?」
「それは正直わかりません。まだ、怖いのかもしれません……でも、ゆうなの運命を近くで見てみたい……です」
銀ちゃんが一緒に付いてきてくれるということ?
「いいよな、ゆうな」
「えっ!? わたしは嬉しいくらいだけど、ここの生活はいいの?」
「ソウルがいずれ決意したら、いつでも旅立てるようには準備しておいた。ユウナ、連れていってやっておくれ」
ルーチェ様まで! 了承を得ると、銀ちゃんは旅支度をしてくると言って、元気に走っていった。
「いいんですか? ココルって、簡単に行き来できるような場所じゃなさそうですけど……」
「ソウルはもともとセント=フェアリアの西の国出身でな。何も初めての世界に行くというわけでもないから、平気だろう」
「そうだったんですね。でも、今はなぜここに住んでいるんですか?」
「ソウルの産まれた国では、未だに魔法を使える者への差別が厳しい。ましてやあの姿だ。あいつも奴隷のように扱われ、命を落としかけていたところを、わしがここへ連れてきたのじゃ」
「そんな……」
「ソウルにはこの場所で小さく生きるのではなく、世界の広さをもっと知ってほしいとも思うが……あいつは優しすぎる。人の魂のことをあまりにも自分事としてとらえすぎていれば、いずれ身が持たなくなるじゃろう」
ルーチェ様が言っていることが、よく分かる気がした。
「わたしでは……銀ちゃんを守ってあげられないかもしれません。本当に、いいのですか?」
「誰かを助けられると思いあがらないことじゃ。ユウナは自分の生を全力で生きなさい。ソウルにはソウルの、人生がある」
「そう……ですね」
「まあ、ユウナの強い魂の輝きは、黙っていても周りを巻き込むだろう。誠意を持って人と関われば、必ず助けの手は伸ばされる。人と協力すればできることもあるはずじゃ」
そういうと、ルーチェ様はとても優しく笑いかけてくれた。なんだか、すっと楽になった気がする。
「じゃあ、行くか」
獣姿に変身した銀ちゃんに乗せてもらうと、ふわりと浮き上がった。わたしが手を振ると、ルーチェ様も返してくれる。そのままぐるぐると旋回し、飛び立った。村の近くも通って、みんなに別れを告げる。
「銀ちゃん、ここから王都へは遠い? けっこうかかるかな?」
「いや……」
その瞬間、ぎゅんっと加速するのがわかる。
「一瞬だ! ちゃんとつかまってろよ」
わたし達は、天へ向かってぐんぐん上昇していった。




