69.謎の影
「腕のケガ、もう大分良くなったね。肩には……回復魔法かけるからじっとしてて」
「……申し訳ありません……」
わたしは今、シオウの部屋にいる。思った以上に深手を負っていたシオウは、しばらく療養が必要だと診断された。ほとんど無傷だったわたしはというと、ここ数日、回復魔法をかけたり、看病したりするためにシオウの部屋に通っている。
恐縮しっぱなしのシオウだけど、迷惑がられようが全力でお世話しようと心に決めている。その甲斐あってか、半ば諦められたようで、徐々に何も言われなくなってきている。
「聖女様……明日で、王都の生活も一月経ちますね」
「う、うん」
「本来ならば、オーク村に移動する予定の日、ですね」
「そう……だね」
明日はオーク村に移動できる日なんだけど、シオウも回復していないし、もうしばらく延期しようと思っていたところだった。わたしはお茶を注ぎながら相づちを打つ。
「聖女様、本当は村が気になって仕方ないのでしょう。一緒に行きましょう」
「絶対だめ! シオウ、まだやっと治ってきたところじゃない!?」
「もう、動き回れるくらいには回復しましたのでご心配なく」
気を遣ってくれているのはわかるけど、ケガ人を連れまわす気はない。
「だめと言ったら、だめ。どうしてもというなら、聖女権限を活用して、シオウをクビにしちゃうからね!」
「……」
シオウの動きがピタリと止まった。……よし、効いてるぞ。
「どっちにしろ、わたしは今回村に行くのを後回しにしようと考えてたの! シオウは黙って、ケガを治すことに専念してね」
そこに、魔導士さんが入ってきた。
「聖女様ー! アレクス様からお手紙届いてますよー! 明日の訪問、楽しみにしておられるとか。相当、浮かれているようですよー!」
「……」
しばらくの沈黙の後、シオウが首をふりながら話し始めた。
「聖女様のことですから、村のことが気になって居ても立っても居られないでしょう。昨日から、明らかにそわそわしていますよ……村にも私の部下を数人待機させていますから、どうぞ行ってきてください」
「……急に、やさしいね?」
「……聖女様の行動に、諦めがついただけです」
「うっ……シオウ、ありがとう。体、治るまで無理はしないでね」
「聖女様こそ」
シオウの許可ももらえ、わたしは次の日、オーク村へ移動した。
・・・・・・
黒竜襲撃事件が起きてから、初めてのオーク村。どれだけ大変な状態になっているだろうと少し緊張しながらやって来たわたしを、アレクスは笑顔で迎え入れてくれた。
「魔王襲撃の件、大変だったな。……ユーナは、無事で何よりだ」
「アレクスも。村は……思ったより被害はなさそうだね」
今までと変わらず、村の皆は元気にしているように見えた。前よりは減ってはいるものの、観光目的であろう人々もよく見かける。
「もともと、魔物への対処は、この村の皆慣れているからな。でも、あの時は、ユーナのおかげで助かった」
エンクやダイアウルフの様子も見たけれど、元気そうだったのでほっとした。きっと、アレクスがうまくやってくれたのだろう。
「これからは、大変な時代がやってくるかもな……ユーナが、辛い思いをしなくていいように、俺も力になれたらいいのに……」
「心配してくれてありがとう……」
そこにクレアも加わる。
「私もユーナのためならなんでもするわ。……そういえば、今回は一人で来たのね?」
「そうだった!……スタークさんという人は村にいる?」
呼ばれてやってきたのは、背の高い、飄々とした感じの男の人だった。年は、30歳前後といったところだろうか?軽く、挨拶を交わす。
「ええと、シオウからスタークさんへ手紙を預かっているんだけど」
わたしはスタークさんへ手紙を手渡した。
「はい、じゃあ、読ませていただきますね。……ふむふむ。まあ、簡単に言うと、聖女様の護衛をしっかりやれって内容でした」
「じゃあ、オーク村にいるシオウの部下の人って、スタークさんだったんだね。よろしくお願いします」
「いやいや、俺なんかにそんなにかしこまらないでください。スタークとお呼びください」
「うん、スターク、よろしく」
シオウの部下という人だから、硬いイメージだったけど、結構気さくなタイプみたい。ふと横を見ると、クレア、ものすごく驚いた顔をしている。
それから村で生活している間、スタークはわたしの行く先々に付いてきた。よく話しかけてくれるので、短い間でけっこう親しくなった気がする。……シオウと違って、わたしが聖女らしからぬ行動をとっても、笑って見ているだけでとがめられたりしないので、少し調子が狂う気もする。
そして、それはある日、突然の出来事だった……。
「大変です! クラリッサ様が何者かに襲われたようです」
男の人が慌てて駆け寄ってくる。ラザフさん……アレクスの護衛の5人のうちの一人だ。たまたま近くにいたわたしは、急いでスタークと一緒に駆けつけた。そこには、騒然とする村の人たちと、うずくまるクレアの姿。
「クラリッサ様! ……これは、魔法でしょうか?」
「突然、見知らぬ男がクラリッサ様に何か話しかけたと思ったら、その途端苦しみ出したんです!!」
スタークが抱え起こしたクレアは、苦しそう顔をゆがめている。そして、体は黒い霧に覆われている。わたしは急いで回復魔法を発動させた。……次第にクレアの呼吸は落ち着き、顔色も良くなってきた。霧も徐々に薄くなってきている。効いてる……!
その時、建物の影で誰かが動いたのが視界に入った。
「追え!」
スタークが言うなり、数人の男の人たちが現れて、その影を追って走っていった。……シオウの言う通り、ここオーク村でも、数人の護衛がわたしの身の周りにいたみたいだ。
「聖女様、私と一緒にアレクス様を呼びに行きましょう!」
「わかった! スタークはクレアを見ていて!」
わたしはラザフさんと一緒に、アレクスのいるところを目指して駆け出した。
……わたし達は村の外れまで走ってきた。結構な距離、移動してきたけど……
「すいません……アレクスって本当にこんなところに?」
振り返ったわたしは、そこで意識が途切れた。
・・・・・・
気付くと、どこか薄暗い部屋の中。……ええと? 訳も分からず立とうとすると、手足を縛られていることに気付いた。
ん?
これは……
誘拐されたということでいいかな……?




