75.天の国?
温かくて心地よい風が吹いている。
「ここ……どこ?」
目覚めたわたしは、見たこともない部屋に寝ていたのだとわかった。
「ん……」
さらりと垂れ視界に入った、長く青みがかった髪は、わたしが『ユーナ』であると示している。戻って来たのだろうけど、ここは知らない場所。
寝ていた部屋から出ると、テーブルや椅子が置かれた広い部屋につながっていた。外に出られそうな扉も見えるので、ここは小さめなお家なんだろう……でも、誰の?
呼びかけてみたものの、誰も見当たらないので、とりあえず扉を開けて外に出てみた。
「えっ……!?」
すぐに目に飛び込んできたのは、一面の空。きょろきょろと辺りを見渡すと、ものすごく標高の高い山の上にいるだろうとわかった。わたしがいた家は、そんな山の少しだけ平らになっている所に建てられている。落ちたらただでは済まないような急な崖から見下ろすと、海が見えた。
なんでこんなところにいるの、わたし? わたしはセント=フェアリアに戻ることに失敗した?
家の横に細い登り道があったので、恐る恐る進んでみた。しばらく行くと、水の溜っている池のような場所がある。その水は一か所から下に流れ、滝になっていた。
池のほとりに座っているのは、優しそうなおばあさん。
「あ、あの……」
話しかけてみたものの、わたしの存在を全く気にすることもなく、おばあさんは静かに水面を見ている。……どう、しようかな? 困っていると、別の方から声が聞こえた。
「ルーチェさま~!!」
わたしが登ってきた道からやって来たのは……
「ああ、ゆうな、目覚めたのか」
「えっ……銀ちゃん!!?」
暗い銀色の短髪。褐色の肌。間違いなく、夢で見た彼だ。いや、こんな『現実世界』があるものだろうか? わたしは……戻ることに失敗して死んでしまったのかも。
「今、死んだかも。って思ってただろ?」
「あ、うん。違うの?」
「全然、違う。ここはココルって呼ばれてる島だ」
「へえ……なんでわたし、ここに?」
そこで、それまでずっと黙っていたおばあさんがこちらを見た。
「魂が抜けた後の、聖女の体を悪用しようとする者達も多かった。ソウルを遣いにやって、保護したという訳じゃ」
「そ、そうなんですね。ありがとうございます」
「ルーチェさまは世界中の出来事をお見通しだからな!」
ルーチェと呼ばれたその小さなおばあさんは、もしかして神様のような存在なのだろうか?
「それにしても、お前、戻ってきてしまったんだな……この世界にいる限り、ゆっくりとゆうなとレイラの魂は混ざっていっている。あの時は魔導士の魔法で無理やり切り離したようだけど……また戻ってきたんなら、もう、元の世界には戻れないと思うぞ」
「うん。何となく、覚悟はしていたし、自分の意思で戻って来たのだから……それでもいいと思ってる。でも、わたしはみんなの元へは行けないの?」
「魂送りの儀式が終われば、どうにかしてやろうかのう」
「魂……? なんだかわからないけど、ありがとうございます」
「じゃあ、それまでおれの雑用を手伝えよな」
銀ちゃんは人懐っこい笑顔をわたしに向けた。
その後、銀ちゃんと一緒に家に戻ると、台所の手伝いなどを任された。
「ここには、ルーチェ様と銀ちゃんしか住んでいないの?」
不思議な野菜を切りながら、聞いてみる。
「ふもとにいけば、小さな村があるぞ。夕食の準備ができたら、行ってみる?」
「え? いいの?」
その後、相変わらず池のそばにいるルーチェ様に一言ことわりを入れると、ふもとに連れて行ってもらうことになった。銀ちゃんが獣姿に変わると、わたしを背中に乗せて飛び立った。ロイドもそうだったけど、翼がないのに飛べるのは不思議だなと思う。
銀ちゃんの背中に乗っていると、ロイドや今まで乗せてもらった幻獣とは、また少し乗り心地が違った。
「銀ちゃん、すごいスピードで飛べるんだね。でも、全然風を感じないし、不思議」
「だろ? これがおれさまの実力だ」
銀ちゃんは満足そうにこちらを振り返った。
「ほら、これがこの島の様子だ」
わたし達がいた山は離れてみると剣のように細長く、恐ろしいほどの高さがあった。なんでこんなところに住もうと思ったんだろう? ……その山を中心にして、小さな島の全貌が見える。海は広がるものの、この島以外に陸地は見えない。
銀ちゃんは急降下して、切り立った山を下りていく。
「ソウル様~!」
小さな集落に降り立つと、人々が嬉しそうに集まってきた。
「この方が、せいじょという方なんですね」
「うわぁ、きれいな方ですね」
わいわいと囲まれ、興味津々にいろいろ話しかけられた。この島は小さいけれど、とても豊かでみんな幸せに暮らしているのだろうと想像できた。
「最後に、海岸に行ってみるか」
銀ちゃんに連れてきてもらったのは、とってもきれいな海!
そう思って近づくと、それは水ではないようだった。まるでビー玉かなにかのようなキラキラとした粒が、無数に集まり、海に見えているのだとわかった。その粒は、光に当たると、七色に輝いている。そして、わたしの知っている海とは違うのに、その波は寄せては返している。
「ここは……わたしの知っている海とは違うみたい。この世界ではこれが当たり前なんだね」
「いや、そうでもない。やっぱり、ココルの海は特別だと思う」
そうなんだ……やっぱり、常識で考えられないことがたくさんある世界なんだな……
「あ。もうすぐか、な」
銀ちゃんと近くの岩に座っていると、日が傾き始めた。
「なにこれ……綺麗」
夕日に照らされた海は一斉にオレンジ色の輝きを放つ。そこに紫色や紺色が被さり、混ざり合い……次第に色を変化させながら夜に移り変わっていく。あまりにも感動的な光景に言葉も出ず、わたしは黙ってその光景を見ていた。
夕日が完全に沈んで空が暗くなった時、ふっと我に返った。
「こんな素敵な景色を見せてくれて、ありがとう」
「……まあ、何にもない島だけど、これだけはなかなか自慢できることだと思う」
暗くなった今も、海は時折キラキラと輝いて、さざ波の音が心地よい。
「この海……ゆうなの髪の色と似ていると思って。気付いてないかもしれないけど、たまにキラキラッと光ってるの……珍しいと思うんだ」
「え……わたしの髪、光るの?」
「感情の変化に合わせて色合いもほんの少し変わってる」
知らなかった!! そういえば、アレクスも髪色が変わっていたし、わたしも同じなのかも。
「でも、ちょっと恥ずかしいね。思ってること、相手にわかられたりするのかも」
顔に出やすいというのはこの際置いておいて、心当たりはある気がする。
「そうか? おれは……綺麗だと思うけど」
そういう銀ちゃんはこっちをあまり見てくれない。もしかして……照れているのかも。でも、こんな綺麗な海に例えてもらえるなんて嬉しいな。
「あ、ありがとう」
わたし達は暗くなってからも、しばらくそこに座って波の音を聞いていた。




