67.霧深い森の奥で
次の日の朝は、外に出てみると朝日が眩しく、とても良い天気だった。その分、空気もピンと張りつめて、周りの物すべてを凍らせるような寒さが襲ってくる。わたしは着ていた外套のフードを、更に深くかぶりなおした。
そして……密かに決意を新たにする。シオウのためにも、絶対無事に帰るんだ!!
ごろごろした岩場を進んでいると、だんだん斜面がきつくなってきた。道が狭まってくると、馬一頭が何とか通れるくらいの幅になった。わたし達は、山を登っている。
どんどん進むものの、シオウの言っていたムゲン湖にはたどり着かない。
登っていたと思った道のりも、そのうち下りになった。そして、徐々に木々が目立ち、先ほどまでの景色とは全く違う、森の中に入っていた。
「シオウ、ここに湖があるの?」
「確か、この森の奥にあったと記憶しているのですが……今私達がいる場所ですら、幻影かもしれませんね」
「え? どういうこと?」
「迷わずに来ているのだとしたら、ここは魔の森。その奥の湖は、簡単に人を寄せ付けない場所なのです」
進んでいくと、だんだん、霧が立ち込めてきた。馬達もなんだか落ち着かない。
「え……あそこ!!」
霧の中から人影が現れる。一緒に来た皆さんが臨戦態勢に入る。緊張のままその人影を見つめていると、わたし達の前に出てきたのは……一人の女の子。年は10歳くらいだろうか。そして、驚くことに、その子は着物姿だった……
驚いているわたし達に、その子は話しかけてきた。
「どうぞ、こちらへ」
そこでシオウが、皆さんに何か合図を出した。すると、全員構えていた武器をすっとおろした。
「ここからは私と聖女様のみ、進むことにします。馬も置いていきます」
「ええっ! 大丈夫かな?」
「危険では……?」
「このまま全員で進んでも確実に惑わされ、森から永遠に出られなくなる。1時間経っても戻らないようなら、それぞれに与えている指示の通り、行動すること」
シオウが皆に伝えると、女の子はくるりと背を向けて歩き始めた。わたしとシオウは、その後を追って進んでいった。
「聖女様、お手を」
何とか進んでいたものの、霧はどんどん濃くなってくる。わたしは、はぐれないようにと差し出されたシオウの手をとった。
「このような場所に連れてきてしまったことをお許しください。……聖女様のことは、私が命にかけてもお守りしますから」
そう言ったシオウからも、緊張している雰囲気が伝わる。わたしは、シオウの手を握り返した。
「聖女様……?」
「ううん、わたし、シオウと一緒に帰りたい。手、離さないでね」
「!……はい……」
ここに来て、シオウがわたしを連れて来た理由がわかった。霧の中、どこを目指せばいいのかわかるのだ。それは灯台の光の様に、ずっとわたし達が進むべき道を示している。……気がする。確証はないのだけれど、とても大きな力がこの先に存在している。
そして、深い霧の中、女の子はぎりぎり視界から消えない程度の距離を進んでいく。その子が進む方向も、わたし達が目指している場所に行きつくのだろうと思う。
「ねえ、あなたはここに住んでいるの?」
「……」
会話をしてくれる気はないみたい。シオウが魔の森とか言っていたから、もしかして人間じゃない存在なのかもしれないけど、深く考えたら怖そうなのでやめとこう。
気付くと、足元が水に浸かっている。こんな真冬に水の中歩いていると考えると震えあがりそうだけど、不思議と何も感じない。ここは、湖の上なのだろうか!?
その時、それまでひたすら進んでいたシオウが、急に立ち止まった。勢いでその背中に激突してしまう。
「痛っ! ご、ごめんシオウ」
シオウからは何の返答もなく、何かを見つめてだまっている。
「父上、母上……」
ええっ!? シオウの目線の方を見ると、二人の男女が立っている。年の頃は30代といったところだろうか? 二人とも、着物を着ている。……やっぱり、こんなところにいる人なんて、絶対幻だよね? それでも、シオウはそのまま動かない。
「シオウ、お前にはヤツルギの技を伝えたのに、このようなざまだ。深く、失望している」
「……どうして、私達を置いて、逃げたのです?」
「……っ!!」
明らかに動揺したシオウは、その二人に近付いて行こうとしている。
「ねえ、シオウ! 絶対怪しいって!」
その時、水の中から無数の手が伸びてきて、わたし達を掴む。
「い、嫌ー!! これ系はホントに勘弁して!! ……シオウ!? ねえ、大丈夫!?」
シオウは、さっきからわたしの声が聞こえていないよう。まずい、どうにかしないと!
わたしは身に付けていた短剣を握りしめた。武器の使い方もわからないわたしにとって、お守り程度にしかならないと思ったけど、この前、武器庫でシオウに選んでもらった物だ。魔力が少しだけ込められている。
わたしはその短剣で、掴んでくる手を切りつけた。すると、そのまま水に溶けて消えていく。
効いてる……!! けど、数が多すぎるっ。
わたし達は引きずり込まれるように、水の中に沈んでいった。




