76.魂送り
銀ちゃんの手伝いをしながら過ごす毎日は、けっこう充実していた。ルーチェ様は相変わらず物静かでいつも池のそばにいたけど、たまにこの世界の事を教えてくれた。……難しすぎて全くわからなかったけど。
数日たったある日、ふと感じた疑問を銀ちゃんに聞いてみた。
「そういえば……わたしってこっちの世界で1年くらい暮らしていたと思うんだけど、日本に戻った時には、半日くらいしか経ってなかったんだよね。世界によって、時間の流れが違うの?」
「難しいことはよくわからないけど、『時間というがいねんはあいまい』だってルーチェさまが言ってた」
「うん、本当によくわかってなさそうだね……じゃあ、わたしが日本に戻された時からどれだけ時間が経ってる……?」
聞いてみて、急に恐ろしくなる。まさか、数年経っているなどということもありえるのだろうか?
「あの時は冬だったな。今は、次の春が来てる」
じゃあ、2~3か月くらいだろうか? セント=フェアリアが無事なのか、ここにきて不安になった。
「どうしよう、わたし……ここでのんびりしている間にもなにか事件が起こっているかも……」
「安心しろとは言わないけれど、今夜が魂送りの儀式だ」
そういえば、ルーチェ様が終われば戻してくれるようなことを言っていた。じゃあ、明日にでも戻してもらえるかもしれない。
そわそわと落ち着かないまま夜を迎え、わたし達は海岸に来ていた。今夜はルーチェ様もいるし、村の人たちもみんな集まっていた。浜辺では松明が焚かれて、離れた人の顔も見れるくらいには明るかった。
「それでは、始めるぞ」
言うなり、ルーチェ様が海の中に入っていった。遠浅なのか、けっこう進んでも膝までは浸からない。
続いてルーチェ様が大きな木の杖を振ると、それに合わせて海から一斉に光が浮き上がり、空へ昇っていったかと思うと、すっと闇に消えていく。
「とても綺麗な光景だけど……まさかこれって魂なの?」
「それ以外何だっていうんだ」
「だ、だよね……」
隣で見ていた銀ちゃんが教えてくれた。この海には亡くなった者の魂が集まってくる。人間に限らず、命あるもの全てらしい。そして定期的に、ルーチェ様がその魂を浄化させることで、再び別の生を受ける準備ができるという。
やっぱり、ここって天国な気がする……
「ソウル、お前も手伝え」
しばらくすると、ルーチェ様に、銀ちゃんも来るように言われた。獣に姿を変えた銀ちゃんも、海の中に入っていてくるくると踊るように跳ね回っている。それに合わせて、綺麗な光が浮かび上がっては消えていった。
村の人たちも目を閉じ、祈っていると、辺りは淡い光でいっぱいになった。
ここにある海に見えるものは、全部誰かの魂なんだ。レイラの魂も、同じように天へと送られたのだろうか? なんだか少し切ない気持ちになる。
「わたしも……お手伝いできますか?」
「心から祈ることさえできれば、どんな人間にもさほど難しいことではない」
どうか、安らかに……
わたしが手を合わせ祈ると、辺りの海が一気に明るくなり、たくさんの魂が天へと消えていった。
「すごいですね! さすがせいじょ様です!」
「これは、ソウル様より見込みがあるのでは!?」
「おいっ! お前らの目は節穴かっ! おれの方が100万倍すごいんだぞっ」
村の人たちに、銀ちゃんがムキになって反論している。……小学生か。
「ソウル、真面目にやれ」
「……はい」
魂送りの儀式は、なんだか賑やかに進んだ。
「お、終わった……」
参加してみるまでわからなかったのだけど、魂が天に昇る瞬間、ほんの一瞬だけど、その生き物の過ごした時間に触れることになる。それは暑い日の森の様子だったり、川の底のきらめきだったり。もちろん、人の人生もほんの少しわたしをかすめていった。命を失ったのだから、いい思い出ばかりではない。つまり……ものすごく精神力を消費した。こんなことずっと続けているルーチェ様達……すごすぎる!
「みなさん、お疲れさ……え!?」
いつの間にか人間の姿になり、海から戻ってきた銀ちゃんは、ぼろぼろに泣いていた。
「だ、大丈夫?」
「ソウル、あまり感情をこめすぎてはいけないと日ごろから言ってるじゃろう」
「は……いっ! わかっ……てま……すっ」
それでもあふれ出る涙を拭おうと、ごしごしと目をこすっている銀ちゃん。
「……すごく、やさしいんだね。銀ちゃん」
「うるさいっ! 目にゴミが入っただけだっ」
どんなゴミだ。
どれだけたくさんの魂を天に送っても、海は相変わらず目の前に広がっている。そしてこの光景は、きっとずっと変わることはないのだろう。
わたし達は山の家に戻った。ルーチェ様はさすがに疲れたようで、早々と寝室へ入っていった。今日の光景に神経が高ぶってなかなか寝られそうにないわたしは、お茶を飲みながら椅子に座っていた。特に会話をするでもなく、隣には銀ちゃんも座っている。
銀ちゃん……夢の中で会った時は、魂を監視すると言っていた。でも、わたしやレイラを本気で心配してくれていたんだろうと思う。強がっているけど、やっぱり優しい人だと思う。
「……明日、あの国に戻れるといいな」
「えっ? あ、うん。そうだね」
突然話しかけられたので、ちょっとびっくりしてしまった。
「銀ちゃんにはいろいろお世話になったね。……もしかしてわたしがこの世界に来た時から全部お見通し?」
「まあ、な。ルーチェ様がいつも見てる池、あそこは何でも見えるんだ。正直ゆうなの行動は予想外なことばっかりでこいつ頭おかしいんじゃないかと思って見てたけど……」
「相当な言い様だね……」
「でも、まあ。よく頑張ったな。ゆうなじゃなきゃ、この世界を動かせなかったかもしれない」
「えっ! ……そう言ってくれるの、嬉しいかも」
「まあ、肝心の魔王についてはどうにもなってないんだろ。大丈夫。ゆうなの魂が流れてきたら、おれが送ってやるから」
「それは今は笑えない冗談っ!!」
銀ちゃんと軽口を叩き合っていると、いつの間にかけっこうな時間が経っていた。わたし達は挨拶を交わして、それぞれ寝室へ戻っていった。
いよいよ……戻れる。わたしは……




