70.誘拐の目的とアレクスの怒り
薄暗い、何もない部屋で一人考える。まさか、誘拐されるとは思いもしなかった。どれだけ動かそうと、手足のロープはびくともしなかった。
「流石に、聖女の護衛達。巻くのに苦労したな」
「それでも、ここはばれないかと思いますよ」
複数の男の人の会話が聞こえ、部屋のドアが開いた。
「あ、気が付いたみたいだぞ」
「……すみません、聖女様が逃げたり、暴れたりしなければ危害を加える気はありません」
わたしの目の前には、ラザフさん。そして、知らない人たち5人ほど。
「ラザフさん……皆さん……なんでこんなことを!?」
ラザフさんの横に立っている、偉そうな人が話しかけてきた。
「なんでも、聖女様は魔王を撃退できる力を持つお方だとか。それで、ちょっとばかりお願いがあるのです」
……やっぱり、わたしの力目当ての犯行か……
「聖女様には、『アレクス様を王に』と国民の前で意思表示してもらうだけでいいのです。神の娘と称えられるあなたの発言です、皆言うことを聞くでしょう」
「そんな勝手なこと、できません……!」
「聖女様は現国王とも知り合いだとか。……どうです? アレクス様との格の違いを感じませんか? 今、この国では大きな求心力が必要とされている。そんな力をお持ちの方こそ、真の王、アレクス様だと思いませんか?」
「王都では魔王復活で大騒ぎらしいですね。アレクス様が王座に就いていれば、このような事態も避けられたかもしれない」
その場にいる皆、それが一番だというように深くうなずいている。前に聞いた……アレクスを王にと望む人達なんだ……!
「手荒な真似をしてしまったことは大変申し訳なく思います。ただ、アレクス様のことをよく知る聖女様だからこそ、我々に賛同いただけるかと思うのです」
ラザフさんもすっかりこの場にいる人たちと同じ思考のようだ。……他の4人の護衛さんは見当たらない。もしかしたら、ここまで過激な思想をもつのはラザフさんだけなのかもしれないし、ただ単にこの場にいないだけかもしれないが、真相はわからない。
「……でも、あなた達はクレアも傷つけたんでしょう? こんな汚いやり方をして、アレクスが賛同するとは思えないです」
「大丈夫です、クラリッサ様にはすぐに回復するような弱い魔法しかかけていません」
「我々は長年にわたってアレクス様を説得してきたが、お優しい彼はなかなか首を縦にふってくださらないのです。このようなきっかけを作ることができれば、意識も変わることでしょう」
アレクスの意思も尊重しているわけではないのか……
「もしも、わたしが協力しないといったら、作戦は台無しですよね? ……どうするつもりなのですか?」
その場にいる皆は、信じられないといった様子だ。
「まさか、我々の考えを聞いて、協力できないと思うはずがないですよね?」
「どうします? 仮にそのまま返したとして……アレクス様のお怒りに触れてしまえば、計画は白紙に戻ってしまいますね」
「うーん、こっそり殺せば、どうにかなりますかね」
ぎゃー!! この人達、アレクスを信奉するあまり、ちょっとおかしくなってる!!
……その時。扉の外から悲鳴のようなものが聞こえた。何事かと皆が慌てだした瞬間、わたしの背面の窓ガラスが割れ、何かが転がってきた。
「いやー、聖女様に何してくれてるんですか。こりゃ、シオウ様に半殺しじゃ済まないな、全く」
「……スターク!?」
わたしと誘拐犯達の間に立ったスタークは、やれやれといった様子で、立ち上がった。
「なぜ、ここがわかった!?」
「……アレクス様の近辺、悪いけどずっと見張らせてもらってたんだよ。聖女様の護衛も兼ねてね。そしたら、現王を挿げ替えようっていうオタクらの企みを、ばっちりつかんじゃったんだよね」
扉の向こうからは、わたしの護衛と思われる男の人たち、そして……アレクスの護衛、フェルムさん達も駆けつける。
「ラザフ……! まさかこのような事件を起こすとは!」
「くそっ! 今、アレクス様を王にするためには、こんな争いをしている場合ではないのに……!」
そのまま、目の前で戦いが始まった。スタークはわたしの前に駆け寄り、手足を開放してくれる。
「聖女様、大丈夫ですか?」
「うん、何とか」
「……それより、ちょっとまずいことがあるんで、急いでこの場から離れましょう」
「え?」
言うなり、スタークに担ぎ上げられ、窓から外に出る。村のどの辺りに位置するかはわからないけど、森の中にいるのだと理解した。そして、その瞬間……
ドオオオオオオオン……!!
爆風が起き、わたしがさっきまでいた小屋が吹き飛んだ。
「え?? アレクス……!?」
ゆらゆらと炎をまとったアレクスが、がれきと化した小屋の前に立っている。どうやら中の人達は生きていたみたいだけど……何事かと辺りを見渡している一人に、アレクスが目にもとまらぬ勢いで、切りかかった。防御する間も与えられないまま、男の人は倒れる。
「わたし、無事だから! やめて!」
むしろ、あの中にいたらわたしも吹き飛んで無事じゃなくなってたのでは……我を忘れたアレクスには、何も聞こえていないよう。
「ユーナを巻き込んでおいて生きて帰れると思うなよ」
「そんなっ! 我々はアレクス様の未来を思ってこれまで尽くしてきたのです」
「……うるさい」
今まで見たことのないほど、アレクスの髪は紅く燃えている。
「スターク……お願い。アレクスを……止めて」
このままだと全員殺される――。アレクスが再び剣を振り下ろした瞬間、その太刀を、一瞬にして近づいたスタークが受け止めていた。
「うわわっ、やっべえこれ。手がジンジンする~」
のんきに話しているけど、アレクスを止められるって結構すごいのでは……。一瞬動きが止まったアレクスに、フェルムさん達も話しかけている。
「アレクス様、わざわざ手を汚すことはありません!」
「聖女様は無事です! 落ち着いてください!!」
みんなの呼びかけに、アレクスが落ち着きを取り戻したように見える。
「アレクス……! わたしはここにいるから! もうやめて」
駆け寄っていくわたしにようやく気付いたアレクス。次の瞬間には、強く抱きすくめられていた。




