68.退魔の双剣
「今日も、雨ですね」
窓からは低く立ち込めた曇り空が見える。時折、遠くに稲光が見える。……話しかけると、隣にいたその人は悲しそうに笑った。
「このままでは、多くの人間が苦しむことになるわね」
「母上……私は、水神と呼ばれる存在が許せません」
最後に見た青い空は、いつのことだったか。水神の怒りを受けたといわれるこの国は、それ以来ずっと雨が降り続いている。人々が水害に怯え、作物も育たないこの国は、近いうちに廃れていってしまうだろう。
「あなたは、国のために役立つようにと育てて来られたのです、シオウ。来るべき時に備え、引き続き励みなさい」
「はい……」
これは……遠い時代の記憶か。国を影から支えるヤツルギ家の子として生まれ、厳しい修行にも耐えてきた、あの頃。ぼうっと思い出していると、また場面が移り変わった。
まだ若い自分は、父と、数人の仲間と一緒に、城に呼び出されている。
「今宵の水神様への供物として、我が娘、アヤメを捧げることが決定した」
目の前で話すのは、この国の王。後ろには王妃様と、袖にしがみついているのは……アヤメと呼ばれた姫。青ざめた顔で震えている。
『ワ国』王の第8王女……確か歳は10になる頃だったか。王族の……しかもこのように幼い子供を生贄として捧げなければならないほど、この国は追い詰められている。
「娘を生贄にする決定は覆せないこと……だが、これで事態が完全に収まることはないだろう。お前達……『影の者』達には、その時現れる、水神退治を命じる」
その夜――。水神の住まうという谷にいた。白い着物を着たアヤメが石造りの台に乗せられると、巨大な龍が姿を現した。
「……かかれ!!」
父の合図で、一斉に飛び掛かる仲間たち。突然の攻撃に怒りを見せ、暴れまわる龍。死闘はしばらく続いた。
恐怖から思うように体が動かず、あまり役立てていなかった自分は、父から任された伝説の剣をにぎりしめた。暴れる龍を仕留められるのは自分だけ――。なんとか頭へ登り、その目に剣を突き立てた。もだえ苦しむそれに、何度も剣を振り下ろすと、最期の咆哮をあげ、龍は地面へと落ちていった。
やった! 自分は、神と呼ばれるその存在を倒すことができた。
そう思ったのもつかの間、大地が激しく揺れる。地面が割れ、次々と仲間たちがその割れ目に落ちていく。辛うじて命拾いした自分が見た物は……深い底から出てきた、国を飲み込むほど大きな魚。神は……一柱ではなかった。
……そこまでは覚えている、のだけれど。
過去の記憶を一通り呼び覚まされ、気付くと暗闇の中に立っていた。先ほどまで案内をしていた少女……アヤメが目の前に立っている。
「あなただけ……生き延びることができたのね」
「私は……」
「あなたは罪悪感と共に、今まで生きてきた」
「……」
『もう、楽になってもいいのよ』
少女の姿は揺らぎ、故郷で一緒に過ごした仲間に、両親にとめまぐるしく姿形を変える。同時に、体中を切り刻まれるような鋭い痛みが走る。
……まあ、このままここで終わるのも……悪くはないか。
『わたし、シオウと一緒に帰りたい。手、離さないでね』
その時……ふと、思い出す、その声。温かい手……私は――
霧が晴れたように頭がすっきりとしてくると、水の中に漂っていた。
視界に、水の中に沈んでいく聖女様の姿が映る。急いで聖女様を抱きかかえると、水上に顔を出した。聖女様はせき込んでいるものの、無事なようだ。
「聖女様! ご無事ですか!?」
「げほっ、あ……ありがとう。 シオウ! あそこ見て!」
聖女様が指さす方向に目をやると、水の上に小さな陸地。そして、そこに光る、2つの剣。一度は手放した物だが……
――今度は、絶対に守ると誓ったのだから。
「業風よ! 再び、力を貸してくれ!!」
近付き、目の前の双剣を手に取ると、また、切り裂くような痛みが全身を襲った。私ではもう所有者としての資格を持たないと拒否をされているのか。それでも、私は手を離す気はない。
無理やり掴んだ左の剣で、そのまま一薙ぎすると、水が一瞬にして消し飛び、湖の底が顔を出す。右手の剣は暴れ、それでも抑え込もうとして、何度か振り回すと、大地が抉れた。
故郷の皆……私は前に進みます。
・・・・・・
霧が晴れると、そこに湖はなく、わたしは森の中の地面に転がっていた。はっと横を見ると、シオウも同じように倒れている。
「シオウ……? うまく……行ったの?」
「……はい。抑え込むことができました」
「そう、よかった」
二人とも立ち上がれず、しばらく寝転がったまま息を整える。
「私は故郷を失い……この国に流れ着いた時、二度とこの武器を使うことはないと、魔力の高いこの森に置き捨てることにしたのです」
シオウはその手に持つ短い二つの剣を見つめている。
「今までの幻は、すべて私自身が生み出したものなのかもしれません……」
「全部、消えたね……もう、迷いはないの?」
「私は、あの日から……何かに感情を動かすこともなく、ただ生きているだけだったのかもしれません」
「……うん」
「でも、今は……聖女様が精一杯守ろうとしているこの世界で、私も一緒に戦いたい、と……心から思っているのです」
それまで天を見上げていたシオウが、わたしのいる方向へ顔を向けた。そして……微笑んだ。普段あまり表情を変えることのないシオウの、それは本当に優しい笑顔で……わたしは見とれて、言葉が出なかった。
しばらくすると、一緒に来ていたシオウの部下の皆さんがわたし達に気付いて駆け寄ってきた。こうして、わたし達はなんとか魔王を倒せる力を手に入れ、城に戻ることができた。




